第76話『いざ、城下町へ』
目が眩むほどの強い光に包まれること十秒……光の消滅と共に人々の話し声や笑い声が聞こえた。
肌に触れる空気が変わったことに気づき、私はゆっくりと瞼を上げる。
そして、真っ先に目に飛び込んできたのは────着物を着て街中を歩き回る人々の姿だった。
ピンッと背筋を伸ばして、しゃなりしゃなりと歩く彼らは男女問わず長い髪を結い上げている。
モーネ国と同じくらいの賑わいを見せる城下町は人で溢れ返っており、一階建ての木造建築物が多く立ち並んでいた。
街並みは昔とあまり変わらんな。
「……1000年も経っているのに、全く発展していないのか」
独り言のようにボソッと呟いた私は水蓮に抱っこされた状態で、周囲を見回す。
良くも悪くも昔と変わらない景色は、私に違和感を抱かせた。
モーネ国の場合は極端に文明が退化していたが、ここはまるで時が止まったかのように何も変わらないな……。唯一変わったところと言えば、民の顔が明るいことくらい……今は昔と違って、平和だから安心して暮らせているのだろう。
キャキャッとはしゃぐ子供の声と大人達の笑い声に耳を傾け、私は一つ息を吐く。
どう考えてもこの光景は異常だが、わざわざ原因を探るほどのことでもないので疑問を押し殺した。
「相変わらず、城下町は人が多いなぁ。上手く身動きが取れないぜ」
「昼間だから、しょうがない。我慢しろ。それより、何を買いたいんだ?買い物と一口に言っても、色々あるだろう?」
文句を言うレオンを見事一蹴した水蓮は私の顔を覗き込んでくる。
すかさずレオンが『武器屋に行きたい!』と叫ぶものの、彼の意見を聞く気はないのか、完全にスルーしていた。
だが、こんなの日常茶飯事なので私も……そして、当事者のレオンも大して気にしない。
「私は土産を見に行きたい。さすがに手ぶらで帰る訳にはいかないからな」
大量に用意された旅費を思い浮かべ、私は肩を竦める。
あれだけ貰っておいて、『お土産は買って来ていません』なんて言える訳がなかった。
少なくとも、旅費を出してくれたリアムとセバスには何か買わないとな。あとはお留守番している三兄弟と……使用人達か。まあ、使用人用の土産は食べ物でも買って行けばいいだろう。
「土産か……やはり、定番で行くと甘味か?」
「そうだな。和の国にしか売っていないものだと、尚いい」
「なら、饅頭はどうだ?あれなら、日持ちもするし、モーネ国の奴らでも比較的食べやすいと思うぞ」
食文化の違いを考慮したレオンの意見に、私は『なるほど』と素直に頷く。
人付き合いが得意なだけあって、レオンの考えは非常に参考になった。
確かに納豆などの癖のある食べ物をいきなり持っていっても困惑するだけだな。そこら辺は配慮してやらないと。さすがに苦手なものを我慢して食べさせるのは可哀想だ。
お嬢様からのご厚意ですから!と必死に口へ詰め込む使用人達を思い浮かべ、苦笑いする。
「じゃあ、とりあえず饅頭を買いに行くか。金はたんまりある訳だし、遠慮なく使っていこう。水蓮、案内を頼めるか?」
「ああ、もちろんだ」
間髪入れずに頷いた水蓮は私を抱っこしたまま、人混みの中へと入る。
後ろから、『ちょっ!待ってくれー!』とレオンの叫び声が聞こえたが……水蓮は足を止めなかった。置いていく気満々である。
まあ、これはいつもの事なので気にしないが……。
それにしても、水蓮の人気度……というか、注目度は凄まじいな。きちんと変装したのに、なまじ顔が整っているせいか、人々の視線を集めやすい。特に若い娘からの熱い視線が凄かった。
まあ、抱っこしている私を見るなり、『チッ!所帯持ちかよ!』と散っていくが……。
『私を抱っこしたのはこのためか』と一人納得していれば、不意に水蓮が足を止めた。
私達の前には、『甘味処』と書かれた暖簾を垂らすお店が……。
鼻を掠める甘い香りに目を細めると、水蓮はスタスタと中へ入っていった。
程よい賑わいを見せる店内は綺麗に包装されたお菓子がズラリと並んでいる。
「ほう?抹茶饅頭とやらもあるのか。食文化だけはかなり進んでいるようだな」
1000年前にはなかった新しいお菓子に目を輝かせ、『自分用にも買っておくか』と考える。
散財する気満々の私を前に、水蓮は僅かに頬を緩めた。
「カスタードクリームたい焼きや生クリームどら焼きなんかもあるぞ。他国との貿易が盛んになったことで、様々な新商品が出ているんだ」
「おお!それは素晴らしいな!是非一度食べてみたい!」
甘いものに目がない私は土産のことなど忘れて、甘味の話題で盛り上がる。
外見が幼いせいか、多少うるさくても周りに叱られることはなかった。
むしろ、『元気なのはいいことだ』と微笑ましそうに見守られている。
こういう寛容的なところは昔の人々と変わらなかった。
「よし!全種類二箱ずつ買おう!」
「はははっ!太っ腹な嬢ちゃんだな。飴ちゃんをおまけしてやこう」
グッと拳を握り締める私に、店主のおじさんは穏やかに微笑んだ。
おじさんの女房と思しき女性が店内の商品を二箱ずつ回収していく中、彼はカウンターの引き出しから丸い何かを取り出す。
小さな包装紙で包まれたそれは桃味の飴のようだった。
礼を言って、受け取った私はその場で飴を口に含む。少々お行儀が悪いが、おじさん夫婦は笑って許してくれた。
「お代は金貨三枚だよ」
「分かった」
カウンターの上に積み重なった箱の山を一瞥し、私は懐に手を入れる。
周囲にバレないよう、懐の中で亜空間収納を発動した私は旅費の入った袋を取り出した。
やけに重たい袋の中から、金貨を五枚手に取る。
「お代だ」
そう言って、金貨を五枚差し出せば、おじさんは驚いたように目を見開いた。
「お、おい!お代は金貨三枚だぞ!?」
「分かっている。これは店で騒いだ迷惑料と飴代だ」
「いやいや!そんなの受け取れねぇーよ!」
「私が構わないと言っているんだ。気にせず受け取ってくれ」
金なら腐るほど持っているので、私は半ば無理やり店主に金を受け取らせた。
恐々とした様子で視線を右往左往させる店主は受け取りを渋ったものの……最終的に『有り難く受け取っておく』と頭を下げる。
それでいいと満足げに頷いたところで────店の入口が騒がしくなった。
「────おい!何で俺を置いて行くんだよ!?めちゃくちゃ探したじゃねぇーか!」
聞き慣れた声に苦笑を漏らし、後ろを振り返ると────そこには案の定、レオンの姿があった。
ムッとした顔をするレオンに対し、水蓮は飄々としている。
一番の当事者でありながら、我関せずを貫き通す『水の支配者』に私は溜め息を零した。
全く……水蓮のレオン嫌いは本当に酷いな。でも────。
「────丁度いいところに来たな、レオン。荷物を運ぶのを手伝ってくれ」
「えっ……?」
荷物の運搬に密かに頭を悩ませていた私は『これ幸い』と言わんばかりにレオンを手招く。
ポカンとした表情を浮かべるレオンだったが、カウンターの上にそびえ立つ箱の山を見るなり、『嘘だろ……』と項垂れた。
ショッピング開始三十分で早くも荷物持ちと化したレオンはガクリと肩を落とす。
「まあ、そう落ち込むな。人気のないところへ行ったら、亜空間収納で保管してやるから」
『さすがに人前で使う訳にはいかないんだ』と語り、レオンの肩をバシバシ叩く。
『約束だからな?』とジト目をお見舞いしてくるレオンに頷きながら、大量の荷物を持たせた。
そして、私達はおじさん夫婦に見送られながら、店を後にする。
早速、いい買い物をしてしまったな。今日はもう帰ってもいいかもしれない……だが、それではさすがにレオンが可哀想か。たまにはこいつの買い物にも付き合ってやろう。
密かにそう決意する私は大通りの裏手へ回ると、約束通り大量の荷物を亜空間へ放り込む。
そして、拗ねるレオンを連れて武器屋へと向かうのだった。