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第87話『上陸』

 船の従業員から、それぞれ荷物を受け取った私達は浮遊魔法を使って島に上陸していた。

空調設備の整った船より、断然暑苦しい地上は早くも私達の精神をすり減らす。

滝のように流れる汗を拭いながら、私達はクラスごとに整列した。

自然と浮ついた空気は収まり、豪華客船で騒いでいたのが嘘のように静まり返る。ピンッとこの場に緊張の糸が張りつめる中、建物の方から十数名の軍人が現れた。


 おっ?ウィリアムの姿もあるな。やはり、あいつも今回の夏季試験に運営側として参加することになったか。学生のために一週間も島生活を送らないといけないなんて、災難だな。


 猛暑の中でも長袖長ズボンの軍服をきっちり身に纏うウィリアムは他の軍人達と共に、我々の前で足を止めた。

砂浜の上で現役の軍人と向かい合うフラーヴィスクールの生徒達はキュッと唇を引き結ぶ。

いつになく硬い表情を浮かべる彼らの前で、ウィリアムは一歩前へ出た。


「フラーヴィスクールの生徒諸君、よく来てくれた。もう知っている者も居るかと思うが、私は夏季試験の総監督を任されたウィリアム・マルティネスだ。よろしく頼む」


「「「よろしくお願いします!!」」」


 事前に打ち合わせした訳でもないのに、生徒達は声を揃えてそう言った。

まあ、私だけほんの少し反応が遅れてしまったが……。でも、内申点を下げるためだと思えば、全く問題なかった。


「では、これより夏季試験の開会式を執り行う。一同、敬礼!」


 ウィリアムの勇ましい掛け声と共に、フラーヴィスクールの生徒はもちろん、この場に居合わせた軍人達も一斉に敬礼した。

『軍の集団行動は圧巻だな』と目を剥く中、ウィリアムは素早く姿勢を正す。


「本日のスケジュールは島の見学のみとなる。式が終わり次第、軍服に着替えてもらうから、そのつもりで居てくれ。本格的な試験は明日以降となるが、野営は本日より行うため、覚悟しておくように。また、夏季試験の詳しい説明については事前に通達してあるため、省かせてもらう。注意事項については以上だ。何か質問はあるか?」


「「「ありません!!」」」


 両手を後ろで組む生徒達は、島中に聞こえそうなほど大声でそう叫んだ。

見事なまでに耳をやられた私は『防音結界()を張っておくべきだったか……』と少し後悔する。

キーンと耳鳴りがする中、ウィリアムはふと────建物の方を振り向いた。


「では、最後に────夏季試験の最高責任者であるリアム・マルティネス軍団長より、お言葉を頂く。(みな)、心して聞くように」


 そうか、軍団長からお言葉を……って、はっ!?リアムまでここに来ているのか……!?次世代を担う子供達の試験とはいえ、何故軍団長のリアムまで……。まさか、幼い私を心配して来た……訳では無いよな?


 タラリと冷や汗を垂れ流す私はリアムの過保護っぷりを思い浮かべ、『ま、まさかな……?』と頬を引き攣らせる。

予想だにしなかった事態に、動揺を隠し切れない私はチラリと隣に立つライアンを見上げた。

困惑気味に眉を顰めるライアンの姿に、『あぁ、こいつも知らなかったのか』と一人納得する。


 開始早々、雲行きが怪しくなってきた夏季試験に不安を抱いていれば────建物の方から、人影が現れた。

サラサラの金髪を風に靡かせ、勲章だらけの軍服を完璧に着こなす彼は間違いなく、我が父リアム・マルティネスである。

ジリジリと照りつける太陽を前に、汗一つ掻かない彼は“氷の貴公子”と呼ばれるだけあってか、涼し気な印象を受けた。


「一同、リアム・マルティネス軍団長に敬礼!」


 鼓膜を揺らす勇ましい声に促され、私達はもう何度目か分からない敬礼をする。

ピンッと背筋を伸ばす私達は学生・軍人問わず、リアムに釘付けだった。

この場の空気がほんの少し緩む中、リアムはウィリアムの横に並び、フラーヴィスクールの生徒達と向き合う。そして、生徒の中に紛れる私を見つけ、僅かに目を細めた。


 やっぱり、こいつ……私のことが心配でここへ来たんじゃないのか?


 限りなく黒に近い疑惑に、私は『過保護にも程があるだろ……』と密かに呆れ返る。でも、不思議と悪い気はしなかった。


「改めて、自己紹介と行こう。私はモーネ軍現軍団長のリアム・マルティネスだ。今回は夏季試験の最高責任者として、エトワール島へ赴いた。あくまで私は責任者だから、試験に関与することはほとんどないが、一週間よろしく頼む。お前達の頑張りを期待しているぞ」


「「「はい!!」」」


 轟音と呼ぶべき大きな返事に、私は『はぁ……』と内心溜め息を零した。

今回はしっかり防音壁を張っていたため、耳に異常はないが、生徒達のテンションにはついていけない。憧れの軍団長に拝謁出来て嬉しいのは分かるが、あまりにも元気すぎた。


 三分にも満たない挨拶でよくあそこまで盛り上がれるな……。まあ、異様なほど静かになるよりマシか。さっきまで、生徒の半数が死んだ魚のような目をしていたからな。校舎から離れたとはいえ、テロ事件の不安はまだ残っているようだ。


 キラキラと目を輝かせる生徒達を前に、『リアムが来てくれて正解だったかもな』と肩を竦める。

『私からは以上だ』と言って、後ろに下がっていくリアムを他所に、総監督のウィリアムはコホンッと一回咳払いした。


「────それでは、これで開会式を終了する。一同、敬礼!」


 終始厳かな雰囲気で行われた夏季試験の開会式は敬礼と共に終わった。

これでようやく、一息つける────かと思いきや、そうではなく……ウィリアムの後ろに控えていた軍人達があちこちへ指示を飛ばす。

あれよあれよという間に女性用のテントへ押し込められた私はここからが本番なのだと思い知らされた。


 この狭いテントに十五人は多すぎるだろ!人口密度が高すぎて、物凄く動きづらい!その上、とんでもなく暑苦しい!何なんだ、この地獄絵図は!


 着替えのために用意された簡易テントは今にもはち切れそうなほど、人で溢れ返っている。

周囲の生徒達に押し潰されそうな私は己の身長の低さを恨みながら、軍服へ手を伸ばすのだった。


 くそっ……!!ここまで来たら、何がなんでも不合格になってやる……!!

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