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第7話『静かなる憤怒』

 リアムは視線を動かすだけで、ウィリアムに席に着くよう命令した。

魔力混じりの威圧に屈したのか、ウィリアムは倒れ込むようにして椅子へ腰を下ろす。

サァーッと青ざめた顔に、ガタガタと震える体。

どうやら、父親の怒りを感じて完全に萎縮してしまっていたらしい。


 まあ、これだけの威圧を出せる奴なんて早々居ないからな。

中途半端な実力の持ち主じゃ、耐え凌ぐのは不可能だ。


 リアムは手に持つフォークを皿の上に乗せると、その手でテーブルをトントンと叩き始めた。

音を奏でるように、一定のリズムで。


「『言いたいことはそれだけか?』と聞いている。お前はこの程度の質問にも答えられないほど、馬鹿だったか?」


「っ……!!い、いえ……!!そんなことは……!!」


「では、答えろ────言いたいことはそれだけか?」


「っ……!!は、はいっ……!!」


 ブルリと身を震わせ、手を握り締めるウィリアムは恐怖心に苛まれながらも何とか答えた。

その声は情けなく震えているが。


 根性無し────と言いたいところだが、最近軍に加入したばかりの若造には少し刺激が強すぎたか。

恐らく、ウィリアムはまだ戦場に行ったこともないガキだ。

幾つもの死地を駆け抜けて来たリアムに、気圧されても仕方ないだろう。


「そうか。お前の言いたいことはそれだけか……なら、私からも言わせてもらおう。何故、私が平隊員であるお前の指図を聞かなくてはならない?」


「っ……!そ、それは……えっと……私はただ、貴方の息子として意見を述べているだけで……ここは家ですし……」


「ああ、そうだな。ここは家だ。家族の空間だ。軍や肩書きは関係ない。ならば、家でどう過ごそうが私の勝手だろう?お前に私の自由を制限する権利でもあるのか?」


「い、いえ、それは…………ただ、父上は家の中でも軍の総大将として……その……」


 はぁ……こいつはアホか。

お前がさっき、家族の空間である家に仕事は関係ないと言ったんだぞ?

なのに、何故また軍や肩書きの話に戻る……。


 呆れてものも言えないとはまさにこのことで、私は内心頭を抱える。

『仮にも公爵家の長男だろう?』と辟易しながら、溜め息を零した。


 こいつは典型的な口喧嘩に弱いタイプだな。

軍では実力こそが全てだが、その実力の中に交渉力や頭の良さも入る。

地位が上に行けば行くほど、頭を使わなくてはならない。

戦術や作戦を考え工夫するのはもちろん、軍内の派閥争いにも巻き込まれる可能性がある。

特にウィリアムは現軍団長リアム・マルティネスの息子だから、大人の汚い策略に必ず巻き込まれる筈だ。


 『今のままじゃ、誰かに利用されて終わるぞ』と肩を竦める中、ウィリアムはオロオロし始める。


「ち、父上はその……えっと……」


「はぁ……」


「っ……!!」


 父親に呆れられたとでも思ったのか、ウィリアムは涙目になった。

軍人とは思えぬほどメンタルの弱い彼を前に、リアムは口を開く。


「私は私だ。自分の生きたいように生き、やりたいようにする。そこにお前の意見など求めていない。お前の理想を私に押し付けるな」


「っ……!!」


 リアムの的を射た反論に、ウィリアムは何も言い返せなかった。

ただ、今にも泣き出しそうな表情で俯くだけ。


 リアムの言う通り、ウィリアムがやった事は理想の押し付けだ。

モーネ軍軍団長として、マルティネス公爵家の当主として、そして────一人の父親として、完璧なリアム・マルティネスをウィリアムは求めた。

まあ、ウィリアムの言うことにも一理あるが、自分の都合のいいように解釈し過ぎていて賛成は出来ない。


 ウィリアムはギシッと奥歯を噛み締めると、顔を伏せたまま立ち上がった。


「まだ食事の途中だぞ?」


「……軍の仕事がまだ残っているので、先に失礼します」


 まだ何も手につけていないのに、ウィリアムは居づらさからかリアムの返事を待たずに歩き出す。

さすがにここで出口へ向かって駆け出すほど教養のないやつではないらしく、静かに部屋を出ていった。

パタンと閉まる扉の音を前に、誰も何も話さない。


 去り際に見えた、ウィリアムの顔……泣いてたな。確実に。

泣くくらいなら、最初から父親の言動に口出しなどしなければいいものを……あいつはとことん父親が好きらしい。


 極端に頭の弱い奴は嫌いだが、一生懸命なのは嫌いじゃない。

仕方ない────ここは私が一肌脱いでやろう。


「お父しゃま。エリン、ウィリアムお兄しゃまと仲良くなりたいれす!」


 ここですかさず、上目遣い。

私は気合と根性で潤ませた柘榴の瞳でリアムを見上げ、組んだ両手をギュッと握り締めた。


「ウィリアムお兄しゃまを追い掛けちゃ……駄目れすか?」


 ここで可愛らしく、コテンと首を傾げる。

これをするのとしないのとでは、天と地ほどの差がある。

ただ、このテクが幼女の体でも有効なのかは分からない。


 リアムは私の精一杯のぶりっ子を真顔で見つめ、暫し沈黙。


 さすがにこの歳で大人のテクは難しかったか……?

なら、次は泣き落としで……。


「────よし、分かった。行ってこい」


 えっ……?


 リアムは私のワガママを跳ね除けるでもなく、ただ許可を出した。

相変わらずの無表情だが、私を見る目は暖かい。

『い、いいのか?』と困惑する中、リアムは私の両脇に手を差し込み、そっと床へと下ろしてくれた。


 おお!久々の床だ!


 喜ぶべき点はそこじゃないのだが、リアムのせいで疎遠になっていた床と再会出来たのは素直に嬉しい。


「気をつけて行ってこい」


 リアムはポンポンッと私の頭を撫で、意外とすんなりウィリアムの元へ送り出してくれた。

『迷子にならないようにな』と述べる彼に、私は大きく頷く。


 よしっ!じゃあ、一人寂しく泣いているであろうウィリアムを私が慰めてあげようじゃないか!

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