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第55話『無力感と後悔《ルーカス side》』

 オリビア先生達と別れた僕は構築途中の魔法陣を手にしつつ、足早に実験室を後にする。

二階の廊下には戦った痕跡が残っており、床や壁に大きな穴が開いていた。

だが……建物を破壊した張本人である茶髪の男性とシオン先生の姿は見当たらない。


 建物の損壊状況からして、さっきまでここに居たのは間違いない筈……二人は一体どこに行ったんだろう?建物の外?それとも、一階か?


 顎に手を当てて考え込む僕はシオン先生の現在位置を探るため、魔力探知に集中する。

正確な位置は分からずとも、方向さえ分かれば問題なかった。


「周辺に存在する魔力の数は……」


 神経を研ぎ澄まし、魔力探知に全力を注いだ瞬間────突然ドカンッ!と派手な爆発音が鳴り響いた。

屋内で爆発が巻き起こったのか、たたでさえ脆い建物がギシギシと揺れる。

壁に寄り掛かってバランスを保つ僕は焦げ臭さに眉を顰めつつ、視線をさまよわせた。


 っ……!こんな時に爆発なんて、ついてない!早くシオン先生の元に行かないといけないのに……!爆発地点は一体どこだ……!?状況から考えて、かなり近くだと思うけど……。


 キョロキョロと辺りを見回せば、東階段の方から黒い煙がモクモクと上がっていた。


「あそこが爆発した場所か……!」


 建物の揺れが収まったタイミングで体を起こした僕は被害状況を確認するため、東階段へ向かう。

ポケットから取り出したハンカチで鼻を覆いつつ、煙の中へ足を踏み込もうとすれば────目の前を何かが通り過ぎて行った。

その『何か』は僕の見間違いでなければ────人間(・・)だったと思う。


「っ……!?」


 声にならない声を上げ、僕は慌てて辺りを見回した。

すると────床の上に横たわる甚平姿の男性が目に入る。

頭から血を垂れ流して倒れる彼は間違いなく、シオン先生だった。


「先生……!!」


 荒い呼吸を繰り返すシオン先生に駆け寄り、急いで彼を抱き起こす。

頭以外にも怪我をしていたのか、ヌルッとした感触が手に走った。

恐る恐る自身の手を見下ろせば、赤い血でべっとり濡れた手のひらが目に入る。

それを目にした途端、ゾワッとした何かが背中に走り、カタカタと体が震えた。


「な、何でシオン先生が血だらけになって……!?」


 震える声で紡ぎ出した言葉は僕の動揺を色濃く表していた。

目の前の出来事が衝撃的すぎて受け止めきれない僕はただ呆然とすることしか出来ない。

────まだ未熟な僕は仲間を失う覚悟が出来ていなかった。


 どうして、シオン先生を一人で行かせた……?どうして、もっと早く駆けつけなかった……?あの男性がヤバい奴だってことは最初から分かっていたのに……。


「僕にもっと力があれば……」


 酷い無力感に苛まれる僕は目の前が真っ暗になる錯覚に陥る。

自分は何も救えない弱者なのだと……改めて痛感した。


 嗚呼、やっぱり僕にヒーローなんて向いていなかったんだ。

だって、僕には兄上やライアンのような火力はない。珍しい魔法属性を持っている訳でもない。

ちょっと魔力コントロールに優れた魅了使いに過ぎない。

そんな奴が誰かを守る?救う?助ける?


「ははっ!出来る訳ないよ……僕はあの頃と全く変わっていないんだから」


 弱者であったことを初めて後悔したあの日を思い出し、僕は俯いた。

忘れたくても忘れられないあの日の記憶に思いを馳せる。


 僕が『誰かを救えるくらい強くなろう』と思ったきっかけは────母の死だった。


◇◆◇◆


 母が死んだ日は皮肉にも僕の誕生日だった。

当時、僕はまだ五歳の子供で……父の才能をそのまま受け継いだ兄と幼いながらに既に頭角を現し始めた弟に挟まれ、辛い日々を送っていた。


 僕にはこれと言って才能がなく、良くも悪くも平凡。家庭教師に『伸びしろは十分ある』と言われたものの、わざわざ兄弟と同じ道を歩んで惨めな思いをする必要は無いと思い、文官を目指していた。

父も母も『次男だし、兄弟全員が軍人になる必要は無い』と考えていて、僕の夢を非難することはなく……劣等感は感じるものの、それなりに幸せな日々を送っていたと思う。


 ────でも、幸せは長く続かないもので……街で誕生日プレゼントを買ってもらった帰りに、僕と母を乗せた馬車は落石事故に遭った。


 前日に雨が降ったせいか、山の斜面はいつもより滑りやすくなっており、大きな岩がゴロゴロと転がってくる。

霧のせいで視界が悪く、直前になるまで気づけなかった御者は避けることが出来なかった。

ガンッと硬いものがぶつかる音と共に馬車が傾き────母が咄嗟に僕の体を抱き締める。

バランスを崩した馬車はそのまま転倒し、僕を庇った母が頭と背中を思い切り床に打ち付けた。


「うっ……!!」


「は、母上……!!」


 母の体がいいクッションになり、怪我をせずに済んだ僕は慌てて起き上がる。

苦しそうな表情を浮かべる母の頭からはダラダラと真っ赤な血が流れていた。

ヒヤリとした何かが背中に走る。


 今は父上も兄上も居ない……。

本来であれば、この買い物に父上も付き合う予定だったのだが、急用が入ったとかで仕事に行ってしまった。兄上は誕生日パーティーの準備をするため、屋敷に残っている。

つまり────母上を助けられるのは今、僕しか居ないのだ。


 御者や護衛が直ぐに駆けつけて来ないってことは、彼らもこの事故に巻き込まれている可能性が高い。『きっと、誰かが助けに来てくれる』とは思わない方がいいだろう。


 でも、どうやって助ける……?僕には全てを破壊する力も、他者の傷を癒す術もない……!

『文官には必要ないから』と魔法の特訓を必要最低限に留め、訓練を放棄した僕に一体何が出来るんだ……?


「────何も……出来ない」


 口を突いて出た言葉は僕の胸に突き刺さり、己の弱さを痛感した。

何も出来ない無力感と訓練を疎かにした後悔で、目の前が真っ暗になる。

何故ちゃんと訓練をしなかったのか、と……今になって悔やんだ。


 僕にもっと力があれば……!そうすれば、母上を救えるのに……!どうして、僕はこんなに弱いんだ……!


 何も出来ないのが悔しくて、弱い自分が許せなくて……ポロポロと大粒の涙を零す。

泣くことしか出来ない無力な子供を前に、母はただただ優しく微笑んだ。


「ルー、カス……泣かないで。大丈夫だ、から……」


「母上……!」


 意識が朦朧としているのか、母は途切れ途切れに言葉を発する。

本当は痛くて泣き叫びたい筈なのに……母は一切弱音を吐かなかった。

優しげに揺れるルビーの瞳が愛しげに僕を見つめる。


「さあ、おいで……私の可愛い子」


 最後の力を振り絞って、手を広げた母は弱々しい手つきで僕を抱き寄せた。

雪のように真っ白な手が優しく背中を撫でる。

血を流し過ぎたせいか、母の体はいつもより体温が下がっていた。


「ルー、カス……最後に一つお願いがあるの。貴方なりの方法で私の大切な家族を守ってあげ、て……貴方は賢い子だから、きっと出来るでしょう?」


 耳に届く声はか細く、弱々しい……でも、芯の通った強さがあった。

母の切なる願いを一身に受け止めた僕はコクコクと何度も頷く。

すると、母は安心したかのように顔を綻ばせた。


「良かっ、た……ありがとう、ルーカス。心の底から、貴方のことを愛しているわ」


 その言葉を最後に、母はそっと目を閉ざし────帰らぬ人となった。

その死に顔は酷く穏やかだったと思う。


◇◆◇◆


 その後、夜になっても帰らない僕らを心配した兄上が父上に連絡し、公爵家総出で捜索に出たところ、山道で転倒した馬車が発見された。

母の遺体を見て、父がポロリと一筋の涙を零したのを今でもよく覚えている。


 その日から『誰かを救えるくらい強くなろう』と心に決めた僕は文官の夢を諦め、訓練に打ち込んだんだ。母との約束を果たすため……そして、もう二度と己の未熟さを後悔しないように。


 最初、エリンちゃんを魅了しようとしたのもマルティネス公爵家に仇なす存在かもしれないと思ったからだ。うちは脳筋が多いから、自然と僕が間者やスパイの調査を請け負うようになった。

まあ、エリンちゃんは完全に白だったけど……不思議な雰囲気を持っているものの、怪しい経歴や動きはなかった。


 銀髪赤眼の少女を脳裏に思い浮かべる僕は『そう言えば、彼女は上手く逃げられただろうか』とぼんやり考える。

血だらけのシオン先生を見つめながら、現実逃避を測っていると────不意に膝の上が軽くなった。

かと思えば、すぐ側でキンッと鉄を弾く音がする。


「────おや?まだそんなに動けるんですか。武人はタフですねぇ……」


 聞き覚えのある声に導かれるようにパッと顔を上げれば、シオン先生の背中と茶髪の男性が目に映った。

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