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第57話『踏み出した一歩は《ルーカス side》』

「風の守護者よ 今一度、我の呼び声に応えたまえ 我、汝の力を欲する者なり────トルネード!」


 詠唱を口にすれば、魔法陣が銀色に輝き────小規模の竜巻を巻き起こした。

建物がこれ以上破壊されないよう威力を抑えたため、これと言って実害はない。

でも────風の流れに逆らえない黒い靄はその場に留まることが出来ず、四方八方へ散らばっていく。

シオン先生の首を絞めていたロープ状の靄も例外ではなく、見事飛ばされた。

その拍子に先生の体は解放され、床に落ちる。


「シオン先生、こちらへ!」


「ケホケホッ……あ、ああ」


 苦しそうに咳き込みながらも頷いたシオン先生は傷だらけの体を押して、こちらに駆け寄ってくる。

半ば倒れ込むように僕の隣に転がったシオン先生は浅い呼吸を繰り返した。

もう喋る余裕もないのか、ぐったりとしている。


 不味いね……このまま放っておけば、シオン先生はいずれ死んでしまう。早くあの男を何とかしないと……。


 逸る気持ちを必死に抑えながら、茶髪の男性に目を向ければ、彼は不愉快そうに眉を顰めた。

竜巻に攫われた靄を上手く回収できず、苛立っているのだろう。


「チッ……!小癪な真似を……!」


 怒気を孕んだ声には殺気が混じっており、レンズ越しに見える色素の薄い瞳からは憎悪が垣間見えた。


「仕方ありませんね。私が直接相手しましょう。楽には死なせませんので、覚悟していて下さい」


 そう言うや否や、茶髪の男性は服の袖を捲り上げ、懐からナイフを取り出す。

キラリと光る銀のナイフを前に、僕は警戒心を強めるが────腕に出来た紫色の模様を見るなり、大きく目を見開いた。

肘の近くに出来たそれは何かの印のようで、丸い円の中に逆さ十字架のマークが描かれている。


 逆さ十字架は主に堕天使、もしくは悪魔を表すものだ。

つまり、あの印がもしも契約印だった場合、あの男は────悪魔と契約していることになる。

世界的に見ても珍しい召喚士が犯罪集団に肩入れしているなんて考えたくもないけど、そう考えれば、あの黒い靄にも説明がついた。


 恐らく、あの靄は悪魔と契約した時に貰った特殊能力か何かだろう。

悪魔は理に反する力を持っており、様々な異能に恵まれているから……。


「参ったな……勝てるビジョンがこれっぽっちも思い浮かばないよ」


 悪魔との契約者を相手取るほどの力はないと自覚しているため、つい弱音を吐いてしまう。

そんな僕を前に、茶髪の男性は僅かに目を細めた。


「ほう?契約印を見ただけでよく分かりましたね。勤勉な方は好きですよ」


「敵に好かれてもあんまり嬉しくないかな」


「おや、それは残念。では────」


 意味深に言葉を切った彼はクスリと笑みを漏らし────突風と共に僕の目の前までやってきた。


「────悪役らしく、貴方を殺してしまいましょうか」


 そう言って、ナイフを僕の腹部に突き刺す。

目の前にある端正な顔を見つめながら、僕はカハッと血を吐いた。

愉快げに笑う彼は返り血を浴びても全く表情を崩さない。


 動きが全く見えなかった……速いとか、そんな次元じゃない!瞬間移動でも使ったかのようなスピードだ!


「ふふふっ。その顔、とってもいいですね。気に入りました」


「っ……!君は本当に趣味が悪いな……!」


「ふふふっ。よく言われます」


 上品な笑い声を上げる茶髪の男性は僕の腹部に刺さるナイフを何の躊躇いもなく、横に捻る。

それにより、更に傷口が広がり、ボタボタと絶え間なく血液が流れた。

『早くこの男から距離を取らないと!』と思い、彼を突き飛ばそうとするが……。


「おいたは駄目ですよ。さあ、もっと私にその顔を見せてください」


 あっさりと両腕を掴まれ、ズイッと顔を近づけられる。

互いの吐息が確認出来るほど近い距離に困惑していれば、彼はうっそりと目を細めた。

楽しくて仕方ないとでも言うように唇の両端を吊り上げる。


「嗚呼、やっぱり貴方の苦しむ顔は美しい……特にその赤い目がいいですね。貴方が死んだら、その目玉をくり抜いて部屋に飾りましょうか」


 満面の笑みでとんでもないことを口走る茶髪の男性はじっと僕の目を見つめた。

うっとりとした表情で感嘆の溜め息を零す彼はもはや変態にしか見えない……。

言動から垣間見える彼の性癖に寒気を覚えながら、奴の股間を蹴り上げようと足を動かすが……両足の甲を踏まれ、完全に身動きが取れなくなる。


「反抗する悪い子にはお仕置きが必要ですね。次は足を切り落としてしまいましょうか」


「っ……!!」


 腹部に刺さったナイフから手を離した男性は懐からナイフを取り出し、うっそりと目を細める。

そして、僕の目をじっと見つめたまま、右足の太腿にナイフをあてがった。

情けなく体が恐怖に震える。


 食事用の小さなナイフで足を切り落とせる訳が無い……けど、この男なら出来るかもしれない。

悪魔との契約者だからっていうのもあるが、こいつ自身の実力も相当だ。絶対にできないとは言い切れない……。


 足を切り落とされたら、本当に何も出来なくなる……それなら、まだ腕を切り落とされた方がマシだ……!


「待ってくれ!足はやめ……」


「申し訳ありません。私は『ダメ』と言われるほど、やりたくなる生き物なんです」


 僕の言葉を遮って、最低な発言をした彼は爽やかな笑みを浮かべる。

わざわざ口に出さなくても、こいつが本気だってことくらい直ぐに分かった。

僕の中で警報が鳴り響く中、ゆっくりと焦らすようにナイフがズボンを切り裂き、素肌に触れる。


 ヒヤリとした何かが僕の頬を撫でた。

そう、ヒヤリとした何かが……って、ん?本当に寒くないか?室温って、こんなに低かったっけ?


 鳥肌が立つほどの寒さに思わず、首を傾げた瞬間────真冬のような吹雪が僕の目の前を駆け抜けていった。

これは比喩表現でも何でもなく、本当に吹雪が目の前を通り過ぎて行ったのだ。

その拍子に、僕の目の前に居た変態……じゃなくて、茶髪の男性が吹き飛ばされていく。


「えっ……?」


 予想外の事態に素っ頓狂な声を上げると、爆破された東階段の方から複数の人影が見えた。

上手く状況を呑み込めず、アホ面を晒す僕の前に────軍服を着た父上とその部下が現れる。

軍団長の肩書きに恥じない貫禄とオーラを放つ金髪の美丈夫はまさに英雄だった。


「大丈夫か?ルーカス」


「え?あっ、はい!僕は平気です!ちょっとお腹を刺されただけなので!でも、シオン先生が……」


 床に転がる甚平姿の男性に目をやり、不安げな表情を浮かべる。

すると、父上の部下が何人か駆け寄って来て、シオン先生に治癒魔法を掛けてくれた。

さすがにこれ程の大怪我となると、直ぐに治すことは出来ないので、応急処置だけするようだ。


「最低限の処置が済み次第、近くの治癒院に運び込め。絶対に死なせるな」


「「はっ!」」


 父上の命令に敬礼で応じた部下達は手早く処置を済ませ、シオン先生を担架で運んでいく。

先生の無事を祈りながら、僕はその後ろ姿を見送った。


 モーネ軍が助けに来てくれたことにホッとしていると、父上が静かに駆け寄ってくる。

そして────完全に気配を消して迫ってきた茶髪の男性をおもむろに投げ飛ばした。


「私の息子に何の用だ?────ブラックムーンの準幹部である、カリストよ」


 父上に『カリスト』と呼ばれた茶髪の男性は僅かに目を見開くと、『全てバレているのですか』と笑った。


 ブラックムーンの準幹部だと……!?ブラックムーンと言えば、世界的にも有名な犯罪組織じゃないか!金さえ積めば、殺しもやるって言う……!闇社会とのトップとも言われている組織だ!


 学生の僕ですら知っている組織名に目を白黒させる中、父上は得意の氷結魔法で氷剣を作り出した。

クリスタルのように美しいそれは真っ白な冷気を放つ。


「お前達が入国したとの知らせを受けて、警戒していたが、まさかフラーヴィスクールを狙うとは……予想外すぎて、対応が遅れてしまった」


「ふふふっ。かの有名な“氷の貴公子”に警戒されるだなんて、光栄ですね」


 父上に投げ飛ばされたと言うのにピンピンしているカリストはゆっくりと身を起こし、ナイフを構える。

未だに僕の作り出した竜巻が消えていないせいか、あの黒い靄は使えないようだ。

父上は僕を庇うように一歩前へ出ると、氷剣を片手で構えた。


「御託はいいから、さっさと掛かってこい。今は時間が惜しい」


「ふふふっ。では、失礼して……」


 こんな時でも笑みを絶やさない茶髪の男性は僅かに目を細めると、一気に間合いを詰める。

だが、狙っているのは父上ではなく────僕だった。


 いや、まあ……そうなるよね。この中で一番倒しやすいのは負傷している僕だから。

でも────残念だったね。“氷の貴公子”が居る限り、僕を殺すことは出来ないよ。


 父上の強さに絶対的信頼を置く僕は怯むことなく、前を見据えた。

直ぐそこまで迫ったカリストはニヤリと口角を上げ、勢いよくナイフを振り上げる。

だが、しかし……氷剣が奴の首を撥ねる方が早かった。

ブシャッと血を吹き出しながら、カリストの首が落ちる。


「所詮は小物か」


 そんな父の呟きが聞こえたかと思えば、氷剣の冷気に当てられたカリストの首と胴体が一瞬で凍りついた。


 僕やシオン先生が手も足も出なかった相手をこんな簡単に……!父上はやはり、凄いお方だ!


 改めて父の強さと偉大さを痛感した僕は尊敬の眼差しを彼に向ける。

すると、氷剣片手に周囲を見回していた父上が不意にこちらを振り向いた。


「エリンとライアンはどこにいる?」


「エリンちゃんとライアンですか?二人なら、多分屋外に居ると思います。テロリストから襲撃を受けた時、グラウンドに居たので」


「一緒ではなかったのか……」


 父上は少し考え込むような動作を見せたあと、部下を何人か呼び寄せる。

そして、僕の治療をするよう指示を出した。


「ルーカス、お前はこいつらと一緒に居ろ。それから、治療もしっかり受けるように。私は校内にいるテロリストを鎮圧してから、エリンとライアンを探しに行く」


「わ、分かりました。お気を付けて」


 さすがにこれ以上動き回れる自信は無いので、素直に頷いておく。

すると、父上は『あとは私達に任せろ』とでも言うように僕の頭を軽く撫でると、中央階段へと足を向けた。

大勢の部下を引き連れて去っていく彼の後ろ姿を見送り、僕はその場に座り込む。

極限状態から解放され、気が抜けたのか足腰に力が入らない。


 はぁ……一時はどうなることかと思ったけど、無事にカリストを倒せて良かった。シオン先生のことが気掛かりだけど、モーネ軍が来たならこれ以上被害が出ることはない筈……。

少なくとも、僕が出る幕はもうないだろう。


 ホッと息を吐き出した僕は緊張で強ばった表情を和らげ、助かったことを素直に喜ぶのだった。

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