第60話『一騎打ち』
「────テロ組織のボスよ、一騎打ちと行こうじゃないか」
そう言って、白髪の美丈夫と向き合えば、彼はゆったりとした動作で教卓から下りた。
余程腕に自信があるのか、彼に焦る様子はなく、余裕すら感じる。
銀色がかった瞳には何の感情も浮かんでおらず、少し不気味だった。
「部下が全員殺られたと言うのに、随分と余裕だな?」
「……」
私の問い掛けに全く反応を示さない白髪の美丈夫は腰に差した剣をおもむろに引き抜く。
言葉を交わす必要はないと感じているのか、奴は剣を構えるだけで口を開こうとしない。
詰まらんな。別に会話がしたい訳じゃないが、こうも反応が薄いと面白味に欠ける。悲鳴に期待するしかなさそうだ。
「先手は譲ってやる。ほら、掛かってこい」
そう言って、挑発するように奴を手招けば────白髪の美丈夫は剣を大きく振りかぶった。
一応、話はちゃんと聞いていたらしい。
奴の間合いに私はまだ入っていない。そのまま剣を振り下ろしても、私を斬り殺すことは出来ないだろう。
ただの雑魚とはいえ、そんな初歩的なミスをするとは思えない……。
つまり────奴の狙いは私を斬ることじゃない。
ダンッと勢いよく床を踏んだ私はその音に魔力を乗せ、奴に向けて放つ。
それと同時にボスが剣を振り下ろし────剣先から高出力の電流が放出された。
床を舐めるように移動するそれは真っ直ぐにこちらへ向かってくる。
だが、しかし……私の体に触れる前に先程放った“音”と衝突した。
魔力を纏ったことで実体を手に入れた音はいとも簡単に電撃を防ぐ。
なるほど。あれは雷系の魔剣だったのか。
オリヴァーが持っていた魔槍といい、こいつらは資源が豊富だな。
「まあ、使い手は無能ばかりだが……なあ?犯罪組織のボスよ」
フッと嘲笑を漏らした私は息をするように魔法を使い、真後ろに半透明の結界を作る。
刹那────背後から壁を殴ったような鈍い音が聞こえた。
視線だけ後ろに向ければ、結界に拳をめり込ませるボスの姿が目に入る。
かなり勢いよく殴ったのか、奴の手には血が滲んでいた。
魔剣の攻撃を囮に使い、背後に回って殴り込む……なかなか考えたじゃないか。
まあ、それでも私には遠く及ばないがな。
「正面戦闘を避け、不意討ちを狙う考えは良かった。だが、作戦が単純すぎる。もう少し頭を捻るべきだったな」
この手の奇襲攻撃を幾度となく受けてきた私は『芸がない』と吐き捨て、大袈裟に肩を竦める。
想像以上に詰まらない戦いに飽きかけていると、白髪の美丈夫が風と共に消え────元の位置へと戻った。
教卓の前で再度魔剣を構える奴は奇襲攻撃が失敗したと言うのに、全く動揺していない。
妙だな……感情の起伏が全く見られない。いや、そもそも────こいつから感情と呼ばれるものを一切感じない。
まるで感情のない殺戮人形のような……。
最初は何とも思わなかったこいつの淡々とした態度に違和感を抱き、私はスッと目を細めた。
魔剣片手に駆け出したボスを前に、己の魔力を高める。
突くような動きで向かってきた剣の先端を掴み、指の力だけで砕くと────奴の顔に手を翳した。
「────レジスト」
詠唱の最後の部分だけ呟き、高めた魔力を一気に解放すれば、白い光が白髪の美丈夫を包み込んだ。
攻撃とは全く違う力が奴の体を浄化するように煌めき、パッと消える。
変化のないボスの体を見て、『私の思い過ごしだったか?』と思っていると────突然、奴が咳き込み始めた。
「ケホケホッ……!な、何だ、これは……」
困惑を隠し切れない奴の口からは黒い液体が零れ落ちている。
ヘドロみたいな悪臭を放つそれは────呪詛と呼ばれるものだった。
やはり、こいつは呪詛で感情を殺されていたのか……。全く動揺しないなんて、おかしいと思ったんだ。
────呪詛とは、呪術魔法の一種で精神に作用するものである。
呪詛は主に相手を洗脳・支配するために使うが、今回は少し違う。ボスに思考力が残っていたことから、感情だけ殺されたと考えて間違いないだろう。
でも、何で呪詛なんか……しかも、感情を殺すだけなんて……。
「おい。呪詛を掛けられたのはいつ頃からだ?」
「ケホケホ……呪詛?一体何のことだ?」
呪詛を掛けられた自覚がないのか、白髪の美丈夫は怪訝そうな表情を浮かべる。
『無表情じゃない顔は初めて見たな』と思いつつ、私は質問を変えた。
「では、感情が全く湧かなくなったのはいつからだ?」
「感情……?お前はさっきから、何を言っているんだ?」
チッ……!完全に無自覚か……。
感情が戻ったことにも気づかないってことは相当前から、呪詛を掛けられていたことになる。
即死回避の魔法といい、魔法武器といい……やっぱり、こいつらの裏には誰かが居る。それも、かなり凶悪で強力な奴が……。
「お前達のバックには誰が居るんだ?」
直球で質問を投げかければ、白髪の美丈夫は僅かに反応を示し────黙りを決め込む。
話したくないのか、それとも話せないのか……まあ、どちらにしろ情報を得るのは難しそうだ。
口を割らせるのは簡単だが、もうそろそろ本当に時間が無い……さっさとこいつを倒して、倉庫に戻らなくては。
徐々に近づいてきたリアムの魔力に焦りを覚えつつ、未だに咳き込むテロ組織のボスを見つめる。
「最後にもう一つだけ聞く。このテロの目的は何だ?」
平坦な声でそう尋ねれば、白髪の美丈夫が僅かに顔を上げた。
そして、ただ一言……。
「────知らない」
と答える。
そこに迷いもなければ、躊躇いも感じられない。恐らく、奴は本当に何も知らないのだろう。
テロ組織のボスすら知らないテロの目的に、私は小さく息を吐いた。
「……そうか。なら────死ね」
顔から全ての感情を削ぎ落とした私は拳に電気を纏い、ボスの顔面を殴りつける。
奴の体に高圧の電流が流れ、白髪の美丈夫は床に倒れた。
ビクビクと激しく痙攣する彼を見下ろし、お腹を踏みつける。
ボスの口からは黒い液体と共に真っ赤な血が吹き出ていた。
こいつらは命じられるままフラーヴィスクールを襲って、ライアンとアンナを殺そうとした……目的すら分からないのに、だ。
これ以上、不愉快なことはない。彼らの受けた痛みや苦しみが無意味なようで……心底腹が立った。
「────消えろ」
明確な殺意を込めて放った言葉は私の魔力を刺激し─────具現化する。
私の願いを叶えるためだけに存在するこの膨大な魔力は文字通り、ボスの存在を消しにかかった。
足の爪先からゆっくりと灰に変わり、その灰もまた数秒経てば透明になって消える。
世界の法則すら無視する馬鹿げた力に、クツクツと笑みを零した。
「魔力消費は半端ないが、これはなかなか愉快な光景だ────最後まで見れないのが実に残念だが……」
塵一つ残さず消えていく白髪の美丈夫を一瞥し、私は足元に魔法陣を描く。
普段は絶対に使わない魔法陣に数字を書き込み、それを足で蹴った。
その衝撃を合図に、魔法陣が発動し、私の体は眩い光で包まれる。
そして────例の倉庫へと一瞬で転移した。
転移魔法には綿密な計算が必要だから、魔法陣を使用したが、この距離なら必要なかったかもしれんな。まあ、魔力消費がかなり抑えられたし、いいとするか。
埃っぽい空間を見回し、床に転がるライアンとアンナを見下ろした。
起きる気配が全くない二人を前に、僅かに頬を緩める。
「────お前達の仇はちゃんと取ったぞ」
ぐっすりと眠る彼らにそう言い聞かせ、私は倉庫に掛けた結界魔法を解いた。
『私も気絶していました』という体を装うため、ライアンの隣に転がり、そっと目を伏せる。
────それから、リアム率いるモーネ軍が倉庫に眠る私達を見つけ出したのは今から一時間後のことだった。