第5話『仕立て屋』
それから小一時間ほどかけて街に辿り着いた私達は、仕立て屋を訪れていた。
かなり大きい店で、内装も豪華だ。
リアム・マルティネスの話だと、この仕立て屋は王家に仕えた経験もあるらしい。
そのおかげか、従業員の礼儀作法やおもてなしは完璧だ。
リアム・マルティネスの膝の上で客室を見回し、私は『まさにお貴族様御用達って感じだな』と考える。
────と、ここでリアム・マルティネスが口を開いた。
「こいつの服を仕立ててくれ。今日中に、だ」
「きょ、今日中ですか……?」
「ああ、そうだ。何度も言わせるな」
煩わしげに答えるリアム・マルティネスに対し、店長と思しき女性は頬を引き攣らせる。
もう既に夕方へ差し掛かっているのに、今日中ですって!?とでも言いたげだ。
『まあ、どう考えても一日じゃ足りないよな』と共感するものの……無茶振りをした当の本人は、優雅に紅茶を飲んでいる。
こいつ、無自覚暴君か……。
根はいい奴だから普通の暴君よりマシだが、色々と面倒臭い。
「あ、あの……やはり、今日中に服を仕立てるのは不可能です……」
「何故だ?」
「何故って、それは……」
一から十まで丁寧に説明しないと分からないタイプの公爵様を前に、店長は狼狽える。
『逆にどうして、分からないの……』と肩を落とし、額に手を当てた。
悩ましげな表情を浮かべる彼女の前で、リアム・マルティネスはそっと視線を上げる。
その瞬間、店長が『ひっ!』と小さい悲鳴を上げた。
どうやら、睨まれたと勘違いしたらしい。
『角度的にはそう見えるかも』と思案する中、彼女は慌てて立ち上がる。
「きょ、今日中に仕立てます!!」
出来るかどうかも分からない約束を口にした店長に、私は内心苦笑を漏らした。
普通に説明すれば分かって貰えたのに、馬鹿なことを……。
まあ、相手があのリアム・マルティネスなら仕方ないか。
「そうか。じゃあ、とりあえず今流行りのドレスを十着。靴やバッグなんかの小物も揃えてくれ。ネグリジェも必要だな。あとは……エリン、お前はどんなドレスが欲しい?」
そっと顔を覗き込んでくるリアム・マルティネスに、私はパチパチと瞬きを繰り返す。
まさか、ここで話を振られるとは思わなかったため。
どんなドレスが欲しい?と聞かれてもな……私は基本お洒落に興味無いし。
着れるものなら、何でもいい。
強いて言うなら動きやすいものが良いけど、普通の令嬢に動きやすい服なんて必要ないもんな。
よし、ここは必殺────|面倒だからパパに丸投げ《他力本願》!
「お父しゃまの選んだ服が着たいれす!」
「よし、分かった。私がお前に似合う服を1000着選んでやる」
「坊っちゃま、それはさすがに多過ぎます……」
思わずといった様子でツッコミを入れるセバスに、私も同意した。
子供の成長はあっという間なのだから、1000着なんて作っている間に私の体はどんどん大きくなる。
サイズアウトになるのも、時間の問題だろう。
『一度も着ないまま終わる服もありそう』と予想する私を他所に、店長がおずおずと声を上げる。
「そ、その……今日はとりあえず、最初に注文された10着だけでよろしいでしょうか?後日、服のカタログを持って私が直接公爵様のお屋敷に伺いますので……」
『これ以上注文を増やされては堪らない!』と言わんばかりに、店長はそう提案した。
すると、リアム・マルティネスは少し考え込むような素振りを見せる。
「ふむ……分かった。そうしよう。日取りについては、こちらから使者を向かわせて知らせる」
「畏まりました。では、今日のところはエリン様の採寸だけさせて頂きます」
「採寸……?」
何が気に障ったのか、リアム・マルティネスは怪訝そうに眉を顰めた。
『意味が分からない』と示す彼の前で、店長はダラダラと冷や汗を流す。
「は、はい。服を作るには、体のサイズを測る必要がありまして……」
「そうか。分かった」
そう言うが早いか、リアム・マルティネスは突然ガシッと私の横腹や足首を掴んだ。
「身長101。胸囲51。胴囲47。腰囲57」
「ふぇっ!?」
こ、こいつ……!!手で触れただけで、私のサイズを……!?
『なんだ、その特技は!?』と言いたくなるのを必死に堪えていると、リアム・マルティネスは席を立った。
「とりあえず、今言ったサイズで服を作れ。行くぞ、セバス」
「はい、坊っちゃま」
優雅に一礼するセバスに、リアム・マルティネスは道案内を頼む。
本来であれば、店の領分だが……あいにく、店長はポカンとしていて使い物にならない。
道具を一切使わずに私のサイズを口にしたのが、相当衝撃だったらしい。
『まあ、合ってるかどうかは知らないけどな』と思いつつ、私はリアム・マルティネスに連れられるままこの場を後にした。