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第78話『不穏』

「ねぇ、これは一体どういうことかな〜?────水蓮」


 明るい声とは裏腹に、息が詰まるほどの殺気を身に纏うテディーはそう問い掛けた。

再生した両腕をプラプラ揺らして、怪我の状態を確認し、ニッコリ微笑む。


 不味いな……これは相当怒っている。あいつはああ見えて、かなり短気だからな。『気に入らないから』という理由だけで、国を滅ぼすくらいには……。ここは水蓮に謝らせて、穏便に済ませるか……乱闘騒ぎはさすがに不味い。


「おい、水蓮。いきなり、攻撃するのはさすがにどうかと思……」


「無断で戦姫に触れようとしたあいつが悪い」


 嗜めようとする私の言葉を遮り、水蓮はそう言い張った。謝罪するつもりなど毛頭なさそうだ。


 参ったな……これでは収拾がつかない。いっそのこと、二人を残して帰るか……?いや、それは駄目か。テディーと水蓮が本気で戦えば、城下町は崩壊してしまう。そうなれば、抹茶ケーキやあんドーナツを食べられない……。

何より、公爵家の連中に和の国で大きな騒ぎが起きたと知られれば……今度こそ、屋敷から出して貰えないかもしれない。更に監視を強化される可能性だって、あった。


 それは絶対に嫌だ……引きこもり生活に文句はないが、二十四時間体制の監視はきつい。精神的に参ってしまう。


 全方向から監視される場面を想像し、私は『勘弁してくれ……』と呟いた。

『もし、そうなったら国外へ逃亡しよう』と決意する中、テディーと水蓮は互いに睨み合う。


「あははっ!正義のナイト気取り〜?水蓮って、意外とロマンチストなんだね〜?でもさ、そういうの格好悪いから、やめておいた方がいいよ〜」


「正義のナイトを気取っている訳ではないが、嫌がる女に付き纏うお前よりマシだろう」


「はははっ!言うようになったね〜?でもさ、これは僕と戦姫の問題なの。水蓮には関係ない。だから、出しゃばんないでくれる〜?」


「俺はただ戦姫の友人として、迷惑な男を追い払おうとしているだけだ」


 煽り散らかすテディーに対し、水蓮は出来るだけ冷静に正論を叩きつける。

火に油を注ぐ筈が、逆に注がれてしまったテディーはヒクヒクと頬を引き攣らせた。

怒りで拳を震わせる彼は噴火寸前の火山のようである。

いよいよ我慢の限界に差し掛かったテディーを前に、私は一つ息を吐いた。


「落ち着け、二人とも。まず、テディー。お前は勝手に私に触るな。正直、とても不愉快だ。そして、水蓮。たとえ、私のためだったとしても、いきなり攻撃するな。テディーの接触くらい、私でも防げるんだから」


 溜め息混じりにそう説教し、『子持ちの親はいつもこんなことをしているのか』と密かに感心する。

そこら辺の悪ガキより、よっぽどタチの悪い英雄達を前に、『はぁ……』と深い溜め息を零した。


 何で私が母親の真似事をしなきゃいけないんだ……。


「う〜ん……確かに勝手に触るのはダメだったよね。ごめんなさい」


「余計なことをしてすまない、戦姫」


 シュンと肩を落とすテディーと水蓮は素直に謝罪し、殺気を仕舞う。

極一名ほど謝る相手を間違えているが……まあ、いいだろう。被害者は特に気にしていないようだし。


「分かってくれれば、それでいい。ところで────テディーは何故、私を探していたんだ?」


 分かり切った質問を投げ掛ける私はさっさとテディーを帰らせることしか考えていなかった。

本題に入れと促す私に、彼はゆるりと口角を上げると────サッとその場に跪く。

そして、パチンッと指を鳴らして一度着替えると、赤い薔薇の花束を手に持った。

『一体どこから出てきた?』と疑問に思う中、彼はうっとりした顔でこちらを見上げる。


「戦姫を探す理由なんて、一つしかない。愛する君に────プロポーズするためだよ!」


 毎回恒例となりつつあるテディーのプロポーズに、私は『やっぱりか』と遠い目をする。

見慣れた光景を前に、『1000年経っても、まだ懲りないか』と肩を落とした。

白のタキシードに身を包むテディーは我々の反応など気にせず、言葉を続ける。


「僕は戦姫を愛するために生まれてきたんだ!君のために女遊びもお酒もやめた!だから、僕と結婚してほしい!」


 耳を掠める在り来りなセリフに、『今回は誠実路線で攻めるつもりか』と場違いなことを考える。

勇気を振り絞って告白してきた相手に失礼かもしれないが、これが数百回ともなると嫌でも慣れてしまう。

一途と言えば聞こえはいいが、テディーの愛は色んな意味で迷惑だった。正直もうそろそろ……1000年も経ったんだから、諦めてほしい。


「悪いが、お前と結婚するつもりはない。頼むから、他を当たってくれ。お前の幸せを陰ながら応援している」


 出来るだけ優しく……そして、キッパリとプロポーズを断った私は『悪いな』と繰り返した。

テディーのことは苦手だが、嫌いでは無いので多少なりとも申し訳なく思っている。

かつて苦楽を共にした友人として、テディーの幸せを切に願っていた。

『新しい恋を見つけてくれ』と声を掛ければ、テディーと不意に目が合う。

宝石のペリドットを彷彿とさせる黄緑の瞳は1000年前と変わらず、美しいのに……何故だか、少し淀んで見えた。


「ねぇ────本当にいいの?僕のことを振って……」


 珍しく……というか、初めて食い下がってきたテディーはじっとこちらを見つめる。

普段より硬い声、真剣な表情、淀んだ瞳……まるで別人のように変わった彼に、私は目を見開いた。


 この1000年の間に何かあったのか?いつもなら、『なんだぁ、残念!次こそは絶対に落としてみせる!』とか言いながら、笑っているのに……。


「これが最後のチャンス(・・・・・・・)だよ、戦姫。本当にいいの……?」


 そう言って、念を押すテディーは懇願するような眼差しを向けてきた。

ギュッと薔薇の花束を抱き締め、溢れんばかりの思いを伝えてくる。

こいつが本気で私を愛していることは明白で……だからこそ、嘘はつけなかった。


「悪い、テディー。私はお前を愛していない。だから、プロポーズを受けることは出来ない。私のことは諦めてくれ」


「っ……!」


 一縷の望みも持てないよう、キッパリと断れば、テディーはクシャリと顔を歪めた。

今にも泣き出しそうな表情を浮かべる彼はフラリと立ち上がり、乱暴に花束を投げ捨てる。

こんな風に怒るテディーを見るのは初めてで、私は思わず固まってしまった。


 一体どうしたんだ?今日のテディーはなんか変だぞ?


 偽物だと言われた方がしっくり来るテディーの言動に違和感を抱き、私は眉を顰める。

妙な危機感と不信感を抱く私の前で、テディーは地面に落ちた花束をグシャリと踏みにじった。


「残念だよ……君が嘘でも『うん』って言ってくれれば、僕は君を選んだ(・・・・・)のに」


 テディーが私を選ぶ……?それは一体どういう事だ?選ぶのは私の方だろう?何故、私が選ばれる側なんだ?


 真逆と呼ぶべき、私達の立ち位置に首を傾げていれば、テディーは転移用の魔法陣を描き始めた。黄色に光るそれは彼の足元で煌めく。


「近いうちにまた会おう、戦姫」


 その言葉を合図に、テディーの体は眩い光に包み込まれ……姿を消した。

パッと弾けるように消える光とは対照的に、この胸に残る違和感は消し去れない。


 あいつは確かに『最後』と言ったのに、何故また会おうなんて言ったんだ?プロポーズは最後にするという、意味だったのか?


 主語の抜けた会話を思い返し、私は『う〜ん……』と唸る。

だが、どんなに考えてもさっぱり分からなくて……結局、考えを放棄するしかなかった。

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