第62話『情報交換』
殺伐とした雰囲気が消え去った室内で、レオンは再度椅子に腰を下ろす。
私もベッドに一度座り直し、赤くなった自身の首元に治癒魔法を展開した。
すると、怪我の原因であるレオンは申し訳なさそうに俯く。
『さっきまでの勢いはどこへ行ったんだか……』と苦笑しながら、私は口を開いた。
「まずはテロ組織のことについて、教えてくれ。あれだけ大掛かりな準備と豊富な物資を持っていたんだ、相当有名な犯罪組織だったんだろう?」
確信を滲ませた響きでそう問いかければ、レオンは神妙な面持ちで頷いた。
「ああ。今回フラーヴィスクールを襲った奴らは────『ブラックムーン』という犯罪組織の構成員だ。マルス王国の元王女なんかも居たが、主犯はブラックムーンの奴らだな」
「ブラックムーン、ねぇ……確か死体の処理から殺しまでやる極悪集団だったか?」
エリンに転生してから、何度か聞いたことのある組織名に、スッと目を細める。
ブラックムーンの噂については、情報に疎い私でも幾つか知っていた。
どっかの国の王を暗殺したとか、一夜にして街を火の海に変えたとか、黒い噂の耐えない組織だったな。技量はさておき、奴らの持っている技術はかなり貴重なものだし、現代ではまさに無双状態だったと思う。まあ、だからこそ裏の存在を疑わざるを得ない訳だが……。
「構成員の話によると、生徒も含める学校関係者の素行調査から、授業の時間割まで徹底的に調べてあげて決行に移したらしい。ワンチャン、俺の出張も仕組まれていた可能性がある。万全の準備をして、このテロに挑んだんだろうな」
『末恐ろしい奴らだ』と吐き捨てるレオンは苛立ちを誤魔化すようにガシガシと頭をかいた。
『確かにテロ決行日とレオンの出張が重なるのは不自然だな』と同意しながら、私は天井を仰ぐ。
脳裏を過ぎるのはテロ前日まで私やライアン達を監視していた奴らの存在だった。
あれは私達の素行調査をするためにつけられた監視だったのか。道理で全く殺気を感じない訳だ。
あのとき、多少無理をしてでも絞めあげておくべきだったな。そうすれば、テロを未然に防げたかもしれない……まあ、今それを言っても意味はないが……。
「結局、あのテロの目的は何だったんだ?」
リーダー格と思しき人物に問い掛けても分からなかった質問をレオンに投げ掛ける。
犯罪組織のボスすら知らない情報を構成員の奴らから聞き出せたとは思えないが……とりあえず、モーネ軍の見解が聞きたかった。
「まだ断定は出来ないらしいが、軍の上層部は身代金目的だと踏んでいるみたいだぞ。ほら、うちには貴族の子供もいっぱい居るだろう?それにフラーヴィスクールは国の運営する組織だ。学校関係者を人質にとって、モーネ国そのものを脅すつもりだったのかもしれない」
顎髭を撫でるレオンは猿でも思い付きそうな考えを述べ、『どうだ!』と言わんばかりに胸を張った。
得意げな大男に呆れつつ、私は近くのクッションを手に取る。それを胸に抱きながら、『身代金目的はさすがにないな』とバッサリ切り捨てた。
「わざわざ学校を襲ってまでやることじゃない。身代金なんて、貴族の子供を一人攫えばガッポリ貰えるだろ。大体ブラックムーンほど大きな組織が金に困っているとは思えないな。リスクに対して、リターンが少なすぎる。割に合わない」
「言われてみれば、確かにそうだな……ブラックムーンなら、資金源くらい確保しているだろうし」
難しい顔つきで俯くレオンは『うーん……』と唸りながら、無い頭で考え込んだ。
珍しく真剣に悩んでいるレオンの姿に、フッと笑みが漏れる。
普段なら、『俺は馬鹿だから分からん!あとは頼んだ!』と丸投げしてくるところだが……少しは成長したみたいだな。
「う〜む……フラーヴィスクールを襲った目的か……あっ!あれじゃないか!人攫いの依頼を受けて、そのターゲットがたまたま学校関係者だったとか!」
「人を探しているような素振りは一切なかったぞ。何より、人攫いのためにテロを起こす意味が分からない。そんな大掛かりなことをしなくても、ターゲットの帰宅時を狙って攫えばいい話だろ。わざわざ警備が厳重な学校内で攫う理由がない」
知恵を振り絞って出したレオンの意見に、私は情け容赦なく反論する。
『うぐっ……!確かに……!』と悔しそうに頷く彼は残念そうに肩を落とした。
今にもいじけそうなレオンに『元々お前の頭脳には期待していないから大丈夫だ』と慰めにもならない言葉を掛ける。
見事トドメを刺された彼はベッドのシーツに『の』の字を書きながら、本格的にいじけ始めた。
面倒臭い男だな……っと、それはさておき。
テロの目的が金でも人でもないとすると、候補は幾つかに絞られる。
フラーヴィスクールにしかないもので、奴らが欲しがりそうなもの……確かフラーヴィスクールには、国宝級の剣や盾が幾つか展示してあったな。装飾が豪華なだけで実用性に欠けるものばかりだが、何点か使えそうなやつがあった筈だ。それを狙って、テロを犯した可能性は否定出来ない……。
「レオン、学校に展示してあったものが盗まれたりしなかったか?」
「いや、そんな報告は受けていないぞ。盗品は特になかったと聞いている」
いじけるのをやめて、首を左右に振ったレオンに迷いや躊躇いは感じられなかった。
まあ、それもそうか。もし、盗まれているなら軍の上層部は『展示品が目的だった』と考えているだろうし。
何より、盗みが目的ならさっさと目的のものを回収して逃亡している筈……。それなのに奴らは校内に留まった。展示品を盗み逃亡するチャンスが何度もあったのに、だ。
じゃあ、このテロの目的は一体何なんだ……?金でも人でも物でもないとなると────情報か?
いや、待て……あいつらはフラーヴィスクール内部の情報を洗い出せるほどの情報収集能力を持っているんだぞ?テロを起こす前に調べ上げられるだろ。
『ないない』と首を横に振り否定する私は、ああでもないこうでもない考え込むレオンに目を向ける。
『こんな馬鹿でも理事長になれるなんて、世も末だな』と呆れる私だったが────ふとある事に気がついた。
そう言えば、あいつらでも調べられない場所が一つあったな……。
最強の番犬が守護する────理事長室という空間が……。
と言っても、こいつはあくまでお飾りだから大した情報は持っていないが……。レオンの持っている最高の機密情報なんて、学校関係者のプロフィールくらいだろう。ブラックムーンなら、それくらい直ぐに調べがつくだろうし、わざわざ理事長室を探る必要なんて……いや、待てよ?もし、あいつらの目的が────。
「────レオンと交流のある神殺戦争時代の英雄だったなら……ある程度納得は行く」