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第73話『更なる疑問』

「────二百年前に起きた世界大戦だ」


 聞き覚えのある単語が鼓膜を揺らし、私は一つ息を吐く。

脳裏を過ぎるのは、歴史書で何度も見た世界大戦の悲惨な結末だった。


 転生する前の戦いなので、詳しいことは知らないが……かなり酷い戦いだったと聞いている。豊かな大地は荒れ果て、美しい海は濁り、地上は多くの屍で溢れ返る……そんな光景が常に広がっていた、と。戦場はまさに地獄で、人々の叫び声が絶えなかったらしい。


 二百年経った今でも人々の記憶に根強く残るそれは惨いの一言に尽きる。

他人の死に関心がない私でも、『これはさすがに……』と引くほどの悲劇だ。

戦争の記録からでも伝わってくる凄惨さに眉を顰めた。


「世界大戦では多くの国が滅び、大勢の人が死んだ。後先考えずに人を殺すものだから、技術者や知恵者まで死んでしまった。おまけに書物は戦火に焼かれて失われている。これでは、技術や知識の継承が出来ない。和の国には生きた化石とも言える俺が居るから問題ないが、他の国はそうもいかない……だから、衰退して行ったんだ」


 重々しくそう語った水蓮は当時のことを思い出しているのか、『はぁ……』と深い溜め息を零す。

自業自得だと吐き捨てるものの、彼の表情はどこか憂鬱そうだった。

やれやれと(かぶり)を振る水蓮の前で、レオンはふと顔を上げる。


「そういやぁ、世界大戦が終わってからだよなぁ────技術者狩りや書庫の放火が始まったのって」


「技術者狩りや書庫の放火……?」


 聞き捨てならない言葉にピクリと反応を示した私は『なんだ、それは』と聞き返した。

これは水蓮も初耳だったようで、チラリとレオンに目を向ける。

何故、貴重な人材や書物を消す必要があるのか全く理解出来なかった。


「いや、俺も人伝てに聞いた話なんだが……終戦直後は技術者の暗殺と書庫の放火が後を絶たなかったらしい。世界大戦のせいでただでさえ、技術や知識がほとんどないのに更に奪われて……王族連中は大騒ぎだったらしいぞ。国王の執務室並に警備を厳重にする国もあったみたいだ。でも、どう頑張っても守り切れなくて……結局、全部消されたらしい」


 ポリポリと頬を掻くレオンは『まあ、水蓮の守護する和の国は狙わなかったみたいだけどな』と付け足した。


 技術者狩りと書庫の放火、か……どうやら、人類の衰退を促進させた奴が居るみたいだな。まあ、それもそうか。どんなに激しい戦争とはいえ、全ての技術者と書物が消えるとは思えない。残った知識に偏りはあれど、綺麗さっぱり全てなくなるなんてことはない筈だ。

誰かが意図的に消したと考えるのが自然だろう。


「でも、一体誰が……?何のために……?」


 両腕を組んで考え込む私に、レオンは『さあな』と肩を竦める。

二百年も前のことだから、大して興味がないのだろう。


 まあ、技術者狩りや書庫の放火なんて私達には関係の無いことだからな。わざわざ、気にする必要なんてないだろう。ただ、一つ気になることがある。


「技術者狩りや書庫の放火までして、徹底的に文明を退化させたのに何故────ブラックムーンの奴らは昔の技術や魔法を使えたんだ?」


「「!!」」


 独り言に近い響きで疑問を口にすると、水蓮とレオンはこれでもかってくらい、大きく目を見開いた。

顎に手を当てて考え込む水蓮は『それは確かにおかしい』と呟き、レオンはひたすら呆然とする。

技術者狩りや書庫の放火にブラックムーンが関わっているのでは?という疑問が我々に付きまとった。


 仮に技術者狩りや書庫の放火をした犯人がブラックムーンの連中だとすれば、辻褄は合う。昔の技術や魔法を持っている理由にも納得はいった。でも、そう簡単に上手くいくだろうか?ターゲットの技術者も書庫も厳重に管理されているんだぞ?今でこそ、全大陸に知れ渡るほどの犯罪組織になったが、当時はまだ無名。人員も物資も……そして、実力も大してなかった筈。

そんな状況で全ての技術者と書庫を消し去るなど……不可能に等しい。


「はぁ……判断材料で少なすぎて、さっぱり分からんな」


 降参だとでも言うように肩を竦めれば、水蓮が私の頭に手を置いた。


「とりあえず、この件は一旦保留にしよう。今ここであれこれ悩んでもしょうがない。それより、戦姫達はどのくらい和の国に滞在するんだ?」


 『衣食住の面倒くらいなら、見てやる』と申し出る水蓮に、私は頭を悩ませた。

未だにアホ面を晒しているレオンにチラリと目をやり、『ふむ……』と考え込む。


 用事は既に済んでいるから、ここに居座る理由はない……が、まだ公爵家に帰りたくない。またあの軟禁生活が始まるのかと思うと、憂鬱になる。

部屋に閉じ込められるのは別にいい。というか、本望だ。でも、ずっと誰かに見張られるのは遠慮したい……正直、物凄く迷惑だ。これでは、引きこもり生活……じゃなくて、軟禁生活をエンジョイ出来ない。

だから、今のうちに目いっぱい羽を伸ばしておこう。


「最低でも一週間、長くて二週間と言ったところだな。レオンと一緒に和の国を観光して、帰る予定だ。金はたんまりあるから、水蓮の手を煩わせることもないだろう。だから、気遣いは不要だ」


 さすがに一週間以上、面倒を見てもらうのは気が引けるため、水蓮の申し出をやんわり断る。

『さて、そろそろお暇するか』と考えていると、水蓮が私の体をギュッと抱き締めた。

離さないぞとでも言うように抱きすくめられ、私はパチパチと瞬きを繰り返す。

一瞬引き剥がそうかと悩んだが、特に敵意は感じられないので好きにさせた。


「どうしたんだ?水蓮。お前らしくない行動だな」


「……」


「ほう?無視とはいい度胸じゃないか。二百メートルほど殴り飛ばすぞ────レオンを」


「いや、俺かよ!!!」


 見事なとばっちりを受けたレオンは『思わず……』といった様子でツッコミを入れる。

一気に賑やかになる洞窟内で、水蓮は私の耳元に唇を寄せた。


「……そこら辺の宿屋より、俺の洞窟の方が快適だ」


「ん……?まあ、確かにここは空気が澄んでいて、過ごしやすいな」


「俺なら、街の案内も完璧にこなせる」


「そりゃあ、ここはお前の地元だからな」


「俺が居た方が何かと便利だ」


「それは否定出来ないな」


 よく分からない水蓮の自己アピールに頷きつつ、『結局、こいつは何を言いたいんだ?』と内心首を傾げる。

行動の意図が読めず、困惑していれば、後ろからレオンの声が聞こえた。


「なあ、戦姫。せっかくだから、水蓮の世話になったらどうだ?久々の再会がこのまま終わるのも味気ないだろ?」


「だが、それでは水蓮の負担が……」


「俺は別に構わない。好きなだけ、ここに居ればいい」


 密着していた体をパッと離し、水蓮は朗らかに微笑んだ。

言外に『負担なんて思っていない』と言われ、頭を優しく撫でられる。

ふと後ろを振り向けば、困ったように笑うレオンが目に入った。


「水蓮もこう言っているし、世話になろうぜ。なっ?」


「そうだな。今回は水蓮の厚意に甘えるとしよう」


 当の本人がそれでいいと言っているなら、構わないと素直に頷く。

そして、私の頭を撫で続ける水蓮と目を合わせた。


「では、しばらく世話になる」


 そう言って、ペコリと小さく頭を下げれば、水蓮は僅かに目を細める。

穏やかな表情を浮かべて頷く彼は心做しか嬉しそうに見えた。

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