第71話『汚い本音と懐かしい過去《レオン side》』
「これはあくまで可能性の話だが……俺と戦姫は────神殺戦争時代の人間がテロの首謀者なのではないかと疑っている」
意を決して絞り出した声は情けないほど小さく、俺の心情を色濃く物語っていた。
震える拳を握り締め、真っ直ぐに水蓮を見つめ返す。
もう現実から目を背けないと誓うように決して下を向かなかった。
正直、仲間を疑うのは凄く辛い……出来れば、何も知らずに能天気に生きたい。裏切り者を洗い出す役なんて、全て戦姫に押し付けてしまいたかった……だって、仲間を疑うより信じる方が────俺にとっては楽だから。
俺は最低な人間だ。男の風上にも置けないようなクズだ。友に甘え、己の責任を放棄し、現実から目を背けるどうしようもない奴だ。
でも────これからはちゃんと向き合いたい。この悲惨な現実や友人の本音と。
楽な方へ流れ続けた結果、ぶち当たった大きな壁を前に、俺は気を引き締めた。
もう美しい友情を語るだけの情けない男にはなりたくないと……切に願う。
完全に迷いを捨てた俺に、水蓮は僅かに目を細めると────チッと舌打ちした。
「結局、改心してしまったか……そのまま、人間のクズに成り下がれば引き離すことが出来たのに……」
────戦姫から。
という副音声が聞こえ、俺は思わず頬を引き攣らせる。
天邪鬼な水蓮から発せられた辛辣なコメントに、『そんなに俺のことが嫌いなのか……』と本気で落ち込んだ。
「それにしても、神殺戦争時代の人間がテロに絡んでいるのか……お前が言い淀むくらいだし、仲間関係のことだとは思っていたが、これは少し予想外だ」
感心したようにそう呟く水蓮に、傷ついたような様子はなく、どこまでも淡々としていた。
それどころか、戦姫の銀髪を手櫛で整える余裕まである……。
まあ、あいつにとって重要なのは戦姫だけだからな。他の奴らなんて、二の次だろう。
戦姫と仲のいい俺や他数名は一応気遣ってくれるが……それだって、必要最低限だ。むしろ、マイナスとも言える。
だって、あいつ……自分より戦姫と仲がいい奴らは目の敵にしているから。たまに『お前ばっかり狡いぞ!』と理不尽に怒られることもあるし……。
八つ当たり同然の説教や暴力を思い出し、俺はブルリと身を震わせる。
だが、最強の天邪鬼に好かれている張本人に愛されている自覚はなかった。
「神殺戦争時代の人間が本当に黒幕なのかは分からないが、とりあえず私達三人は除外してもいいだろう。嘘や隠し事が苦手なレオンはもちろん、情報を盗まれた張本人である水蓮も裏切り者の候補から外していい」
『自分で自分の情報を盗み出す馬鹿は居ないだろうし』と吐き捨てる戦姫に、コクリと頷いて同意する。
そもそも、水蓮や俺には動機がないからな。
俺は自由に情報を確認出来るし、水蓮だって自分の情報を知りたいとは思わないだろう。戦姫の情報についても、水蓮から『知りたい』と頼まれれば、可能な限り開示する。わざわざ学校に人を送って、調べる必要はなかった。
────何より、俺達はテロという手段を好まない。被害を出さずに情報を得るやり方なんて幾らでもあるのだから。それに俺達は他人を動かすより、自ら動く方が好きだ。
「自分で自分を弁護する訳じゃないが、私の裏切りについても有り得ないと断言出来る。自分と水蓮の情報についてはある程度把握しているし、知りたければレオンに聞けばいい話だからな」
「「確かに」」
水蓮と声をハモらせた俺は戦姫に問い質されて、あっさり白状する自分を思い浮かべる。
想像の中の俺は五秒で負けを認め、戦姫に情報を開示していた。
情けないことこの上ないが、戦乙女 戦姫にはどうしても勝てない。物理的な意味でも、精神的な意味でも……。
────戦姫と初めて戦ったあの日から、ずっと彼女の虜だから。
◇◆◇◆
今から約1100年ほど前────むせ返るような暑さが広がる砂漠で、俺は戦姫と出逢った。
傷みを知らない艶やかな銀髪を靡かせ、血のように真っ赤な瞳を細める彼女は妖艶の一言に尽きる。
雪のように真っ白な肌を無防備に晒す銀髪の美女は刀から鮮血を滴らせた。
クスリと笑みを漏らす彼女の足元には、数え切れないほどの屍が転がっている。
明らかに異様な光景なのに……不思議と魅入られた。
「────ほう?まさか、こんなところで“紅蓮の獅子”に出逢えるとはな。新聞に載っていた似顔絵とそっくりじゃないか」
その美貌にそぐわない男らしい口調に、一瞬目を見開くものの、指摘はしなかった。
押し黙る俺を他所に、彼女は亜空間収納から新聞を取り出す。
その新聞の見出しには確かに俺の似顔絵が描かれていた。
似顔絵なんて、いつの間に……まあ、世に出回って困ることはないし、別にいいけどよ……。
「……確かに俺が“紅蓮の獅子”だ。本名はレオンと言う。そういうお前は一体誰なんだ?」
屍の多さから只者ではないだろうと判断し、名前を問えば、彼女はゆるりと口角を上げた。
ヒュンッと適当に刀を振って血を振り払い、剣先を俺に向ける。
「────それは私に勝てたら、教えてやろう」
そう言うや否や、銀髪の美女は剣先をそのまま前へ突き出してきた。
突然の攻撃に驚きつつも、体を斜めに逸らして刀を避ける。
だが、彼女は決して笑みを絶やさず、剣の柄を持ち直すと────横に薙ぎ払うように刀を振るった。
普通は一旦体勢を立て直すところだが……剣の勢いを殺さずに軌道だけ変えてきたか。これは誰にでも出来ることじゃない。相当鍛錬を詰んだ剣士じゃないと出来ない技だ。
面白いと笑う俺は即座に抜刀し、彼女の刀を受け止めた。
普段なら女に剣を向けることなど絶対にないが、何故だか彼女と戦いたくなったのだ。自分の信念を曲げてでも……。
「いいだろう。本気で相手してやる!」
「ふふふっ。そう来なくては……!」
勝気な笑みを浮かべる俺達は互いに一切引くことなく、戦いを続けた。
ジリジリと照りつける太陽も、足元に転がる屍も気にならず、ただひたすら剣技を競い合う。
彼女と戦い始めて、何時間経ったのかは分からないが────気づけば、空がすっかり暗くなっていた。
太陽の代わりに真ん丸のお月様が顔を出し、昼間の暑さが嘘のように極寒の寒さが身を包む。
だが、長年鍛え上げた肉体に大して影響はなかった。『ちょっと肌寒いな』と思う程度だ。
「はぁはぁ……まさか、女相手にここまで追い詰められるとは思わなかったぜ」
何時間もぶっ通しで戦ったせいか、汗が止まらない上、息も苦しい。
定期的に回復魔法でも使っているのか、銀髪の美女は平気そうだが……。
化け物かよ、この女は……。剣術や腕力は俺の方が少し上だが、こいつはとにかく隙がない。どんな反撃もまるで最初から知っていたかのように躱されてしまう。しかも、使用した魔法は全て打ち消されてしまった。
相手はまだほとんど魔法を使っていないと言うのに、俺の切り札は既に出し切っている。
今はほぼ互角の戦いを繰り広げているが、確実に俺の方が劣勢だ。
焦るあまり、だんだん攻撃が雑になってきた俺に、銀髪の美女はスッと目を細めた。
「もうそろそろ頃合か……あまり長引かせるのも酷だろう────今終わらせてやる」
そんなセリフが耳を掠めたかと思えば、カキンッと剣を弾かれた。
瞠目する俺を他所に、彼女は雪のように真っ白な手をこちらへ伸ばす。まるで棒切れのように細いそれは俺の胸元にそっと触れた。
「さあ、フィナーレだ」
ニヤリと笑う彼女の姿が目に入り、僅かに目を見開けば────全身の血が突然沸騰した。
比喩表現でも何でもなく、本当に体内の血液全てがお湯のように熱くなったのだ。
あまりの熱さに身悶えし、『っ……!』と声にならない悲鳴を上げる。
体の内側から焼けていく感覚が広がり、ジューッと皮膚が白い煙を出した。
いくら熱さに耐性がある俺でも、これは……!血を沸騰させるなんて、聞いてないぞ……!というか、本当にやばい!冗談抜きで死ぬ……!!
「っ……!!俺の負けだ!!だから、やめてくれ!!」
さすがにこんなところで死ぬつもりはないので、『助けてくれ』と懇願する。
そうすれば、銀髪の美女はあっさり血の沸騰を鎮め、治癒魔法まで掛けてくれた。
全身の痛みと熱が引き、安堵のあまり脱力してしまう。ドサッと砂の上に腰を下ろす俺は『はぁ……』と深い溜め息を零した。
「ったく、お前は一体何者なんだよ……って、勝負に勝たないと教えてくれないんだったな」
最初に交わした約束を思い出し、ムッと口先を尖らせる。
子供のように不貞腐れる俺を前に、銀髪の美女はフッと笑みを漏らした。
「いや、今回の戦いは実質私の負けだ。剣術では、お前に勝てなかったからな。正直、魔法を使わせられたのは癪だった」
「いや、癪って……それ、負けた奴に言う言葉か?」
嫌味にしか聞こえないと吐き捨てれば、彼女は肩を竦める。
賛否を避ける彼女の態度に溜め息を漏らせば、スッと手を差し伸べられた。
「お前の剣技と根性を讃えて、今回は特別に私の名前を教えてやろう。私は────戦乙女 戦姫だ」
「!!」
真っ赤な唇から紡がれた名前に、俺は思わず言葉を失った。
ただ呆然と彼女を見上げ、何度も耳にした噂の人物について思いを馳せる。
────戦乙女 戦姫。
彗星の如く戦場に現れ、敗戦濃厚と思われた戦争を勝利へ導いた天才。そして、かなりの戦闘狂。
売られた喧嘩は必ず買い、強い奴には速攻で戦いを挑む変わり者だと聞いている。
箝口令が敷かれているのか、出回っている情報は少ないが、とんでもなく強い女だと専らの噂だった。
一度でいいから手合わせしてみたいと思っていたが、まさか彼女が噂の人物だったとは……。まあ、あの強さなら納得もいくが……。
思いの外すんなり事実を受け入れた俺は差し出された白い手に自身の手を重ねた。
「……戦姫って男じゃなかったのか。てっきり、女のフリしたオカマかと思っ……」
「────ほう?まだまだ全然元気そうじゃないか。では、第二ラウンドを始めるとしよう」
無意識のうちに地雷を踏んだのか、戦姫は額に青筋を立てる。
さすがの俺でも『これは不味い』と判断し、慌てて弁解しようとするが……時すでに遅し。
「引き続き、戦いを楽しもうじゃないか」
満面の笑みでそう言うと、戦姫は俺の体に大量の電流を流した。
『ぎゃぁぁぁあああ!』と汚い悲鳴が砂漠に響き渡り、俺はあまりの痛みに涙目になる。
────この日、俺は戦姫にさんざん虐められ、『この女は絶対に怒らせちゃいけない』と密かに悟った。