第80話『お土産』
マルティネス公爵家の面々に暖かく出迎えられた私は『長旅で疲れただろうから』と早々に解放された。
レオンと挨拶を交わして、自室に戻った私は土産の仕分けもそこそこに眠ってしまう。
知らぬ間に疲労が溜まっていたのか、それとも家に帰ってきてホッとしたのか……気づけば、朝を迎えていた。
ふぅ……この体は疲れやすくて困るな。幼体というのはここまで燃費が悪いのか……。
『ふわぁ……』と欠伸を零す私は壁際に控える侍女達を呼び寄せる。
朝からニコニコとご機嫌な彼女達に身支度を手伝ってもらい、黄色のドレスへと着替えた。
「お嬢様、今日は髪を結い上げてみませんか?」
「このドレスなら、旅行先でご購入なされた髪飾りがとても似合うと思います!」
「和の国の髪飾り……えっと、簪って言うんでしたっけ?実物を見るのは初めてですが、付け方は分かるので私達にお任せください!」
左右から突き刺さるキラキラとした眼差しに、私はコテリと首を傾げた。
簪?何のことだ?私はそんなもの買って来ていないぞ。土産用のやつなら幾つかあるが……まさか、水蓮に貸してもらった簪をそのまま持って帰って来てしまったのか?
寝惚けた頭でそう考える私は何の気なしに侍女達へ視線を向ける。
クシや宝石などを持つ彼女達の手には確かに────新品の簪があった。
「……ん?それって、確かお父しゃま用に買ったやつじゃ……」
比較的シンプルなデザインの簪を指さし、私は『あれ?』と首を傾げる。
氷の華をイメージして作られたそれは『リアムみたいだな』と思って、衝動買いしたものだ。
きちんとお土産リストにリアム用だと書いておいた筈だが……何かの手違いで私のところへ回ってきたのか?
「え?公爵様のもの……?リストには確かに公爵様用だと書かれていたけど、書き間違いじゃなかったの……!?も、申し訳ありません!お嬢様!」
「男性に髪飾りを送ることはないだろうと思い、お嬢様のものだと勘違いしていました!大変申し訳ありません!」
「きちんと確認を取るべきでしたね……!誠に申し訳ございませんでした!」
ペコペコと頭を下げる彼女達は勝手な思い込みで先走ってしまったことを素直に反省する。
『直ぐに包装し直します!』と言って、バタバタ動き回る侍女達に、私は苦笑を漏らした。
まあ、勘違いするのもしょうがない。和の国でも簪を身につける男は多くないからな。それにこの簪のデザインは花だから、女性用……つまり、私用だと思い込むのも頷ける。
『事前に説明しておくべきだったか』と考える中、侍女達は包装し直した簪を手にオロオロし始めた。
誰が公爵様に渡しに行くかで揉める彼女達は既に半泣きだった。
「公爵様用のお土産を勝手に開けたと知られれば、絶対に怒られるわ!どうしよう!?」
「でも、謝りに行かないと更に叱られるわよ!もしかしたら、解雇されるかも……」
「えぇ!?嫌よ!私はお嬢様の花嫁姿を見るまで絶対に残るんだから!」
ギャーギャーと騒ぎ始める侍女達を前に、私は椅子から飛び降りる。
ふわりと舞うドレスの裾を押さえ、彼女達に歩み寄った。
「私がお父しゃまに渡しに行くよ!それなら、怒られないでしょ?」
『私なら、叱られる可能性も0だしな』と匂わせつつ、無邪気に微笑んだ。
「「「お、お嬢様〜〜〜!!!」」」
ダバーッと滝のように涙を流す彼女達は土下座せんばかりの勢いで、頭を下げる。
しきりに感謝の言葉を口にする彼女達は両手を組み、全力で拝んできた。
ちょっと……いや、かなり大袈裟で鬱陶しいが、悪い気はしない。
これがもし、レオンなら五秒で殴り飛ばしているだろうが……。
「これくらい、大したことないよ!皆には、いっつも良くしてもらっているかりゃ!」
『気にしないで!』と胸の前で手を振る私は満面の笑みを浮かべた。
正直、二十四時間体制の監視はキツいものの、それ以外に不満はない。彼女達には、かなり可愛がってもらっているからな。
「良くしてもらっているのは私達の方ですわ!いつも、癒しをありがとうございます!」
「こんなに可愛らしいお嬢様にお仕えできて、幸せです!」
「お嬢様に一生ついて行きますね!」
『お嬢様、万歳!』と叫ぶ侍女達は涙を流したまま、両手をあげる。
騒がしい彼女達に苦笑を漏らしながら、私は包装された簪に手を伸ばした。
「それで、お父しゃまは今どこに居りゅの?もしかして、お城に行っちゃった?」
軍団長として忙しく動き回るリアムを思い出し、私はそう問い掛ける。
『外出しているなら、渡すのは夜になるな』と考える中、簪の入った小包を渡された。
可愛くラッピングされたそれを落とさないよう、大切に抱える。
「公爵様なら、恐らく執務室にいらっしゃいますわ。今日は溜まった事務仕事を片付けると仰っていましたから」
「なら、今から届けに行く!早い方がお父しゃまも喜んでくれるかりゃ!」
善は急げとは少し違うが、暇潰しついでに執務室の中を観察してやろうと考える。
目をキラキラさせて足踏みする私に、侍女達は『執務中に行っても大丈夫かしら?』と不安を露わにした。
だが、リアムの溺愛っぷりを間近で見てきたおかげか、『お嬢様なら、きっと大丈夫』という結論に至る。
「では、執務室の前まで案内しますわ。確か三階へはまだ行ったことがありませんでしたよね?」
「道は分かるかりゃ、大丈夫!皆はお仕事してて!」
迷子になるのではないかと不安になる侍女達に、私は『問題ない!』と言い切る。
この建物の構造は全て把握しているので、迷う可能性はほとんどなかった。それに、いざって時はリアムの魔力を辿って進めばいい。
「で、ですが……やっぱり、不安ですわ。三階は侵入者用の罠などもありますし……」
苦言を呈する彼女は心配で堪らないといった表情を浮かべる。
子供一人で行かせるような場所じゃないと語り、同行を願い出た。
侵入者用の罠か。確かに幾つか仕掛けられているみたいだが、特に問題は無い。この私を傷つけられる罠なんて、存在しないからな。
「心配してくれて、ありがとう!でも、本当に大丈夫だよ!無事に帰ってくりゅから、ここで待ってて!それじゃあ、行ってくりゅね!」
そう言うが早いか、私は返事も待たずに駆け出した。
後ろから、『あっ!お嬢様!お待ちください!』と呼び止められるが、気にせず部屋を抜け出す。
そして、すれ違う使用人達に元気よく挨拶しながら、歩みを進めた。
侍女達のことはそれなりに気に入っているが、正直少し窮屈だ。たまには一人で行動したい。
帰って早々、監視の目に疲れ果てた私は短い足で階段を登る。
幼体は動きづらくて敵わんが、魔法のアシストのおかげで何とか階段を登りきった。
妙に静かな三階に心地良さを感じていれば、ふと────一枚の絵が目に入る。
階段の正面に飾られたそれは大きく、高そうな額縁に収められていた。
そこに描かれていたのは────美しい女性の肖像画だった。
「銀髪赤眼の女……」
ボソッとそう呟いた私はゆっくりと肖像画に近づき、額縁にそっと触れた。
サラサラの銀髪に、宝石のルビーを連想させる赤い瞳……顔立ちは百合の花のように美しく、肌は透き通るように白かった。一見か弱そうに見えるものの、意思の強い瞳が芯の強さを表している。
顔立ちこそ似ていないが、髪や瞳の色は私にそっくりだった。血縁者だと主張出来そうなくらいには……。
「……なるほどな。戦の英雄であるマルティネス公爵家が私を養子として、引き取ったのは────前公爵夫人と容姿が似ていたからか」