第50話『二階』
二階へと駆け上がった私は廊下に配置された警備の多さに瞠目した。
と同時に体が歓喜に震え、自然と口元が緩む。
血のように真っ赤な瞳が爛々と輝いた。
一階のように教室内や階段の踊り場に見張りを配置されたら、効率を考えて直ぐに三階へ上がるしかないと思っていたが……これは実に素晴らしい警備配置だ!
これなら、三階へ行くついでに殺せるため、時間が無駄にならない!この配置を考えた奴にはお礼を言わなければならないな!
気分の高揚と興奮を抑えきれない私は緩む頬をそのままに、廊下へ飛び出した。
真っ赤な血がべっとりついた青い布を被る私に対し、見張り役のテロリスト達は警戒を強める。
拳銃や魔法陣を構える彼らはまるで訓練された軍人のように一斉に攻撃を放った。
銃弾や炎の玉などが一直線に向かってくる。
先手必勝の一斉砲火か。芸のない奴らだ。その手の攻撃は西階段の奴らが一通り使っている。そして、私はその攻撃を見事打ち破り、奴らを倒した。
なのに何故、同じ手が通用すると思っているのやら……。
「数で押せば勝てると思ったか?能無し共!」
私は一度に複数の魔法を展開しながら、迫り来る攻撃など気にせず、走り出した。
銃弾は風魔法で勢いを殺し、炎の玉は水魔法で相殺する。その他の攻撃も各々の特性に合わせて、全て完璧に打ち消した。
完全無詠唱で魔法を使い、全ての攻撃を相殺した私に、テロリスト達は大きく目を見開いた。
『もうそろそろ、その反応にも飽きてきたな』と思いつつ、おもむろに右手を振り上げる。
魔法に関する明確なイメージと魔力量を調節しつつ、勢いよく手を振り下ろす。
すると────地響のような音と共に天井から……もっと言うと、空から雷が落ちてきた。それも複数。
その着地点に居たのは言うまでもなく、見張り役の彼らで……。
「うぐっ……!?」
「ぐはっ……!?」
「っ……!!」
各々呻き声や叫び声を上げながら感電し、その場に倒れた。
ちょっと勢いが良過ぎたのか、焼死体となって転がっている者も居る。
だが、元々殺す気だったので問題は無い。むしろ、何人か生き残ってしまったことに問題があった。
雑魚が相手だからと、少し手加減し過ぎたか。まあ、だからと言って、ある以上威力を強める訳にはいかなかったが……。
下手したら、あいつらを巻き込むことになっていたからな。
タタタタッと廊下を一人駆け抜ける私はある教室に目を向けた。
観音開きの扉が黒く焦げ、薬品やガラスの破片が飛び散るその部屋は────校内で一番大きい実験室だ。
そして、恐らくテロの始まりと共に爆破された教室。
この扉の向こうには六十人ほどの魔力反応がある。爆破した教室にわざわざ人員を割く必要はないので、恐らく────テロリストに捕まった生徒や教師が閉じ込められているのだろう。
簡単に言うと、ここは人質を隠匿するための部屋って訳だ。
今朝ここで授業を受けていた生徒はもちろん、テロリストに捕獲された人達もここに運び込まれたのだろう。一箇所にまとめて保管……じゃなくて、軟禁した方が楽だからな。
扉の向こうからは慌ただしい足音と話し声が聞こえた。
恐らく、さっきの落雷を聞いて動揺しているのだろう。
出来れば、中で人質を見張っている連中ともやり合いたいが……少し時間が無い。それに万が一にも、生徒達に顔を見られれば、終わりだ。ここはさっさと立ち去るべきだろう。
そう判断した私は一度も足を止めることなく、中央階段へと向かった。
魔力探知で人の位置を確認しながら勢いよく階段の前に飛び出せば、踊り場に待機していた黒ずくめの集団が『待っていました』と言わんばかりに拳銃を構える。
「お前らは本当に芸がないな。その攻撃はいい加減飽きたぞ」
呆れたような表情を浮かべ、そうボヤけば、奴らはダンダン!とそれぞれ二発ずつ銃弾を撃った。
1パターンな戦い方に飽きてきた私は右手を横にスライドさせ、その拍子に巻き起こった風を魔法で強化する。
そこら辺の剣よりずっと切れ味のいい風の刃は向かってきた銃弾を全て真っ二つに切り裂いた。
カランッと音を立てて鉛の塊が階段に落ちる。
────詰まらない。
今の私にはそんな感想しか湧いてこなかった。
大きな溜め息を零した私は『メインディッシュに期待するか』と思い直し、再び銃を構える彼らに手のひらを向ける。
もうこれ以上、雑魚に構ってやる余力はなかった。
「────退け。邪魔だ」
抑揚のない声でそう告げると、私の手のひらから突風にも似た強い風が放たれた。
強風なんて言葉じゃ収まりきらないそれは踊り場にいるテロリスト達を吹き飛ばし、壁に叩きつける。
ゴンッと鈍い音を立てて派手に頭から落ちた彼らは痛みに喘ぐように呻き声を上げた。
だが、それでも彼らはまだ起き上がろうとする。
ほう?脳震盪と全身打撲でほとんど体が動かないだろうに、まだ戦おうとするか。根性だけはあるようだな。
可能なら、お前達の悪足掻きに付き合ってやりたいところだが……あいにく、時間が無くてな。悪いが、さっさと終わらせてもらう。
体の自由が利かない彼らを前に、私は無情にも魔法を発動させる。
そして────反撃する隙すら与えず、風魔法で体をバラバラに切り刻んだ。
微塵切りと呼ぶべき、バラバラ死体を前に、私はクツリと喉を鳴らす。
「嗚呼、やはり……真っ赤な血はいいな」
血の海と化した階段の踊り場を見つめ、私はうっそりと目を細めた。
真っ赤な血を見る度、思い出すのは前世の記憶……転生した今でも人肉を切り裂く感覚も、死体の冷たい感触も、真っ赤に濡れた手も全て覚えている。
もう少しこの血溜まりと鉄の香りを楽しみたいところではあるが……やはり、時間が無いな。
想定よりずっと早くルーカス達が二階に上がって来ている。もうそろそろ三階へ上がらないと、本当に不味い。
私は近づいてくる二つの魔力に意識を向けつつ、血の滴る階段を駆け上がった。
血の海をまともに踏んだせいか、靴が真っ赤に染まっている。
『後で浄化魔法を掛けないといけないな』と思いつつ、私はメインディッシュが待つ実験室へと向かった。
幸か不幸か三階に見張り役のテロリストは居らず、すんなりと……そして、あっさりと実験室の前まで辿り着く。
私は観音開きの扉を見上げ、深紅の瞳を僅かに細めた。
リーダー格と思しき奴が一人、それから幹部と思しき奴が三人か。
全員の戦力を合わせても、私に勝つ可能性は皆無だが……さっきの奴らに比べれば、十分強い。
ちょっとは楽しめる筈だ。
期待に胸を膨らませる私はニヤリと口角を上げ、目の前の扉を勢いよく蹴破った。
僅かに砂埃が舞い上がる中、堂々と部屋の中へ足を踏み入れる。
そこに不安や怯えといった感情は一切なかった。
「────さて、メインディッシュと行こうか」