第63話『テロの目的は?』
「────レオンと交流のある神殺戦争時代の英雄だったなら……ある程度納得は行く」
レオンのプライベート情報については、ほぼ筒抜けなので調べるまでもないだろうが、戦姫や水蓮は違う……。私と水蓮は国の勧誘や媚び売りを嫌がって、あまり表に出なかった。だから、出回っている情報は非常に少ない。テロの動機としては充分だ。
「戦姫、何か分かったのか?神殺戦争時代の英雄がどうのこうの言っていたが……」
いまいち話について来れない様子のレオンはキョトンと首を傾げる。
察しの悪い彼に溜め息を零しながら、私はこう答えた。
「奴らの目的が私や水蓮の情報かもしれないって話だ。お前は私達と関わりのある数少ない人間だからな。それで、情報の保管場所となりそうなフラーヴィスクールを襲ったのかもしれない」
「なっ!?戦姫と水蓮の情報が目的だと!?」
思わずといった様子で大声をあげるレオンは『いや、そんな……』『でも……』と呟きながら、考え込む。
だが、直ぐに不自然な点に気がついたのか、勢いよく顔を上げた。
「それなら、テロを起こす必要はないだろ。俺が出張している間に不法侵入するなり何なりして、調べればいい話だ!」
珍しく正論を口にするレオンは誇らしげに胸を反らす。
『どうだ!俺の名推理は!』と言わんばかりに、高笑いした。
お前にしてはいい着目点だ。だが────お前が気づきそうなことに私が気づかないと思うか?
ニヤリと口元を歪めた私は幼女らしからぬ不穏な笑みを浮かべた。
「確かにレオンの情報を盗むだけなら、わざわざテロを起こす理由はない。だが、もしも────『情報を盗まれた』と我々に気づかれたくなかったら、どうだ?」
「気づかれたくない……?」
笑うのをやめ、キョトンと首を傾げた馬鹿……じゃなくて、レオンに私は分かりやすく説明してやった。
「そうだ。奴らは気づかれたくなかったんだ。だって、そうだろう?情報を盗まれたと知られれば、私や水蓮は情報を塗り替えるため、住居を移したり外見を変えるかもしれない。何にせよ、我々に警戒されるのは目に見えている。それでは情報の利点を最大限活かせないし、最悪の場合私達に消される可能性だってある」
「あー……確かにお前らって、邪魔な奴らは徹底的に排除するもんなぁ。ブラックムーンとしては出来るだけこっそり……お前らに気付かれずに情報を盗み取りたいって訳か」
私や水蓮の性格を熟知しているレオンは『うんうん』と納得したように頷く。
何故だか凄くイラつくが……今は説明を優先させた。
「まあ、とにかく……私達にバレないよう、情報を盗むなら理事長室が荒れていてもおかしくない状況を作り出す必要がある。その上でフラーヴィスクールのテロは最適だった。理事長室が多少荒れていても不自然じゃないし、インパクトの大きい事件だから誰も『情報のため』なんて思わない。仮に思い付いたとしても……」
「さっきの俺みたいに『隠れてこっそり盗めばいいだろ』って直ぐに否定しちまうからか」
珍しく察しのいいレオンに、『そういう事だ』と頷いた。
完全に敵の策略に嵌ったと零す彼は背もたれに身を預け、天井を仰ぐ。
「でも、何で戦姫達の情報なんて欲しがったんだ?確かにお前らの情報は貴重だが、そこまでして手に入れる必要なんて……まさか、勧誘でもしようと思ったのか?」
「いや、それはないだろ。テロそのものが囮なら────ブラックムーンは情報伝達役の数名を除いて、使い捨てられたんだから」
表情を硬くして、首を左右に振ればレオンは何かを察したようにハッとした。
「ま、まさか────この事件には黒幕が居るのか?それも有名な犯罪組織である、ブラックムーンを捨て駒扱い出来るような黒幕が……」
今になって、ようやく気がついた黒幕の存在に、レオンは慌てて身を起こした。
私の目を真っ直ぐ見つめる彼はこれでもかってくらい、大きく目を見開いている。
驚きのあまり今にも気絶しそうなレオンに、私は更なる追い討ちを掛けるようにある可能性を提示した。
「レオン、これはあくまで憶測の話だが……私は黒幕の正体を────神殺戦争時代の人間だと考えている」
「なん、だと……?」
喉に何かが張り付いて上手く言葉が出ないのか、レオンの声はやけに小さく……そして、弱々しかった。
『仲間を疑うのか?』と言いたげな視線に、私は緩く首を振る。
「まだそれが敵側の人間だったのか、味方側の人間だったのかは分からない……ただ、ブラックムーンの幹部連中は時代と共に失われた神殺戦争時代の技術を持っていた。最初は偶然か何かだと思ったが、私や水蓮の情報を狙ったとなると……その可能性を疑わなきゃいけなくなる」
まだ確かな証拠がある訳じゃないため、断言は出来ないが────私にはその確信があった。
確実にこの件には神殺戦争時代の人間が関わっている、と……。
そうじゃなきゃ、説明出来ない箇所が多すぎる。あまりにも不自然だ。
誰かは知らんが、見つけ次第確実に殺す。私の平穏を脅かす存在は何人たりとも許しはしない。
小さな手をギュッと握り締める私の傍で、レオンは気持ちを落ち着かせるため、『ふぅー』と息を吐き出した。
仲間を疑うのが苦手なレオンは複雑な表情を浮かべているが、『敵側の仕業だった可能性もある』と自分に言い聞かせ、荒ぶる感情を諌めている。
室内にピリピリとした雰囲気が流れる中、私は気分転換がてらずっと気になっていた疑問をぶつけることにした。
「なあ、レオン。お前のことだから、幹部連中は私が倒したと気づいているだろうが────軍の上層部はどう考えているんだ?」
青い布で姿を隠していたので、バレたとは思っていないが……念のため聞いておきたい。
そして、もしも私が疑われていたら……関係者全員の記憶を書き換える必要がある。
『精神魔法は苦手なんだけどな』と思いつつ、レオンの回答を待てば、彼はこう答えた。
「幹部連中を倒した奴についてはまだ何も分かっていないみたいだぞ。ただ青い布を被った不審な人物としか……一応、何人か候補者としてリスクアップされているみたいだが、お前の名前はなかった」
「そうか。それなら、良かった」
ホッと胸を撫で下ろした私は胸に抱くクッションに顎を乗せる。
心配事が一つなくなり、安心していると────レオンはふと視線を上にあげた。
「っつーか、今はそれどころじゃねぇーんだよ。ブラックムーンのボスの捜索に忙しくて、その不審人物を探している暇がないんだ。軍総出であちこち探しているらしい」
『部下を置いて逃げるなんて情けない奴だ』と零すレオンを他所に、私は『ん?』と首を傾げる。
何故なら、私にはブラックムーンのボスを倒した記憶があるから……。
『何でそうなっているんだ?』と考えた時、ふと思い浮かんだのは────ボスの死体を塵一つ残さなかったことだった。
あー……そう言えば、あいつの死体だけは物理的に消したんだったな。すっかり忘れていた。
そりゃあ、死体が残っていなければ、生きていると思うよな。塵一つ残さず消えるなんて、誰も思わないんだから……。
せめて、片腕だけでも残しておくべきだったか……?
激情に駆られて存在ごと抹消した事実に、若干の後ろめたさと後悔を覚えながら、私はゆっくりと口を開いた。
「非常に言いづらいんだが……ブラックムーンのボスなら、私が塵一つ残さず消したぞ」
ポリポリと頬を掻きながら、自己申告すれば……案の定、レオンの叫び声が響き渡る。
そこから、レオンの質問責めにあったのは言うまでもないだろう。