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第75話『準備』

 公爵家で一悶着あったことなど露知らず、私は海底洞窟で朝を迎えていた。

太陽の光がほとんど届かないここでは、周囲に漂う蛍……のような光の粒が光源である。

洞窟内に作られた奥の部屋で一夜を明かした私は黄緑色の柔らかな光を頼りに、道を進んだ。

浄化魔法で汗や埃を落としてから、最奥の間へと足を踏み入れる。

そこには、既に水蓮とレオンの姿があった。


「随分と早いな」


 朝食代わりの林檎に齧り付くレオンと桃の皮を丁寧に剥く水蓮を見比べ、そう声を掛ける。

寝起きの悪いレオンも睡眠時間が長い水蓮もあまり朝が得意ではなかった。

かくいう私も朝は苦手だったが……。戦姫だった頃は起こしに来た奴らをよくぶっ飛ばしたものだ。


「おはよう、戦姫。よく眠れたか?」


 シャクシャクと林檎を丸かじりするレオンは『こっちは水蓮の殺気が凄くて、散々だったぜ!』と嘆く。

一応、レオンにも個室を与えられたが、あまり休めなかったようだ。


 まあ、昨日あれだけ水蓮を怒らせたのだから、しょうがない。水蓮の情報を流出させたのだから、それくらい甘んじて受け入れるべきだろう。


「こっちはぐっすり眠れたぞ。温度調節も丁度良くて、かなり快適だった」


 家具などは必要最低限のものしかなかったが、居心地はかなり良かった。

公爵家と違って監視の目もないため、久々にリラックスして眠れたと思う。


 水蓮が気を使って、周囲の音や気配を遮断してくれたおかげで心置き無く休めたしな。ここに泊まって、本当に良かった。


 朝から機嫌のいい私は水蓮が剥いた桃を口に含み、瑞々しい甘さに頬を緩める。

水の気を多く含んだそれは聖水と同じくらいレアなもので、仙桃(せんとう)と呼ばれていた。

魔力の流れを正すこの桃は英気を養う食材として、定評がある。

ただ、これを作れるのは水の気に愛された水蓮くらいなので、市場にはあまり流通していなかった。


「水蓮って、戦姫にはとことん甘いよな。俺には市販の林檎一つなのに……」


 芯だけになった林檎を不満げに見つめるレオンに、水蓮はチラリと視線をやった。


「文句があるなら、聞いてやるぞ。もちろん、死ぬ覚悟があるならの話だが……」


 背後におどろおどろしいオーラを放つ水蓮は手に持った果物用ナイフをキラリと光らせる。

文句を言うのに命を賭ける必要があるのかと震え上がるレオンはブンブンと首を左右に振った。

蛇に睨まれた蛙と呼ぶべき光景に、私は肩を竦める。

残り二切れの桃を自分と水蓮の口に放り込み、浄化魔法で果汁を落とした。


「それで、今日はどうする?早速、街に降りて観光でもするか?」


 旅行期間は最大二週間もあるので、一日くらい休んでも問題ない。

何より、この旅の目的は観光じゃないので特に拘りはなかった。

『せっかくなら、観光するか』程度の意味合いである。


「そうだなぁ……洞窟に籠っても暇なだけだし、適当に買い物でもするか!金はたんまりある訳だし!」


「なら、そうするか。和の国の街並みがどんな風に変わったのかも、見てみたいしな」


 ここ1000年の間にどう変わったのか、この目で確かめてみたいとレオンの意見に同調する。

街への関心を高める私達の傍で、案内役の水蓮は嫌な顔一つせず頷いた。


「分かった。では、今日は街へ降りて買い物を楽しむとしよう。だが、その前に────」


 わざとらしく、そこで言葉を切ると、水蓮はふと私の髪に触れた。

すると、光に反射して煌めく銀髪が────艶やかな黒髪へと変わる。

瞳にも水蓮の魔力が干渉したため、恐らく目の色も変わっていることだろう。


「────髪と目の色を変えるぞ。俺達の容姿では悪目立ちしてしまう。出来るだけ、現地人に外見特徴を寄せよう」


 ご尤もな水蓮の意見に、私とレオンは『このままだと、確かに目立つな』とすんなり納得した。


 和の国の民はみんな黒髪黒目の外見をしている。稀に生まれつき色素が薄くて、茶髪の奴も居るが……この銀髪はかなり目立つだろう。レオンの赤い瞳や水蓮の青髪も注目を集める筈だ。

特に水蓮は現地人から、神のように崇められているため、素の姿で行くのはかなり不味い……目立つこと間違いなしだ。


 今回はあくまで療養を兼ねた観光のため、あまり目立ちたくはない。適当に遊んで、ゆっくりしたいのだ。

そのためなら、変装くらいどうってことない。それに髪や目の色を本当に変えられた訳ではないからな。ただ、幻影魔法で黒く見せている(・・・・・)だけだ。特に害はない。


 水魔法を得意とする水蓮は幻影魔法に長けていて、変装くらいお手のものだった。

そして、自身の髪と目の色も変えた水蓮は亜空間収納から、子供用の着物を幾つか取り出す。

淡い色の着物を手に取った彼は私のことをチラチラ見ながら、魔法でサイズを調整した。


「こんなものか。あとは装飾品の簪を……」


「お、おい!ちょっと待て!俺の髪と目の色も変えてくれよ!」


 ガサガサと亜空間の中を漁り出した水蓮に、レオンが噛み付いた。

水属性の魔法を一切使えないあいつは当然ながら、幻影魔法も使えない。

薄茶色の髪と髭はともかく、あの赤い瞳は偽装するべきだろう。


「俺は今とても忙しい。自分で何とかしてくれ」


「いや、自分で何とか出来ないから言っているんだろ!?」


 適当にあしらおうとする水蓮に、レオンは『頼むよぉ』と泣きついた。

魔法の適性に関しては完全に運なので、当人ではどうしようも無い。


 さすがにこのままレオンを放置するのは可哀想か。幸い、私は全属性持ちだし、幻影魔法の一つや二つ掛けてやってもいいだろう。


「レオン、こっちへ来い。今回は特別に手を貸してやろう」


 おいでおいでとレオンを手招くと、彼はパァッと表情を輝かせた。

見えない筈の尻尾が嬉しそうに揺れる中、彼はこちらへ一歩踏み出す────が、しかし……水蓮に首根っこを掴まれてしまった。


「ぐぇ……!!」


 踏み潰された蛙のような呻き声が上がり、私は思わず吹き出しそうになる。

『なんだ、あの醜い鳴き声は』と笑いを堪える中、水蓮は首根っこを引っ張り、レオンを後ろへ転ばせた。

見事尻餅をついた大男はポカンとした顔で、青髪の美男子を見上げる。


「え、はっ……?何で怒っているんだ?まさか、俺が戦姫に……ひっ!」


 途中で言葉を切ったレオンは小さな悲鳴を上げて、縮こまる。

サァーッと青ざめる大男を前に、水蓮はガシッと乱暴に彼の髪を掴んだ。


 何だ?最近の水蓮は随分と情緒不安定だな。


 水蓮の用意した着物にさっさと着替える私は呑気に二人の様子を見守る。

顔面蒼白のレオンを心配する気持ちは一ミリもなかった。


「そんなに髪と目の色を変えたいなら、俺が変えてやる。だから、戦姫の手を煩わせるな」


「わ、分かった……!」


 涙目でコクコクと頷くレオンを前に、水蓮は満足そうに目を細める。

そして、宣言通りレオンの髪と目の色を黒へと変えた。

ついでに亜空間収納に仕舞っていたお古の着物を乱暴に投げつける。

八つ当たり同然の行いだが、この場にそれを咎める者は居なかった。


 まあ、私も同じようなことを何度もしているからな。何より、水蓮を怒らせたあいつが悪い。きっと、また何か余計なことをしたんだろう……多分。


 グスグスと涙ぐむレオンを一瞥し、帯の位置を調整していると────水蓮が簪片手にこちらへ近づいてきた。

亜空間収納から、クシを取り出した彼は手馴れた様子で私の髪を結い上げる。

横髪を少し垂らす形でお団子にした水蓮は髪の間に簪を差し込んだ。

動く度、シャナリと音が鳴る簪は思ったより軽い。


「ちょ、おまっ……!それって、国宝級の宝じゃ……ひっ!」


 男性用の赤い着物に着替えたレオンは私の簪を見て、声を荒らげるが……水蓮に睨まれて口を噤んだ。

『な、何でもない……』と首を横に振る彼は情けないくらい、怯えている。

ビクビクと震えるレオンを前に、水蓮は満足気に頷いた。


「さて、準備も整ったし、早速城下町へ行くか」


 そう声を掛ける青髪の……いや、黒髪の美男子はスルスルと転移用の魔法陣を描き上げていく。

そして、完成した魔法陣を床いっぱいに広げ、私を抱き上げた。

大量の魔力を帯びた魔法陣は青く煌めき、どんどん輝きを増していく。


「────転移するぞ」


 その言葉を合図に、青色の魔法陣はより一層煌めき────眩い光が私達を包み込んだ。

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