第58話『メインディッシュ』
時は少し遡り、三階の実験室に突入したばかりの頃────私はテロの主犯格と思しき人物の前に堂々と立っていた。
「────さて、メインディッシュと行こうか」
そんな独り言を零しながら、ニヤリと口角を上げる。
部屋の中には四人の男女の姿があり、みんな無防備に素顔を晒していた。
下っ端達のように黒いフードとマスクで外見を隠すことはしないらしい。
素顔を見られても大丈夫だと思っているのか、或いは『殺せば問題ない』と考えているのか……極悪非道の犯罪者なら、間違いなく後者だろうな。まあ、素顔を晒す理由なんて、私にはどうでもいいが……。
「────おいおい、マジかよ!?あの精鋭部隊を突破して、ここまで来るなんて聞いてねぇーぞ!?作戦は完璧じゃなかったのか!?」
『聞いていた話と違う!』と必死に抗議する男性は机の上から降りて、腕を組む。
赤に近いオレンジ色の髪を揺らし、レモンイエローの瞳に不快感を滲ませた。
顔立ちはまだ幼く、子供っぽさが抜けない。まだ十代か二十代の若者だろう。
「うるさいわよ、オリヴァー。ちょっと予定が狂っただけじゃない。わざわざ騒ぎ立てる必要は無いわ。ねぇ?ハイネ」
呆れたように溜め息を零し、腰に手を当てる彼女は壁際に控える灰髪の男性に目を向ける。
アメジストの瞳に灰髪の彼を映し出す彼女は腰まである紺髪を手で払った。
片手じゃ収まりきらないほどの巨乳を揺らし、赤く彩られた唇に弧を描く。
体のラインがハッキリ出る服を身に纏っているせいか、そのナイスバディがよく見えた。
『妖艶』という言葉がここまで似合う奴は見たことがない。男を惑わすためだけに生まれてきたみたいだ。
「そうですね。メラニーさんの言う通り、大した問題ではありません。邪魔になるなら、殺せばいい話ですから。そうでしょう?────ボス」
壁際に控えていた灰髪の男性はパタンッと本を閉じ、モノクルを手で押し上げる。
白に近い灰色の髪を揺らし、彼は教卓の方に目を向けた。
夕焼けのように美しいサンストーンの瞳には白髪の美丈夫が映っている。
「ああ、そうだな。邪魔になるようなら────殺せ」
抑揚のない声は驚くほど冷たく、こちらを見つめる銀色がかった瞳はどこまでも淡々としていた。
『ボス』と呼ばれた男性は中性的な顔立ちのハイネと違い、彫りの深い顔立ちをしている。
無表情のため何の感情も読み取れないが、私が感知した強い魔力は間違いなく、こいつだった。
魔力量だけで言えば、リアムと同じくらいだな。強敵と呼べるほどの相手じゃない。
だが、私のサンドバッグぐらいにはなってくれるだろう。
血のついた青い布の下でニヤリと口角を上げていると────幹部のオリヴァーが私の前に立ちはだかる。
その手には槍が握られており、取っ手の部分に小さな魔法陣が刻まれていた。
「ほう?魔剣ならぬ魔槍か。なかなか良いものを持っているじゃないか」
神殺戦争時代に大量生産された魔法武器の技術は失われなかったようだな。魔法技術が驚くほど衰退しているから、魔法武器を作れる奴は現代に居ないと思っていたが……。
顎に手を当てて魔槍を観察する私は興味深げに目を細めた。
魔剣や魔槍は魔法武器の一種で、武器そのものに魔法陣を刻んだ物のこと。
和の国に伝わる呪符と効果が似ていて、呪文を唱えると魔法が発動する優れものだ。
ただ使い捨ての呪符と違い、魔法武器は魔力が許す限り何度でも使える。でも、魔法武器も万能ではないため、無茶な使い方をしたり、古くなったりすると壊れてしまう。
定期的なメンテナンスが必要な面倒臭い武器なのだ。
おまけに魔法武器は作るのに相当時間が掛かるからな。どんなに腕のいい職人でも、一ヶ月は掛かる。
武器に魔法陣を刻むこと自体は簡単だが、それでは魔法が発動しない。と言うのも、魔法陣は術者の魔力で描かれる必要があったから。
鉄に刻まれただけの魔法陣なんて、そこら辺の絵画と変わらない。
だから────魔法陣と同じ形をした魔力回路を作る必要があった。
型にプリンの材料を流し込むのと同じで、魔力を流し込むだけで魔法陣が出来上がる……これは呪符の精製にも使われている技術だ。
まあ、一回限りの呪符と魔法武器では全然苦労が違うが……。
「へぇー?俺様の槍を魔法武器だと瞬時に見破るなんて、やるじゃねぇーか。ちったぁ楽しめそうだな」
ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべ、オリヴァーは槍を構える。
相手の力量も測れない愚かな男は私を格下だと決めつけ、魔槍に魔力を流すことは無かった。
その余裕という名の勘違いが己を破滅の道へと誘うとは知らずに……。
まあ、最初から本気を出したとしても私に勝つことは出来ないがな。
テロ組織の幹部だと言うから期待したのに……ガッカリだ。
「独り占めなんてダメよ、オリヴァー。狡いわ」
ビシッとオレンジ髪の男性を指さし、メラニーは不満げな表情を浮かべる。
『私にもやらせなさい』と申し出る彼女に、私は呆れてものも言えなかった。
そんな中、オリヴァーがメラニーの言い分を無視して走り出す。
「馬鹿野郎!こういうのは早い者勝ちだ!誰が仲良く半分こなんてするか!」
そう言って、私との間合いを一気に詰めた彼は槍を少し後ろに引く。
槍の先端は私の心臓を正確に捉えていた。
このまま槍を突き出されれば、私は心臓を貫かれるだろう。
だが、そんなの当たらなければいい話だ。
「魔法武器の性能が見られないのは残念だが、仕方ない……」
誰に言うでもなくそう呟くと、私は手で虫を追い払うような動作をした。
刹那、完全無詠唱で魔法が発動し────オリヴァーの上半身を粉々に打ち砕く。
木っ端微塵と言うべき光景が目の前に広がるが……事前に何か細工をしていたのか、飛び散った骨と肉が一箇所に集まり、奴の体を再生させた。
ほんの数秒の間に『死』と『再生』を体験したオリヴァーは呆然とした表情で、床に転がる。
仰向けの状態でただただ驚いたように私を見つめた。
『何が起きた?』という呟きを無視し、私は紺髪の美女に目を向ける。
「即死回避と再生の魔法か。予め掛けておいたとはいえ、魔法の維持と発動後の魔力消耗は相当堪えただろう?」
「術者だけでなく、使用した魔法の種類まで言い当てるなんて……貴方、一体何者なの?」
『死者蘇生』とも呼ばれる大魔法を発動したメラニーは苦しそうな表情を浮かべながらも、私の目を真っ直ぐに見つめた。
魔法の反動でまともに動けない彼女を、ハイネが横から支える。
さっきまで無関心を貫いていたボスも、『これはどういう事だ?』と困惑を露わにした。
即死回避と再生の魔法は厄介だが……二度目はないだろう。あの女の魔力じゃ、短時間に二回も発動出来ないだろうからな。
それにしても────まさか、即死回避と再生の魔法が現代に残っているとは……。奴らしか知っていないとしても、その知識が受け継がれているとは驚きだ。
「少しは楽しめそうだな。さあ、殺し合いを始めよう────さっきから全身の血が騒いで仕方ないんだ」
そう言うが早いか、私は右手に風を纏い、短い足で駆け出した。
ストックが無くなってしまったので、更新が不定期になります。ご了承くださいませ。