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第69話『水蓮との再会』

 モーネ国周辺に現れる(ドラゴン)とは違い、細長い体をした彼は水色の鱗を持っている。

今は瞼が閉じているので見えないが、瞳はエメラルドのように美しい緑色だった。

蛇のように体をくねらせる龍は尻尾を動かし、バシャリと水飛沫を上げる。


 一日の半分以上を睡眠に費やしているあの龍こそ────この世でただ一体の青龍であり、和の国の守護者である水蓮だった。


「寝坊助なところは昔から変わらんな。なあ?水蓮」


 湖の傍まで歩み寄った私は直ぐそこにある龍の鼻先を撫でた。

卵のようにツルンとした触り心地の鱗はひんやりと冷たい。

『懐かしい感触だ』と目を細めれば────龍がふと目を覚ました。

寝起きでぼんやりしているのか、エメラルドの瞳は焦点が合っていない。

────だが、視界の端に私を見つけるなり、大きく目を見開いた。


「戦姫……なのか?」


 バシャリと水飛沫を上げて、水面から顔を上げた水蓮はじっとこちらを見つめる。

体が小さくなったせいか、水蓮の巨体は以前より更に大きく見えた。


 レオンと同様、こいつもあまり変わっていないようだな。


「ああ、そうだ。私が戦姫で間違いない。それより、久しぶりだな?水蓮」


「あ、ああ……そうだな。レオンからの手紙で、お前が小さくなっていたのは知っていたが、まさか本当だったとは……世の中、何が起きるか分からないものだな」


 動揺を隠し切れない様子の青龍はパチパチと瞬きを繰り返しながら、こちらに顔を近づけた。

クンクンと犬のように私の匂いを嗅いだ後、『間違いなく、戦姫だな』と呟く。

昔から用心深い性格の水蓮はある程度チェックを終えてから、ふわりと自身の魔力を高めた。

周辺に滲み出た彼の魔力は水の気を多く含んでおり、青みがかっている。

魔力の放出に応じて青龍の体はどんどん小さくなっていき────やがて、人の姿へと変化した。


 海のように鮮やかな青髪に、緑葉を連想させるエメラルドの瞳。肌は抜けるように白く、手足はスラッとしていた。

細身ながらもきちんと筋肉はついており、辛うじて男性だと分かる。ただ、物凄く顔が美しいため、女装すれば絶世の美女になれるだろう。

まあ、プライドの高い水蓮はそんな事やらないだろうが……。


 湖の上に立つ青髪の美男子は亜空間収納から衣服を適当に引っ張り出すと、さっさとそれに着替える。

紺色の着物に身を包んだ水蓮は裸足のまま水面を歩き、私の前まで来た。


「それにしても、本当に小さいな……腕なんか簡単に折れてしまいそうだ」


「まあ、今世ではまだ四歳だからな。小さくて、当たり前だ」


 四歳というパワーワードに水蓮は一瞬目を見開くものの、直ぐにポーカーフェイスに戻る。

難しい顔つきで考え込む青髪の美男子は……何を思ったのか、ひょいっと私を抱き上げた。

右腕の上に私を置き、左手で私の体勢を支える。多少動きがぎこちないものの、気になるほどのものじゃなかった。


 ……ん?何故、私は抱っこされているんだ……?確かに私は四歳児の幼女だが、わざわざ世話を焼いてもらう必要はないのだが……私の正体を知らないリアム達はさておき、水蓮は何故こんなことを?


 行動の意図が分からず、私はすぐ近くにある端整な顔を覗き込む。

不思議そうに首を傾げる私とは対照的に、水蓮はどこか満足そうに目元を和らげた。

リアムほどではないが、こいつも結構表情に乏しいため、こういう表情(かお)は珍しい。


「随分と機嫌がいいな」


「……旧友との久々の再会だからな」


 若干言葉を濁した水蓮は素知らぬ顔で視線を逸らした。

何か隠しているのは明白だが、大して気にならないので追求はしない。

基本的に私達は互いのことにあまり干渉しないため、相手の事情に首を突っ込むことはなかった。

まあ、猪突猛進で無神経なレオンは例外だが……。


「旧友と言えば、あいつもそうじゃないか?」


 そう言って、隅っこの方で縮こまっているレオンを指させば、水蓮はチッと小さく舌打ちした。

切れ長の目は茶髪の大男に向いており、不愉快そうに眉を顰めている。


「……お前も居たのか」


「お、おう……邪魔してるぜ」


 不機嫌を隠そうともしない水蓮に、レオンはビクビクしながら表情を取り繕った。

『やばい!もうあの事がバレてるのか!?』と焦りまくる彼は産まれたての子鹿のように震え上がっている。

あれが神殺戦争で活躍した“紅蓮の獅子”なのかと思うと、凄く情けなかった。


 まあ、気持ちは分からなくもないがな……。


「チッ!何故お前まで……正直、来るのは戦姫だけで良かったんだが」


 大きな舌打ちをして、愚痴を零す水蓮だったが……ちゃっかり私の頭を撫でている。

不機嫌そうな態度とは対照的に、その手つきは妙に優しかった。


「す、すまん……だけど、お前に謝らないといけないことがあって……」


「謝らないといけないことだと……?はぁ……今度は何をやらかしたんだ?」


 『またか』と呆れ返る水蓮はレオンのトラブル体質に慣れているようで、大して驚かない。

まあ、こらから嫌ってほど驚く……いや、怒ることになるだろうが……。


「じ、実はな……その……水蓮から送られてきた手紙が……えっと……」


 説教される未来が分かっているからこそ言い淀むレオンは、視線を右往左往させる。

ソワソワと落ち着きのない彼はちょんちょんと両手の人差し指を合わせ、不安げに瞳を揺らした。

普段の豪快さとは掛け離れた煮え切らない態度に、水蓮は眉間に皺を寄せる。


 謝る前からこれでは、先が危ぶまれるな……仕方ない。ここは私が一肌脱ごう。


「あの一件は私にも関わりがあるから、私の口から言おう」


 どんどん不機嫌になっていく水蓮となかなか言い出せないレオンに痺れを切らし、そう申し出る。

普段なら、とばっちりを嫌って絶対に口を出さないが……さすがにこれでは埒が明かないと判断したのだ。

『手を貸してやる』と宣言した私に、レオンはパァッと表情を明るくさせる。

身振り手振りで『ありがとう!』と伝えてくるレオンを一瞥し、水蓮と目を合わせた。


「水蓮、落ち着いて聞いてくれ。これはまだ可能性の段階だが────お前の情報が漏れたかもしれない」


「!?」


 結論を先に突きつけた私に、水蓮はこれでもかってくらい大きく目を見開いた。

私の頭を撫でる白い手はピタリと止まり、困惑を露わにする。

『どういう事だ?』と問い掛けてくる眼差しに、私は静かにこう答えた。


「レオンがフラーヴィスクールの理事長を務めているのは知っているな?実は先日、あの学校で大規模なテロ事件が起きたんだ。学校関係者に死者は出なかったものの、何人かが相当深手を負った。テロの目的については様々な憶測が立てられたが……私達は情報を狙ったテロだと踏んでいる。実際、理事長室から水蓮の手紙が幾つか紛失しているからな」


 情報管理を怠ったレオンにチラリと目を向ければ、奴はビクッと肩を震わせた。

気まずそうに視線を逸らし、『悪い、水蓮……』と謝罪を口にする。

反省したように俯くレオンを前に、水蓮は────当然の如く怒り狂った。


「は?ふざけているのか……!?だから、あれだけ情報管理には気をつけろと言っただろ!お前は一体何をやっているんだ……!!」

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