第6話『マルティネス公爵家の屋敷』
そして、私達はなんやかんやトラブルがありつつもマルティネス公爵家の屋敷へと辿り着くことが出来た。
目の前に聳え立つ大きな建物を前に、私は思わず吐息を漏らす。
だって、本当に凄く豪華な屋敷だったから。
公爵家の屋敷だから豪華なのは当然だが、想像を遥かに上回る豪華さである。
オルティス伯爵家の屋敷なんて比じゃないくらいだ。
毎日きちんと手入れをしているのか、汚れも全く見当たらないし。
「今日から、ここがお前の家だ。庭もガゼボも全部好きに使え。欲しいものがあれば、ねだるがいい。何でも買ってやる」
「あっ、ありがとうございましゅ」
こちらを甘やかす気満々のリアム・マルティネスに、私は笑みを見せる。
まあ、実際にその厚意を当てにするつもりはないが、気持ちは嬉しかった。
「坊っちゃま、外は冷えます。中へ、どうぞ」
「ああ」
コクリと頷くリアム・マルティネスは、私を抱っこしたまま中へ入る。
そして、屋敷内を一通り紹介すると、食堂に足を踏み入れた。
私のいた屋根裏部屋より数倍広いそこは、長テーブルと椅子のみ置かれている。
また、お誕生日席の後ろには暖炉があった。
間取りそのものは他所とあまり変わらないが、広さや豪華さは段違いだな。
などと考えている間に、リアム・マルティネスは席へ腰を下ろす。
私を抱っこしたまま。
『いつまで、こうしているつもりだ?』と内心首を傾げる中、料理が運び込まれた。
長テーブルに並ぶソレらを前に、リアム・マルティネスは顔を上げる。
「セバス、あいつらはまだか?」
「はっ。今、メイドがウィリアム様を呼びに行っております。ルーカス様とライアン様はまだ学校に居らっしゃるようで……」
「そうか。なら、ウィリアムが来たら食事を始めよう」
────ウィリアム、ルーカス、ライアン。
彼らはマルティネス公爵家の息子達だ。
噂を聞く限り、皆とても優秀でリアム・マルティネスの後継者として期待されている。
中でも頭一つ抜けて優秀なのが去年士官学校を首席で卒業し、軍隊に加入したばかりのウィリアム・マルティネス。
父親にはまだまだ及ばないが、リアムの学生時代より遥かに優秀な成績を収めたため、将来有望と言われている。
今はまだ下っ端の平隊員だが、その実力は本物で近々昇格するのでは?という話だ。
「────父上、帰っておられたのですね」
噂をすればなんとやら……ウィリアム・マルティネス本人が現れた。
リアムと同じ光に透けるような金髪に、エメラルドの瞳を持った彼は父親そっくりの顔立ちをしている。
まだ幼さは残るものの、このポーカーフェイスなんてまさに瓜二つだ。
ただリアムと違い、髪の長い彼はサラサラの金髪を後ろで結んでいた。
「……失礼ですが、父上。その娘は……?」
「オルティス伯爵家の末娘だったエリンだ」
「『だった』と言うのは……?」
「今日から、私の娘になった。まあ、早い話がお前の妹だな。仲良くしてやれ」
「はい……?」
リアムから何も聞いていなかったのか、ウィリアムは見事な間抜け面を晒した。
こいつは父親より表情筋が緩いらしい。
あれだけ用意周到だったのに、息子には何も言ってなかったのか。
あんな書類用意する暇があったら、息子に一言くらい私のこと話してやれ……。
軍組織で最も大切な報・連・相が全く出来てないぞ、こいつ……。
実力は確かなのにどこか抜けているリアムは、ウィリアムの反応に小さく首を傾げた。
この顔は絶対、何も分かっていないパターンだ。
「失礼ですが、幾つか質問をしても……?」
「構わんが、その前に席に着け。いつまで私にお預けをさせるつもりだ?」
「も、申し訳ありません……!」
家族だと言うのにハッキリと分かる上下関係。明確に引かれた一線。
リアムとウィリアムのやり取りは親子の会話と言うより、上官と部下のやり取りに近かった。
上下関係が体に染み付くよう、わざとやっているのか、それとも成り行きでそうなってしまったのか……まあ、私には関係ないか。
前者であろうと後者であろうと、私に影響が出なければどうでもいい。
『下手に首を突っ込むべきじゃない』と結論を出す中、ウィリアムはこちらから見て右斜め前の席につく。
いそいそと居住まいを正す彼の前で、リアムは適当なものを一つ摘んだ。
それが食事開始の合図である。
「エリン、何が食べたい?」
「え、え〜と……」
フォーク片手に『何が食べたい?』と問うてくるリアムに、私はどう答えるべきか迷う。
ここは素直に『あれ食べたい!』と言うべきか?
こちらとしては、自分の手で……且つ自分のペースで食べたいんだが。
でも、こいつの場合『いいから、食え』と強行してきそうだな。
これまでの行動からリアムを世話好きと認定している私は、『ちゃんと断り切れるか……?』と自問した。
────と、ここで思わぬ救世主が現れる。
「失礼ですが、父上自ら世話を焼く必要はないのでは?その年齢なら、一人で食事が出来るでしょうし。出来ぬなら、使用人に任せれば良いだけのこと。その娘の世話より、実の息子たる私との会話を優先すべきだと思います」
そう声を張り上げたのは、言うまでもなくマルティネス公爵家長男のウィリアムだ。
父親を私に取られたことがよっぽど悔しかったのか、不機嫌そうに眉を顰めている。
遠回しに私のことを貶しているように聞こえるが……まあ、良いだろう。
今回は見逃してやる。
だから、お前の父親の暴走を何とかしてくれ。
「マルティネス公爵家当主である父上が、伯爵家の小娘に構うなど有り得ません。貴方はモーネ軍軍団長及び総司令官のリアム・マルティネス公爵なんですよ?武を極め抜いた貴方に、雑事をさせるなんておかしいです」
勢いよく席を立ち、そう力説するウィリアムは実に真剣だった。
武を極め抜いた、か。
リアムの力を全て見た訳ではないが、私の目から見ればまだまだ発展途上の卵だ。
そんな状態で、最強を豪語するなど……片腹痛い。
それに────まだリアム本人がそれを言うなら分かるが、本人でもない奴が言うのは間違っている。
リアムの実力をさも自分のモノかのように語るのは強者への侮辱であり、己が弱者である自白でもある。
父親を誇らしく思うのはいいが、少し口が過ぎるようだな。青二才のガキが。
「ほう?それで────言いたいことはそれだけか?」
今の今までウィリアムの偏った主張をじっと聞いていたリアムが、口を開いた。
抑揚のない声は冷え冷えとしていて、恐怖心を掻き立てられる。
また、ウィリアムと同じエメラルドの瞳には静かなる憤怒が宿っていた。
この程度のことで怒るなら、リアム・マルティネスもまだまだだな。
まあ────ガキの躾には、丁度良いかもしれないが。