第72話『裏切り者の候補』
どこか遠い目をするレオンは『あれはなかなか衝撃的な出逢いだった』と呟く。
若干窶れた旧友の顔に首を傾げつつ、私は亜空間収納に手を突っ込んだ。
「裏切り者の候補から、我々三人は除外するとして……残るは誰だ?神殺戦争時代の人間でまだ生き残っているのはあと何人いる?」
至極当然の疑問を口にし、私は亜空間収納からサンドウィッチを取り出した。
『昼食用に』とシェフが用意してくれたソレを頬張る。
亜空間収納に入れておいたおかげか、野菜の鮮度やパンのしっとり感はきちんと保たれていた。
味付けも完璧だ。特にこのソースが凄くいい。野菜とよく合う。
パクパクとサンドウィッチを一気に平らげ、燃費の悪い子供の体にエネルギーを補給する。
サンドウィッチのソースで汚れてしまった自身の手をハンカチで拭おうとすれば、水蓮が魔法で綺麗にしてくれた。
水魔法に長けた彼の洗浄は完璧で、乾燥対策もしてある。
『器用な奴だな』と感心していれば、レオンが不意に口を開いた。
「神殺戦争時代の生き残りか……もう1000年以上経っているし、ほとんど居ないんじゃないか?」
「常識的に考えれば、全員死んでいるだろうな。俺達のように豊富な魔力を持っているなら、別だが……」
「1000年以上生きられる個体なんて、限られている。自ずと候補は絞られるな」
あらゆる角度から物事を分析し、消去法で候補を絞り込んでいく。
ネズミ探しに気乗りしないレオンはちょっと憂鬱そうだが、弱音を吐くことはなかった。
1000年以上生きられる奴なんて、レオン達を入れても数人しか居ないだろう。自殺しなければ、私もそのくらい生きられた筈……。
「今でもしぶとく生きている人間と考えて、真っ先に思いつくのは────アルフィーとテディーだな」
脳裏に浮かぶ二人の姿に目を細め、私は懐かしい名前を口にする。
転生した今でも二人のことは鮮明に覚えていた。
アルフィーとテディーは私達と共に神へ立ち向かった仲間であり、友であり、同志だったからな。まあ、個人的な付き合いはあまりなかったが……。
というのも、私が一方的に二人を避けてきたから。あいつらは良くも悪くも暑苦しかった。
“叡智の王”と呼ばれるアルフィーはとにかく、真面目な男だ。
レオンとはまた違うタイプの熱血男で、理想のためなら努力を惜しまない。世界平和を目標に掲げ、ひた走る彼は正義のヒーローのようだった。
まあ、実際は『大義を為すためなら多少の犠牲はやむを得ない』と考える現実主義者だが……。
神殺戦争の際は世界平和のためだと言って、多くの神を殺していた。神をより効率的に殺すため、綿密な作戦を立てたのもこいつだ。
そして、“雷帝”の二つ名を持つテディーはチャラチャラした男だった。
女好きで酒癖が悪く、何事にもだらしない。でも、彼の使う落雷魔法は見事の一言に尽きた。威力・コントロール、どれをとっても一級品である。
ただ、どういう訳かテディーは私に一目惚れしてしまったらしく……私に執着するようになった。
毎日のように告白してくるし、何度姿をくらましても追い掛けてくる。その上、『他の女全員切るし、ちゃんと養うから結婚して欲しい』と結構真面目なプロポーズをされたこともあった。
理想を追い求めるアルフィーも充分暑苦しかったが、テディーはその倍を行く。鬱陶しくて、しょうがなかったのを今でも覚えている。
二人とも顔はいいのに、中身が残念だった。
転生した今でも苦手意識の消えない二人を思い出し、『ふぅ……』と息を吐き出す。
額を押さえる私の傍で、水蓮とレオンは真剣に考え込んだ。
「アルフィーとテディーか……まあ、あの二人なら有り得なくはないな。アルフィーは理想を叶えるために力を欲しているし、テディーは戦姫探しに明け暮れている。動機は充分あると……思う」
言い淀むレオンの様子から、仲間を疑いたくない気持ちが前面に表れていた。
だが、出来るだけ客観的に物事を見ようと努力しているのか、私情は挟まない。
『むむむむ……』と険しい表情を浮かべるレオンの前で、水蓮は一つ息を吐いた。
「確かに動機は充分あると思うが、些か不自然な点がある。まず、アルフィーの場合何故レオンに情報提供を求めなかったのか分からない。あいつは戦姫に避けられていたが、重要な案件であれば戦姫も情報提示の許可くらい出した筈だ。もちろん、俺もな」
「言われてみれば……確かにおかしい。勧誘活動ならお断りだが、それ以外の案件なら話くらいは聞いてやる。なのに何故わざわざこんな手を使ったんだ?」
顎に手を当てて考え込む私は『コソコソする意味が分からない』と吐き捨てる。
頭の中が『?』でいっぱいになる中、水蓮が再度口を開いた。
「次にテディーについてだが……こいつは手下を使って動くタイプじゃない。どちらかと言えば、自分から突っ込んでくるタイプだ。おまけにあいつは人望がない。ブラックムーンを従えるカリスマ性やリーダーシップはないだろう。恐怖支配なら、有り得るが……」
「いや、それはない。あれは恐怖に支配されていると言うより、捨て駒の運命を受けて入れている感じだった。命令に忠実な操り人形と言った方が正しいかもしれない」
テロ当時の記憶を思い返しながらそう答えれば、水蓮は『なら、尚更有り得ないな』と呟く。
この時点で、テディー黒幕説はほとんど信憑性がなかった。
テディーは候補から外してもいいかもしれないな。まあ、1000年の間に嗜好や性格が変わった可能性もあるから、絶対とは言い切れないが……。
「っだ━━━━!!くそ!!やっぱり、こういうのは苦手だぜ!!いっそのこと、本人達に直接確認したらどうだ!?」
頭をガシガシと乱暴に搔くレオンは一番手っ取り早い方法を提案する。
強硬手段とも言える方法だが、それが一番確実なのは事実だった。ただ、問題は……。
「────二人が今どこにいるか、だな」
場所さえ分かれば、私の転移魔法で直ぐに会いに行けるが、今のところ二人の居場所は分かっていない。
まあ、調べようともしなかったので当たり前だが……。
他人に無関心すぎる私は『転生前は中央大陸に住み着いていたな』と過去の記憶を洗い出す。
だが、1000年以上経った今でもそこに住んでいるとは限らなかった。
水蓮のような引きこもりなら、話は別だが……。
「アルフィーとテディーの居場所かぁ……俺もここ数百年は連絡を取ってないから、分かんねぇーなぁ。アルフィーとは世界大戦前まで手紙を送り合っていたけど、今はほぼ音信不通だし……テディーについては五百年前に再会して以来、一度も会っていない」
最も旧友との交流が多いレオンでも、二人の居場所は把握していないらしい。
『力になれなくて、すまん』と両手を合わせる彼に首を振りつつ、私はチラリと青髪の美男子に目を向けた。
アルフィーとテディーの話は今の段階じゃ、どうしようもないな。これ以上、話し合っても無駄だろう。一旦、話題を変えるか。
「なあ、水蓮。少し話は変わるが、昔の技術や魔法がどんどん失われていく中、和の国はどうやって生き残ったんだ?そもそも、何でこんな事になったんだ?」
転生してからずっと気になっていた疑問をぶつければ、水蓮は少し目を伏せた。
憂いの滲む横顔に首を傾げつつ、『無理して答えなくてもいいぞ』と言い聞かせる。
だが、水蓮は『大丈夫だ』とでも言うように首を左右に振り、口を開いた。
「昔の技術や知識が失われた、そもそもの原因は神という共通の敵を失ったことにある。平和を約束された人間達は今度は同族同士で争うようになった。激しい戦争を繰り返していく内に技術や知識は失われ、文明は衰退して行ったんだ。俺の守護する和の国は、辛うじて文明を維持しているが……生活水準は他の国と大して変わらない。そして、人類衰退の大きなきっかけとなった出来事は────」
そこで言葉を切ると、水蓮は気持ちを落ち着かせるように一つ息を吐いた。
心做しか険しい表情を浮かべ、こう言葉を続ける。
「────二百年前に起きた世界大戦だ」