第70話『激怒《レオン side》』
「は?ふざけているのか……!?だから、あれだけ情報の管理には気をつけろと言っただろ!お前は一体何をやっているんだ……!!」
額に青筋を立てる青髪の美男子は物凄い形相でこちらを睨みつけてくる。
予想通りの大激怒に、俺はひたすら縮こまるしかなかった。
美人は凄むと怖いと言うが、まさにその通りだ。
心の準備はして来たつもりだが、やっぱりビビっちまうな……まあ、怒らせるようなことをした俺が悪いんだが……。
「こまめに手紙や書類を処分しないから、こうなるんだ!俺は何度も言った筈だぞ!?亜空間収納が使えないなら、さっさと処分しろと!」
問題点を提示する水蓮は声を荒らげながら、左手をおもむろに振り上げた。
それに合わせて湖の水が浮き上がり、まるで山のようにこんもり盛り上がる。
お、おい……まさか、あの水を俺に掛ける気じゃないよな……?
嫌な予感を覚える俺の前で、水蓮の右腕に収まる戦姫は呑気に親指を立てた。
『まあ、頑張れ』と言われた気がして、ならない……というか、絶対そういう意味だと思う。
他人事のように振る舞う戦姫を恨めしく思っていると────頭上から大量の水が降ってきた。
雨と言うより、津波に近いそれは情け容赦なく俺を押し潰す。
これでも一応、神殺戦争時代の英雄なので怪我はないが……普通に痛いし、寒い。
「おい、水蓮。聖水をあんな風に使って良かったのか?」
そう問い掛ける銀髪の美少女……いや、美幼女(?)は『レオン相手に聖水は勿体ない』と語った。
おい……俺の扱い、酷くないか?確かに聖水は貴重なものだが、俺も一応貴重な人材なんだが……。
────聖水とは、水蓮の魔力が溶け込んだ液体のことで怪我の治療や魔力の回復に使われている。幻の霊薬とも呼ばれていて、不治の病さえも治すことが出来た。
これは“水の支配者”と呼ばれる青龍にしか生成出来ないため、1000年経った今でも水蓮は色んなところから勧誘を受けている。
まあ、俺は旧友のよしみとして、たまに貰えるけどな。水蓮としては在庫処理のつもりなんだろうけど。
「別に構わない。聖水なんて、現代では使う機会があまり無いからな。多少手荒に扱っても問題ないだろう」
「ふむ……それもそうだな。聖水を欲しがる奴は五万と居るだろうが、平和になったこの時代には必要ないかもしれん」
納得した様子で頷く戦姫を前に、水蓮は僅かに表情を和らげる。
びしょ濡れになった俺のことなんて無視して、戦姫の頭を撫で始めた。
目に見えて分かる対応の落差に、『俺の扱い、酷くないか?』と項垂れる。
まあ、水蓮は口にこそ出さないが、戦姫のことが大好きだからな……対応に差が出るのも仕方ない。嫌いな俺と連絡を取っているのだって、戦姫の近況報告を聞くためだし……まあ、戦姫本人は水蓮の気持ちに全く気づいていないけどな。
天邪鬼な水蓮と鈍感な戦姫の恋模様を思い浮かべ、『これは進展するまでもっと掛かるかもしれない』と苦笑いする。
楽しそうに会話を交わす友人達の姿を見守っていれば、不意に青髪の美男子と目が合った。
「そこに直れ」
「は、はい……!」
ビシッと指をさされた俺は慌ててその場に座り、姿勢を正す。
戦姫のおかげで機嫌は直ったようだが、そのまま無罪放免とは行かないらしい……。
さっきより幾分か雰囲気が柔らかくなった水蓮を見上げ、ゴクリと喉を鳴らした。
まさか、全身の血を逆流させられたりしないよな……?いや、水蓮ならやりかないけど……実際、何百年か前にやられたしな。あれは想像を絶する痛みだった……。
完全に治るまで数ヶ月も掛かった怪我を思い出し、身震いしていると水蓮が一歩前へ出た。
「罰を決める前に幾つか聞いておきたいことがある。まず────テロの首謀者は誰だ?戦姫の口ぶりからして、今回捕まったのは実行犯だけだろう?」
察しのいい水蓮は確信を滲ませた声色でそう尋ねてくる。
真剣な表情とは裏腹に、戦姫の頭を撫でる手は止まらなかった。
「あ、ああ……その通りだ。実行犯については犯罪組織の『ブラックムーン』が請け負っていた。そして、テロを指示した首謀者は……」
そこで言葉を切ると、俺は言うのを躊躇うように口の開閉を繰り返す。
裏切り者が居るかもしれないと語るのが嫌で……言い淀んでしまった。
まだ可能性の段階だが、神側の人間が指示した可能性は低い。何故なら────俺達はかつて、ほぼ全ての神を滅ぼしたから。生き残っているのは最初から戦争に参加しなかった奴と全面降伏した奴だけだ。しかも、そいつらは全員冥界と呼ばれる別世界で暮らしている。こちらの世界に干渉してくるのはほぼ不可能だ。
となると、残された可能性は……こちら側の人間による裏切り。それしか考えられない。
戦姫はあのとき、俺を気遣ってわざと言葉を濁してくれたが、裏切りの可能性が高いと踏んでいるだろう。
ギュッと強く拳を握り締める俺は視線を下に落とし、俯いた。
自分の口からは言いたくないと遠回しにアピールすれば、戦姫は『はぁ……』と溜め息を零す。
なんだかんだ、面倒見のいい彼女は『仕方ないな』とでも言うように口を開いた。
「首謀者のことに関しては、私の口から言おう。元はと言えば、私の意見だからな。レオンの口から言う必要は無いだろう。とりあえず、結論から言うと……」
「────甘やかすな、戦姫」
助け船を出してくれた戦姫に、水蓮はピシャリと言い放った。
────普段なら絶対に戦姫の言葉を遮らないのに……。
これには戦姫もビックリしたようで、目を白黒させる。
「だが、これは私の意見で……」
「たとえ、そうであったとしてもレオンの口から言うべきだ。俺の情報を流出させた張本人として……そして、テロ被害に遭った学校の総責任者として。自分の意見じゃないから言いませんなんて理論は通らない。他人の意見だろうと、それが最も有力視される説ならこいつの口から語るべきだ」
戦姫の反論を見事一蹴した水蓮は鋭い目付きでこちらを睨みつけた。
現実逃避するばかりか、戦姫に甘えようとする俺が許せないのだろう。一部例外はあるものの、こいつは自分にも他人にも厳しい奴だから……。
「もう一度言う。戦姫に甘えるな。失態を犯した責任も理事長としての義務も果たせないなら、もう二度と俺達に関わらないでくれ」
『嫌な役を仲間に押し付けるような奴とは一緒に居たくない』と遠回しに宣言され、俺は言葉を詰まらせた。
恐る恐る……本当に恐る恐る水蓮に抱っこされている戦姫に目を向ける。
大人しく口を閉ざした彼女は平然としているが……元気そうには見えなかった。
────今になって、ようやく戦姫も仲間を疑うのは辛いのだと悟る。
俺は勝手に戦姫なら……人間らしい感情がほとんどない戦闘狂なら、大丈夫だろうと思っていた。自分の命すら軽んじる彼女に仲間への情など無いのだと……思い込んでいた。そんな筈ないのに……。
もし、本当にただの戦闘狂なら俺達とつるもうなんて思わない筈だ。むしろ、邪魔だからと殺しているだろう。
さっきだって、そうだ。俺のSOSなんて無視すればいいのに助け船を出してくれた……これが何より明白な答えだろう。
戦姫は確かに感情に疎いところがある。でも、無感情ではないのだ。きちんと人の心を持っている。なのに、俺は……誰より長く戦姫の傍に居ながら、それに気づけなかった……!いや、気付こうとすらしなかった!
仲間の優しさにとことん甘えていた自分が浮き彫りになり、胸が苦しくなる。
何故もっと早く気づかなかったのかと……己を憎んだ。
「……悪い。格好悪いところを見せた。戦姫も嫌な役を押し付けて、すまない……首謀者のことに関しては俺の口から言わせてもらう」
これ以上水蓮に失望されないため、嫣然と顔を上げる。
仲間を疑う発言をするのは嫌だが、戦姫の優しさに甘えたくはなかった。
「これはあくまで可能性の話だが……俺と戦姫は────神殺戦争時代の人間がテロの首謀者なのではないかと疑っている」