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第67話『いざ、出発』

 動きやすいパンツスタイルに着替え、リアムから護身用グッズを授けられた私は屋敷の正門前に立つ。

隣には大量の荷物を持たされたレオンが()り、後ろには見送りに来たリアムとセバスの姿があった。

屋敷内には一応、ウィリアムとライアンも居るが、彼らはまだこの事を知らない。


 ファザコンのウィリアムはさておき、過保護なライアンは猛反対するだろう。自分も行くと言い出す可能性だってあった。

だからという訳じゃないが、なるべく早く屋敷を出たい。


「な、なあ……これはさすがに多くないか?こんなに必要ないだろ」


 はち切れそうなほどパンパンになったリュックを揺らし、レオンは苦言を呈する。

でも、私の保護者であるリアムには強く出れないのか、チラチラと相手の顔色を窺っていた。


 見た目に反して、気の小さい男だな。


「これでもかなり少なくした方だ。文句を言うなら、もっと増やす」


「そ、それは勘弁してくれ……!!重くはないけど、かなり邪魔なんだよ!!」


 両腕を組んで仁王立ちで構える金髪の美丈夫に

対し、レオンはブンブンと首を左右に振った。

これではどっちが上なのか分からないが、一応神殺戦争の英雄であるレオンの方が立場は上だ。あくまで表面上は……。


 あいつにとって、権力や地位はあってないようなものだからな。使い方の分からない奴が権力を持っても、意味は無い。まさに宝の持ち腐れだ。


「なら、文句を言わないでくれ。その中にはエリンの着替えやお小遣いが入っているから、決して無くさないように。それから────本当に馬車はいいのか?国境あたりまで送り届けることは出来るが……」


 チラリと私に目を向ける金髪の美丈夫はエメラルドの瞳を不安げに揺らした。

筋肉バカのレオンはさておき、幼女である私の体力を気にしているようだ。


 まあ、普通の子供がレオンの体力とスピードについていけるとは思えないからな。リアムの懸念は理解出来る。

だが、安心しろ。我々は歩いて行く訳ではない────私の転移魔法で大陸と海を越え、目的の場所まで飛ぶ予定だ。

火炎魔法しか使えないレオンと違い、私は全属性の魔法が使えるからな。わざわざ馬車や歩きで行く必要は無い。

馬車での護送を丁重にお断りしたのも、これが理由だった。


「それなら、問題ない。目的地まではエリ……ひっ!?」


 うっかり口を滑らせそうになったレオンに、私は唇の両端を吊り上げた。

不気味とも不穏とも取れる笑みを浮かべ、大男を威圧すれば、奴はサァーッと青ざめる。

健康的な肌色は変色し、ガクガクと震え上がった。


 ────お前のせいで私の正体がバレたら、どうなるか……分かっているな?


 深紅の瞳に僅かな殺気を滲ませ、視線だけでそう問い掛ける。

言葉など無くとも私の言いたいことは理解出来るのか、レオンはコクコクと小さく頷いた。

『今度から気をつけます』とでも言うように両手を合わせるレオンの姿に満足し、パッと視線を逸らす。

どうせまたやらかすだろうが、リアム達の目もあるし、今回はこの辺で勘弁してやろう


「し、知り合いの魔導師に頼んで送って貰う予定なんだ。馬車で行くより楽だし、安全だぞ」


「なるほど。確かにそっちの方が安全だな」


 知恵を振り絞って出したレオンの回答に、リアムは納得したように頷く。

筋肉バカのレオンにしては、実にいい切り返しだった。


「そ、それじゃあ俺達はもう行くぞ!例の魔導師を待たせているからな!」


 長居すると、ボロが出ると思っているのか、レオンは私の背中をやんわり押す。

『早く行こう』と促してくる彼に頷き、私は首だけ後ろに向けた。

見送りに来てくれたリアムとセバスを見上げ、ニッコリ微笑む。


「お父しゃま、セバス、行ってきましゅ!お土産楽しみにしててくだしゃいね!」


 そう言って、小さな手を振れば、リアムは僅かに表情を和らげた。

その隣に佇むセバスも嬉しそうに頬を緩める。

『やっぱり、行かせたくないな』という呟きがリアムの口からポロッと零れたが、私は聞かなかったフリをした。


「……ああ、楽しんでこい。でも、危険になったら理事長を囮にして逃げるんだぞ」


「エリンお嬢様、どうかお気をつけて」


 僅かな寂寥感を漂わせ、二人は小さく手を振り返してくれた。

気遣わしげな視線を送る彼らにニッコリ微笑み、私はレオンと共に正門を出る。

そして、白に近い銀髪を風に靡かせ、私達は人混みの中に姿を消した。


「今のところ、尾行の気配はない。さっさと屋敷から離れるぞ」


「お、おう」


 多くの人々で賑わう街中を見回し、私はレオンの手を引いて屋敷から遠ざかる。

昔と変わらない大きな手はゴツゴツとしていて、男らしかった。


 心配性なリアムが監視役を送ってくる前にさっさと転移してしまおう。正直、尾行を撒くのは面倒臭い……前世なら殺して終わりだったが、今回はそうもいかない。私のために放たれた監視役が殺されたとなれば、真っ先にレオンが疑われるだろう。そうなると、色々話がややこしくなる。だから、その前に和の国へ行かなくては……。


 そんな使命感に駆られるまま、私は人混みを押しのけ、近くの路地裏に入った。

汚臭が鼻を掠めるが、気にせず歩みを進めていく。表社会から爪弾きにされた孤児やチンピラを時折見掛けるが、こちらに手を出してくることはなかった。


 まあ、私の後ろに明らかにやばそうな男が居るからな。馬鹿でもない限り、ちょっかいを出してくることはないだろう。


 レオンの姿を目にするなり、物陰に隠れる彼らは哀れなほど痩せ細っている。

だが、人の心がない私に同情する気持ちは一切なかった。


「ここなら、誰も居なさそうだな」


 路地裏の一番奥にある、ちょっとした広場に辿り着いた私はグルッと辺りを見回す。

気配探知と魔力探知の二つを発動し、周囲の様子を探るが、近くに生命反応は一つもなかった。


「な、なあ……エリン、この荷物お前の亜空間収納に入れてくれないか?」


 周囲の警戒に当たる私を他所に、レオンは背中に背負ったリュックを地面に置いた。

その際、ドスンッと大きな音が鳴ったのはご愛嬌である。


「重さは特に気にならないんだが、リュックの紐が邪魔で動きづらいんだ。それにリュックが大きすぎて、路地裏に詰まりそうになるし……何とかならないか?」


 私の身長以上あるリュックを撫で、レオンは懇願するような眼差しを向けてきた。

大柄な男に似合わないつぶらな瞳を前に、『ふむ……』と考え込む。


 荷物持ちとして使われるのは少々癪だが、レオンの言い分にも一理ある。あいつの動きやすさなど心底どうでもいいが、このリュックは確かに邪魔だろう。誰かとぶつかったりすれば、トラブルの種になる可能性だってあった。そういう意味では、私の亜空間収納に仕舞っておいた方がいいだろう。

それに────これは一応私の荷物だからな。


「いいだろう。そのリュックは私の方で保管する」


「本当か!?ありがとう!!」


 パァッと表情を輝かせるレオンに『下がっていろ』と指示し、リュックから距離を取らせた。

壁際まで下がる“紅蓮の獅子”を一瞥し、私はトントンッと踵で地面を叩く。

すると────私を中心に空間が歪み、地面に黒い穴が出来た。

亜空間へと繋がるそれは私の意思に従い、ズプズプと巨大なリュックを呑み込んで行く。

その光景は底なし沼に沈んでいく様子とよく似ていた。


「よし、これでいいな。レオン、こっちへ来い。和の国まで転移するぞ」


 亜空間に消えたリュックを一瞥し、広場の隅まで下がったレオンを呼び寄せる。

そして、もう一度地面を蹴れば、歪んだ空間はあっという間に元通りになり、代わりに魔法陣が広がった。

淡い光を放つそれは転移用の魔法陣で、和の国へと繋がっている。


 近距離の転移なら魔法陣なんて必要ないのだが、さすがに大陸を越えるとなると転移陣が必要になる。たとえ、転移に失敗したとしても私達なら怪我をする心配はないが、迷子になる可能性はあった。


「念のため確認しておくが、水蓮の住処は1000年前と変わっていないんだな?」


 魔法文字を一部書き換えながらそう尋ねれば、レオンはコクリと頷いた。


「ああ、変わっていない筈だぞ。特にそういう報告は受けていない」


「そうか」


 ささっと転移陣を完成させた私はレオンを手招き、魔法陣の上に乗るよう指示する。

淡い光を放つそれにしっかりと乗っかったレオンを一瞥し、私はジワジワと魔力を高めた。

銀の光を帯びた魔法陣はどんどん魔力を吸い上げ、煌めきを増していく。


「────転移するぞ」


 そう言うが早いか、魔法陣から眩い光が放たれ、銀色の魔力に包まれた。

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