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第83話『登校再開』

 前公爵夫人や養子縁組を巡る問題が片付き、私は安心して過ごせるようになった。

モヤモヤとした感情も消え去り、絶好調である。窮屈ながらも楽しい日々が続き、ずっとこんな日が続くのだろうと思っていた。


 ────だが、しかし……変化は必ず訪れるもので、フラーヴィスクールの臨時休校がついに終わってしまった。今日から登校再開である。


 久々に学校の制服に腕を通した私は教科書類の入った鞄を持って、一階へと降りた。

エントランスホールには既にルーカスやライアンの姿があり、何やらリアムと話し込んでいる。

先日プレゼントした氷華の簪を耳の上あたりに差すリアムは私の視線に気づくと、ふとこちらを振り返った。


「エリン、学校の準備は終わったか?」


「はい!バッチリでしゅ!」


 士官学校の生徒らしく、ビシッと敬礼する私は誇らしげに胸を反らす。

えっへん!と得意げな顔をする私に、リアムは僅かに目を細めた。


「そうか。なら、いい」


 少し屈んで私の頭を撫でるリアムは満足そうに頷く。

その後ろで公爵家の使用人達は『学校への恐怖はないようですね』とホッと胸を撫で下ろした。

どうやら、テロ事件のことがトラウマになっていないか、心配だったらしい。


 まあ、普通の子供なら心に一生消えない傷を負っただろうな。私は前世持ちの転生者だから、何とも思わなかったが……というか、あのテロ組織を鎮圧したのは私だし。恐れる必要など微塵も感じない。


 完膚なきまでに叩きのめした幹部達を思い浮かべていれば、ルーカスとライアンがこちらへ歩み寄ってくる。


「エリンちゃん、鞄重いでしょう?持つよ」


「ほら、早く行くぞ。学校に遅れる」


 私の鞄と手をそれぞれ掴むルーカスとライアンはリアムに負けないくらい過保護だった。

あれこれ世話を焼きたがる義兄たちに内心苦笑しつつ、されるがままになる。

ライアンに手を引かれながら歩き出す私は、見送りに来てくれたリアムと使用人達に手を振った。


「行ってきましゅ!」


 いつもと変わらない満面の笑みでそう告げると、使用人達は一斉に頭を下げた。

『行ってらっしゃいませ』と声を揃えて言う彼らに、私はニコニコと愛想を振りまく。

無邪気な子供を演じる私の後ろで、リアムは僅かに目元を和らげた。


「気をつけて行ってこい。何かあれば、直ぐに帰ってくるように。無理はするな」


「はい!お父しゃまもお仕事、頑張ってくだしゃい!」


「ああ」


 穏やかな目でこちらを見つめるリアムはちょっとだけ寂しそうに目を細める。

『どうせ半日で帰ってくるんだから』と呆れるものの、その気持ちは素直に嬉しかった。

朝から上機嫌な私は鼻歌を歌いながら、玄関前に停められた馬車に乗り込む。


 そう言えば……朝からウィリアムの姿を一度も見掛けていないが、あいつはどこへ行ったんだ?上司にでも呼び出されたか?マルティネス公爵家の嫡男と言えど、あいつはまだ平隊員だからな。


 『次期当主様も大変だな』と他人事のように考える私はライアンの膝の上に座り、馬車の小窓から外の景色を眺めるのだった。


◇◆◇◆


 十五分ほど時間を置いてから、出発した馬車は王都を走り抜け、フラーヴィスクールの正門前に止まった。

数ヶ月ぶりに見るフラーヴィスクールの建物は、テロ事件そのものを否定するかのようにすっかり綺麗になっている。正門前にぶちまけた血の痕も全て消えていた。


 新築とまでは言わないが、事件前の外観と酷似している。とてもじゃないが、最近テロ事件の起きた学校とは思えない。まあ、大量の血痕については半分くらい、私のせいだが……。


 出血死させる勢いで痛めつけた構成員たちを思い出し、『内臓はぶちまけていないから、セーフだよな』とよく分からない理屈を捏ねる。

すっかり元通りになった建物を見上げ、私はライアンの手を借りて馬車から降りた。

帰っていく公爵家の馬車を見送り、ふと周囲を見渡す。


 ……どうやら、元通りになったのは“物”だけのようだな。生徒一人一人の表情は暗い。いつもなら、ライアンやルーカスの登場にキャーキャー言っている女子達も今日は大人しい……。

まあ、それもそうか。全員無事だったとはいえ、あんな体験をすれば、誰でも学校が怖くなる。たかが数ヶ月休んだ程度で、全てが元通り……なんて、うまい話はない。


 生徒達の心に深い傷跡を残したテロ事件に、私は思いを馳せる。

『自主退学する生徒も居るんじゃないか』と思案する中────背後に何かとんでもない気配を感じた。


 な、なんだ……!?鳥肌が……!


「────エーリーンーちゃーん!」


 聞き覚えのある声に名前を呼ばれ、ビクッと肩を揺らせば、後ろから誰かに抱きつかれた。


「数ヶ月ぶり!すっごく会いたかったー!」


 この場の雰囲気をぶち壊すように、ハイテンションでそう叫ぶのは────クラスメイトである、アンナ・グラントだった。

ムギュ〜ッと強く抱き締められる私は視線だけ後ろに向ける。

数ヶ月前と変わらない笑顔で明るく振る舞うアンナは太陽のように眩しかった。


 テロ事件のことがトラウマになっていないか、少し心配だったが……大丈夫そうだな。自分の中できちんと解決することが出来たようだ。


 『見掛けによらず、芯の強い女だ』と目を細める私はアンナの熱烈な抱擁に目を瞑ることにした。

だらしなく頬を緩めるアンナはデレデレと鼻の下を伸ばし、頬を擦り寄せてくる。


「おい、離れろ。エリンに触るな。馬鹿が移る」


「えっ!?ちょっ……!酷くないですか!?私にも優しくして下さいよ、ライアンくん!」


「あいにくだが、馬鹿に分け与える優しさなど持ち合わせていない」


「本当に血も涙もない人ですね!それに比べて、エリンちゃんは本当に可愛くて……!もう食べちゃいたい!」


 自身の頬に片手を添えるアンナは恍惚とした表情を浮かべ、うっとりとした目でこちらを見つめる。

ジュルリと涎を垂らす彼女に、ライアンは情け容赦なく鉄拳をくらわせた。

ガンッと鈍い音が鳴り響く中、頭に大きなたんこぶが出来たアンナは『いったぁーい!』と叫ぶ。

無事アンナの抱擁から逃れられた私はそのまま、ライアンに抱き上げられた。


「ルーカス兄さん、行きましょう。ホームルームに遅れてしまいます」


「う、うん……でも、あの子はどうするんだい?」


 チラリとアンナに目を向けるルーカスは『せめて、保健室に連れて行ったら?』と助言する。

だが、リアム(暴君)の血を誰よりも濃く受け継いだライアンは一瞬の躊躇いもなく、こう言い放った。


「放置で構いません」


「いや、全然良くないです!めちゃくちゃ痛いんですけど!」


 思わずといった様子で、ライアンの発言に噛み付くアンナは涙目でこちらを見上げる。

『せっかく、エリンちゃんに会えたのに……』と悔しそうに呟く彼女は以前と変わらなかった。


 こいつは本当にブレないな……。誰でもいいから、こいつの幼女趣味を矯正してやってくれ。そのうち、誘拐事件でも起こしそうだ。


 アンナに犯罪者予備軍の烙印を押した私は『まっとうに生きろよ』と心の中で願う。

────それから、結局私達はアンナも入れた四人で校舎の中へ入るのだった。

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