第77話『迷子探し』
城下町で一番人気のある武器屋に立ち寄り、刀や手裏剣を幾つか購入したレオンはホクホク顔だった。
鼻歌を歌いながら表通りを進む彼に、冷ややかな視線を向ける。
どうせ使わない武器を買って何が嬉しいのかと、私は溜め息を零した。
先程購入した武器もそうだが、レオンは基本的に旅行先で買った武器を使わない。大抵、あのゴミ部屋……じゃなくて、自室に放置している。
と言うのも────扱いが雑すぎて、直ぐに壊してしまうから。私が把握しているだけでも、軽く百本は駄目にしている。あいつの雑な扱いに耐えられるのはミスリル製の大剣くらいだろう。ちなみにミスリル製の長剣は過去に二回ほど折っている。
そのため、色んな鍛治職人に『お前、いい加減にしろよ!』と怒鳴られ……結局、実戦用と観賞用に武器を分けるようになったのだ。
まあ、部屋が汚すぎて直ぐに物に埋もれるがな。
いつの間にか行方不明になっていた歴代の観賞用武器を思い浮かべ、『あの刀も直ぐになくなるな』と確信する。
失礼な考えが過る私を他所に、上機嫌なレオンは意気揚々と裏道に入っていった。
「おい、あいつ……浮かれるあまり違う道へ行ったぞ」
「はぁ……この歳にもなって、迷子か」
思わず額を押さえる水蓮は呆れたと言わんばかりに頭を振る。
だが、このまま放置する訳にもいかないので、私を抱っこしたまま後を追いかけた。
饅頭を買いに行ったときと違い、今回は行き先が決まっていないので合流する目処が立っていない。
合流地点さえ決まっていれば、このまま放置してショッピングを続けるんだがな……。
レオンを心配する気持ちなど一ミリもない私は『今度リードでも買いに行くか』と考える。
どこかへ行く度、こうも迷子になられては堪らなかった。
「追跡魔法でも掛けておくべきだったか……」
魔力探知で探すことは可能だが、ここは人が多すぎて雑念が入りやすい。例えるなら、至近距離で様々な楽器をバラバラに演奏される感じだ。疲労が溜まるのは言うまでもない。多少手間は掛かるが、事前に追跡魔法を掛けておいた方が百倍楽だった。
よし、決めた────十五分以内に見つからなかったら、あいつの帰省本能を信じて置いていこう。
魔力探知を発動してまで探しに行く価値はないと切り捨て、私は水蓮と共に裏道を進んだ。
入り組んだ造りの裏道は幾つもの道が繋がっており、時々柄の悪い連中と出会す。
だが、相手もトラブルは避けたいようでお互い何も言わずに横を通り過ぎた。
「なかなか見つからないな。あいつは一体どこに……って、ん?あれって────レオンじゃないか?」
たった五分で迷子の捜索に飽きてしまった私はふと目に入った大男を指さす。
こちらに背を向けていて、顔は見えないが、レオンの服装や背格好と酷似していた。
「そうみたいだな。でも────向かい側に居る男は一体誰だ?何やら、言い争っているようだが……」
『ここからだと、よく聞こえない』と言い、水蓮はゆっくりと歩き出す。
レオンの大きな体に隠れて足元しか見えないその男性は発音の訛りから、和の国の人間ではないと判別出来た。
私達と同じ旅行客か?と思いながら、レオンに近づけば────二人の会話がハッキリと聞こえる。
「だから、教えられねぇって言ってんだろ!」
「え〜?何でダメなの〜?いいじゃん!減るもんじゃないんだし〜!」
「駄目なもんは駄目だ!俺が戦姫に殺される!」
「あははっ!大丈夫だよ〜!骨はちゃんと拾ってあげるから〜!」
「全然、大丈夫じゃねぇーわ!」
目の前の大男は案の定レオンだったようで、聞き慣れた声が耳を掠める。
嗚呼、やっと見つかった────と安堵することは出来なかった。何故なら、向かい側に立つ男性に問題があったから……。
「────あっ!戦姫じゃん!ひっさしぶり〜!って、どうして小さくなってんの〜?」
馴れ馴れしい口調で話しかけて来るその男性は人懐っこい笑みを浮かべた。
『はっ!?戦姫!?』と驚くレオンを押しのけ、彼は私の前に躍り出る。
ギョッとする私を前に、その男性はうっそりと目を細めた。
「まあ、大きさなんてどうでもいいや!それより、僕のこと覚えてる?神殺戦争のとき、一緒に戦った────テディーだよ!」
1000年前と全く変わらない姿で、テディーは元気よく名前を名乗った。
出来れば、もう二度と会いたくなかった人物との再会に、私は内心頭を抱える。
誰よりも執念深く、盲目的で、強欲な彼はある意味私の天敵だった。
神殺戦争時代の英雄で、『雷帝』の名を冠するテディーはまだ私のことを諦めていなかったらしい。1000年も経てば、他の女性に目移りするかもしれないと思ったが……世の中そんなに甘くなかった。
溢れ出そうになる溜め息を押し殺し、ニコニコと笑うテディーに目を向ける。
白のメッシュが入った金髪に、ペリドットの瞳を持つ彼は非常に女性受けのいい外見をしていた。
銀のピアスを身につけるテディーは端整な顔立ちに歓喜を滲ませる。
「ずっと会いたかったよ、戦姫!この日をどれだけ待ち望んだことか!あっ、子供姿の戦姫もすっごく可愛いね!天使みたいだよ!」
自身の頬に手を添え、『食べちゃいたい♡』と呟くテディーは恍惚とした表情を浮かべた。
彼の目がハートに見えるのはきっと私の気のせいだろう……と思いたい。
相変わらず、気持ち悪い奴だな……幼女にも欲情するなんて、なかなかの変態だぞ。
元々低かったテディーの評価が更に下がり、私は思わず顔を顰める。
道の端まで追いやられたレオンも『うげぇ……』と頬を引き攣らせていた。
「ねぇ、戦姫!僕にも抱っこさせてくれない?ねっ?いいでしょう?」
キラキラと目を輝かせるテディーはこちらへおもむろに手を伸ばした。
相手の返事を待たずして行動に移すところは昔と変わらないらしい。
ゆっくりと近づいてくる手を前に、『結界を張ろうか』と思い悩んでいると────突如テディーの腕が切り落とされた。
ゴトンッと音を立てて地面に落ちた腕を見下ろし、『は?』と声を漏らす。
ボタボタと溢れ出す赤い血を見つめ、額を押さえた。
鋭利な刃物で切られたような断面だが……恐らく、物理攻撃ではない。誰も武器を取り出す様子はなかったし、切りつけられる場面も見えなかった。となると、考えられる可能性は一つ────魔法攻撃だ。
当然ながら、やったのは私じゃない。火炎魔法しか使えないレオンも除外出来るだろう。そうなると、テディーの両腕を切り落とした犯人は……。
消去法によって導き出された結論に、私は内心頭を抱えた。
『今世では、なるべく問題を起こしたくなかったのに……』と嘆きながら、溜め息を溢す。
この場に張り詰めた空気が流れる中────怪我人のテディーは不意に顔を上げた。
額に青筋を立てながらも、ニッコリ微笑む彼はヒュンッと一瞬で両腕を再生させる。
「ねぇ、これは一体どういうことかな〜?────水蓮」