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第54話『目覚め《ルーカス side》』

「風の守護者よ 今一度、我の呼び声応えたまえ 我、汝の力を欲する者なり────ウインドカッター!」


 黄緑色の光を放つ魔法陣から複数の風の刃が放たれた。

半透明のそれはそれぞれバラバラの方向に散らばり、黒ずくめの集団に襲い掛かる。

ある者は横腹を引き裂かれ、またある者は太腿から下を切り落とされた。

血生臭い現場を目の当たりにした人質の生徒達は『ひっ……!』と小さな悲鳴を上げる。

 授業の一環でクラスメイトや先生と戦うことはあっても、殺し合うことはなかったので怯えているのだろう。


 軍人の卵とはいえ、まだ子供だからね。怖がるのも無理はない。

まあ、かく言う僕も子供なんだけど……。


 安全な結界内で身を寄せ合う彼らを一瞥し、視線を前に戻すと────短剣で風の刃を弾くテロリストの姿が目に入った。

この魔法の持続時間はあまり長くないので、一撃目を防がれたら直ぐに消えてしまう。

まさか、風の刃を防がれるとは思っていなかったため、僕は次のプランを全く考えていなかった。


 不味い……!また肉弾戦に持ち込まれたら、今度こそ持たない……!


 内心焦る僕を置いて、唯一生き残ったテロリストがこちらに駆け寄ってくる。

その手には拳銃と短剣が握られていた。


 肉弾戦に持ち込む気か……さっきの戦いで僕の苦手分野を見破られたようだね。

でも、さっきと違って相手は一人……!一対一なら、僕にも勝機はある……!


 右足を後ろに下げ、拳を構える僕はキュッと口元を引き結び、相手の出方を窺う。

黒ずくめの人間と僕の間にバチバチと火花が飛び散る中、奴が短剣を振り上げた。

先手必勝と言わんばかりに先制攻撃を仕掛けてくる奴の手首を掴む────筈だった。本来ならば……。


「────ルーカスくん、頭を下げるのです〜!」


 聞き覚えのある声が鼓膜を揺らし、反射的に腰を落とせば────水の矢が僕の頭上スレスレを飛んで行った。

そして、攻撃を仕掛けたテロリストの手に突き刺さる。

痛みのあまり顔を歪める黒ずくめの人間は思わずといった様子で手に持つ短剣を放り出した。


 直ぐに体勢を低くしなかったら、僕の後頭部に刺さってたね……。ちょっと……いや、かなりヒヤッとしたよ。


「ほらほら、ボーッとしてないでさっさとテロリストを気絶させるのですよ〜!」


 先程聞こえたものと同じ声に促されるまま、僕はテロリストの鳩尾に思い切り膝をめり込ませる。

その衝撃で奴は『かはっ……!』と血を吐き出し、白目を向いて倒れた。

血のついた制服に眉を顰めつつ、後ろを振り返る。

僕の目に映ったのは────結界内でグッと親指を立てる黒髪の美少女だった。

小柄な彼女は体型に似合わない大きな白衣を羽織っており、真っ黒な瞳を楽しげに細めている。


 彼女こそが後ろから水の矢を放った本人であり、フラーヴィスクールの保健医である────オリビア・グラントだった。

まあ、外見だけ見れば子供にしか見えないが……。


「はぁ……オリビア先生、助太刀は有り難いですが、もう少し考えてください。危うく、僕が死ぬところでしたよ」


 腰に手を当て、『呆れた』と言わんばかりに首を左右に振る。

非難の視線を向ける僕に対し、オリビア先生はと言うと……楽しそうに笑っていた。


「結果的に何ともなかったんですし、良かったじゃないですか〜!結果オーライなのですよ〜!」


「お気楽な考え方は相変わらずですね」


「ルーカスくんは考え方が堅すぎるのです〜!もっと柔軟に行きましょうなのです〜!」


 『結果よければ全てよし』と本気で思っている黒髪の美少女に、悪びれる様子はない。

この人の事だから、もし僕に当たっても瞬時に治癒魔法を展開すればいいと考えている節があった。


 魔法の腕は確かなんだけど、考え方がぶっ飛んでいるんだよね……。

オリビア先生が保健医で良かったよ……もしも、彼女が普通の教師だったら無茶な授業をして怪我人が続出していただろうから。

嗚呼……考えただけでも恐ろしい。


 ブルリと身を震わせる僕は黒ずくめの集団が全員倒れているのを確認してから、結界を解く。

意識のある者達が懸命に呼び掛けを行った影響か、オリビア先生以外にも目を覚ます者達が現れた。


 相当強力な睡眠剤でも使ったのか、全く起きる気配のない人も居るけど……まあ、オリビア先生が居れば、問題ないだろう。

彼女なら、気絶した人達を守りつつ、人質を安全な場所に運んでくれる筈……。


「色々言いたいことはありますが、とりあえず後回しにします。オリビア先生、体の調子はどうですか?」


「絶好調なのです〜!魔法も問題なく使えるですよ〜!」


 グッと両手を握り、元気いっぱいだとアピールする先生に、ホッと息を吐き出した。


「では、人質を連れて安全な場所まで行ってください。僕はこの場に残ります。オリビア先生一人で引率することになりますが、構いませんか?」


「大丈夫なのです〜!今朝は生徒を盾に取られて、手も足も出ませんでしたが、人質が解放されれば、こっちのものなのです〜!」


 ふふんっ!と得意げに胸を逸らすオリビア先生は『私に任せなさい!』とでも言うように腰に手を当てた。

外見年齢が完全に十歳未満の子供なので、いまいちしっくり来ないが……普通に頼もしい。


 オリビア先生が最も得意とする魔法は当然ながら治癒魔法だが、水魔法の扱いもなかなかだ。

攻撃向けの属性ではないが、守りには向いている。


「では、彼らのことよろしくお願いします」


「お願いされたのです〜!」


 ニコニコと愛らしい笑みを振り撒くオリビア先生はパッと両手を広げた。

すると、彼女の頭上に巨大な魔法陣が浮かび上がる。秒単位で文字や数字が書き込まれていくそれは水色の光を放っていた。


「水の守護者よ 今一度、我の呼び声に応えたまえ 我は汝の力を欲する者なり────ウォーター・プリズン!」


 可愛らしい声が呪文を唱えると、オリビア先生の頭上に浮かぶ水色の魔法陣から大量の水が流れ込んできた。

と言っても、教室内を無作為に濡らすことはなく、意志を持った生物のようにその場に留まる。

重力を完全無視したその水は人質たちを包み込むように丸い形になった。

突然水中に放り込まれた生徒達は困惑した様子で視線を右往左往させるものの、息が出来ると分かるなり、ホッとした様子で肩の力を抜く。


 あれはオリビア先生が得意とする防御魔法で、物理攻撃はもちろん、魔法攻撃も全て水中に沈めるというもの。

高温の炎で焼かれたり、強力な風魔法で吹き飛ばされたりしない限り、問題は無い。

ちなみにオリビア先生が『大丈夫だ』と判断した人以外は水中で息が出来ないため、注意が必要だ。


「私達はもう行きますけど、ルーカスくんは本当に残るのです?ここは危険ですし、さっさと離れた方がいいと思うのですが〜」


 心配そうにこちらを見つめるオリビア先生は『やっぱり、一緒に行きませんか?』と誘ってきた。

この学校の教師として、生徒を危険な場所に置いて行きたくないのだろう。たとえ、それが学年首席の生徒であったとしても。

 影のように真っ黒な瞳を見つめ返し、僕はクスリと笑みを漏らした。


「お気遣い、ありがとうございます。でも、大丈夫です。自分の身は自分で守れますので。それに────一人で戦っているシオン先生をこのまま放置する訳にはいきません」


 そう言って、僕は教卓の方を振り返る。

そこにはもうシオン先生とあの男性の姿はなく、派手に吹き飛ばされた扉だけが残っている。

戦いの痕跡からも分かる通り、彼らが激しい戦いを繰り広げたのは間違いなかった。


 少し距離は離れているけど、廊下の方から二人の魔力を感じる。恐らく、今この時も戦っているのだろう。


 シオン先生の実力は確かだけど、あの男性には言い表せぬ恐怖を感じた。相当な手練であることは間違いない……シオン先生一人で勝てる保証はどこにもなかった。

魔力の残量が半分以下になった僕が行ったところで戦況が大きく変わる訳じゃないけど、何もしないよりはマシだろう。


 グッと拳を強く握り締め、覚悟を固める僕の後ろで黒髪の美少女は『ふぅー』と息を吐き出した。


「分かりましたです〜。シオン先生のこと、よろしく頼むのですよ〜。ご武運を祈りますです〜」


「はい。オリビア先生もお気をつけて」


 互いの無事を祈る僕達は頷き合い、別々の方角に足を向ける。

僕らの間に『さようなら』という挨拶は存在せず、一斉に駆け出した。


 シオン先生、待っていて下さい!直ぐに駆けつけます!

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