第52話『僅かな同情《ルーカス side》』
一応、グラウンドにはテロ犯の仲間であるイザベラが居るが……彼女が仲間の配置や人数まで知っているとは思えない。
僕の予想通り、テロ組織の思惑に復讐心を燃やしたイザベラが乗った形なら、必要以上の情報は何も知らないだろう。
わざわざ聞きに戻って、『結局、何の収穫も得られませんでした』じゃ話にならない。
聞き取り調査もままならない状況に苛立ちを覚えていれば、シオン先生が不意に口を開いた。
「いや、それはどうだろう?彼らは自爆も厭わない連中だ。仮に生きていたとして、口を割るだろうか?それに────戦闘中、奴らが全然喋らなかったことにも違和感がある」
考え込むような動作を見せたシオン先生は一度踵を返し、トンッと地面を軽く蹴りあげる。
十段以上ある階段をジャンプで飛び降りた彼は踊り場に転がる死体の傍で膝を着いた。
そして、何を思ったのか奴らのフードを全て取り、顔半分を覆う黒い布も剥ぎ取る。
やっている事が完全に追い剥ぎと変わらないが、とりあえず見守ることにした。
シオン先生は一体何をやっているんだろう?
不思議そうに首を傾げる僕の前で、彼は死後硬直が始まった死体の口を半ば無理やり開けた。
「やっぱり、か……こいつらには────舌がない」
確信を滲ませたシオン先生の言葉に、僕は柄にもなく目を見開いた。
そして、今までの戦いを振り返る。
よく考えてみれば、魔法使い以外はほとんど……というか、全く喋っていなかった気がする。
呻き声や叫び声を上げることはあっても、言葉を発する様子はなかった。
つまり、奴らは────余計なことを言わないよう、舌を抜かれていたのだ。
魔法使いだけ除外されたのは恐らく、詠唱のために喋らないといけないから……。
「なるほど……確かにこれは尋問するだけ無駄ですね」
「筆談するにしても、文字を覚えていない可能性もあるからね。というか、多分そう仕込まれている」
徹底した情報管理と部下の扱いに、僕は軽い目眩を覚えた。
世の中にはこんなことをする奴が本当に居るのかと……衝撃を受ける。
もしかしたら、彼らは捨て駒として小さい頃から育てられていたのかもしれない……まるで家畜のように。
死ぬ事への躊躇いがないのも、育った環境が関係しているのだろう。狂った人の元で育てられれば、それがおかしいと疑うことすら出来ずに成長してしまう。
敵だと分かっていながら、少しだけ同情してしまう自分がいた。
「狂ってますね……」
「フラーヴィスクールのテロを考えるような連中が正常な訳ないよ。それより────僕に名案があるんだけど」
しんみりした空気を変えるように明るい声でそう言うシオン先生はニヤリと口角を上げた。
意地の悪い笑みを浮かべる彼は死体の一つから黒ローブを取り上げる。
シオン先生が完全な追い剥ぎとなった決定的な瞬間だった。
「死体から服を拝借するなんて罰当たりですよ、先生」
「まあまあ、今は非常事態ってことで見逃してよ。それより、ほら!ルーカスくん、これ着て!」
「えっ!?ちょっ……!」
仮にも死体が着ていた服を僕に押し付けるシオン先生は『ほら、早く!』と急かしてくる。
彼の勢いに押されるように仕方なく……本当に仕方なくローブを上から羽織った僕は血と汗の匂いに眉を顰めた。
潔癖症って訳ではないけど、このローブは今すぐ脱ぎたい……。死体の服ってだけでも物凄く嫌なのに、臭いがかなりキツい……。
あまりの悪臭に眉間に皺を寄せれば、シオン先生は何を思ったのか、『次はこれね〜』と言って黒い布を渡してきた。
マスク代わりのそれを前に、『いや、これはさすがに……』と頬を引き攣らせるが、先生に促され、装着する。
ローブより臭いはキツくないが、それでも他人の顔を覆っていた布を纏うのは抵抗がある。
あからさまに嫌そうな顔をする僕の前で、シオン先生は死体の懐から取り出したロープでせっせと自分の手首を縛り始めた。
いや、本当に何をしているの?さすがに動揺が隠し切れないんだけど……。
「あの、シオン先生……これは一体何ですか?」
「ん?まだ気づいていないのかい?これは────潜入作戦だよ」
潜入作戦……?って、まさか────僕がテロリストに変装し、シオン先生を実験室に運ぶってこと!?それで、中の様子を確認しろと!?
確かにテロリストの大半が黒ローブ姿で顔を隠しているから、簡単にバレることはないだろうけど……ちょっと大胆すぎない?
まさか、正面から堂々と入っていくことになるとは思わず、大きく目を見開く。
動揺を隠せない僕の前で、シオン先生は器用に腕を縛り上げると、得意げに説明を始めた。
「大体察しは付いていると思うけど、僕が人質役として、そしてルーカスくんがテロリスト役として実験室の中に入る。僕らの読み通り、人質が一箇所に集められているなら、急に僕らが現れても不審がられないだろう。それで、人質とテロリストの人数や配置が分かり次第、僕が縄を解いて攻撃を仕掛ける。ルーカスくんは人質の保護を優先してくれ」
大雑把と呼ぶべき作戦内容に、少し不安を覚えるが……問題点は特にない。
リスクが高いことに変わりはないが、今までの案に比べれば、極めて成功率が高かった。
心配なのは人質をしっかり守り切れるかどうかだけど……それはどの作戦を選んでも付きまとう不安なので、敢えて口にしない。そんなことを言い出したら、キリがないからだ。
「ちなみにルーカスくんをテロリスト役に指名したのはローブで手元を隠しやすいと思ったからだよ。ほら、君が人質役だったら魔法陣を隠すことが出来ないだろ?」
『死体の服を着るのが嫌で、その役を君に押し付けた訳じゃないからね!』と語るシオン先生はちょっとだけ必死だった。
嫌な役を押し付けた教師だと思われたくないのだろう。
心配せずとも、シオン先生がそんなことをする人だとは思ってないよ。
まあ、この役に全く不満がないかと言われれば、嘘になるけど。
でも、人質を解放するためなら、これくらい我慢するさ。
「分かりました。その作戦で行きましょう」
異論はないと示し、僕は目立つ金髪をしっかりフードで隠す。
そして────僕らは互いに頷き合うと、実験室へと足を向けた。
さあ、人質を解放しに行こう!