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第49話『二対十《ルーカス side》』

 あくまで奇襲が目的なので、可能な限り物音を立てずに向かい側の教室へ飛び込んだ。

部屋の中には案の定、黒ずくめの集団がおり、僕らの登場に大きく目を見開いた。

奴らが動揺している間に、先頭を走るシオン先生が流れるような動作で五人の首を切り落とす。

彼らの配置が良かったのか、当初の予定よりも一人多く仕留めていた。


 反撃する間もなく殺された五人の首が床に転がり、赤い水溜まりを作る。

鉄の香りが鼻を掠める中、僕は右手に持つ魔法陣を空中に展開した。


 残るは五人……一気に仕留めてしまおう。


「大地の守護者よ 今一度、我の呼び声に応え、力を与えたまえ 我、汝の力を欲する者なり────アィヴィ・リストリクションズ!」


 早口で捲し立てるように詠唱を口にすれば、緑色に光る魔法陣から複数の蔦が顕現する。

緑色の葉っぱをつける蔦はテロリスト達の方へ伸びて行き、彼らをあっという間に縛り上げた。

手足を重点的に縛られた五人のテロリストはここでようやく正気を取り戻し、ジタバタと暴れる。

と言っても、少し腰を捻る程度だが……。


 あの状態では懐に隠し持った武器を出すことは不可能だろう。魔法でも使わないと、あの拘束から抜け出すのは無理だね。


「シオン先生、あとはお任せします」


「はいはい〜。足止めご苦労様」


 血に濡れた短刀をヒラヒラと揺らし、ニッコリ微笑むシオン先生は近くにいるテロリストから首を切り落とした。

そこに罪悪感や後悔といった感情はなく、どこまでも淡々としている。


 覚悟はしていたけど、人殺しの現場を見るのはかなり堪えるね……。

でも────耐えられないほどのことじゃない。『仕方の無いこと』だと割り切ってしまえば、彼らを哀れむ気持ちなんて、これっぽっちも湧いてこなかった。


「やはり、僕は────薄情な人間なのかもしれないね」


 誰に言うでもなくボソッとそう呟けば、不意にテロリストの一人と目が合う。

シオン先生に首を切られるのを待つことしか出来ない奴は────何故か笑ったんだ。

まるで、何か悪いことを企むみたいに……。


 妙な胸騒ぎを感じた僕は考えるよりも先に飛び出していた。

奴に近づこうとするシオン先生を後ろへ押しやり、直感に押されるまま左手に持つ魔法陣を発動させる。

僕の前に半透明の分厚い壁が出来た瞬間────奴の体がドカンッと音を立てて爆発した。


「なっ!?爆発……!?いや、自爆か!?って、そんなことより!ルーカスくん、無事かい!?」


 背後から焦ったような声が聞こえたかと思えば、ポンッと肩を叩かれる。

シオン先生の無事を確信しながら、後ろを振り向けば、困惑を露わにする武人が目に入った。

シオン先生が怪我一つしていないことに安堵し、血や肉がべっとりついた結界をおもむろに解除する。

鉄の香りが充満するこの部屋で、テロリスト達は全員血を流して倒れていた。

仲間の自爆に巻き込まれて、他の奴らも死んでしまったらしい。


 まあ、結局は殺す予定だったし、手間が省けて良かったけど、これは一体……?何故、爆発なんか……。

奴らの手足は完全に拘束していた。爆発物を取り出すことなんてなかった筈だ。ということは時限式か……?僕らがここに来ることを察して、事前に爆発の準備を……?いや、いくら何でもそれは無理がある。それに事前に知っていたなら、僕らの奇襲にもきちんと対応していた筈だ。

となると、残された方法は一つ……。


「─────魔法か」


 口を突いて出た言葉は嫌ってほど現実味を帯びており、僕は爆発直前の記憶を手繰り寄せる。

あの時はシオン先生を庇うのに必死で周りのことなんて見ていなかったが、うっすらと赤い光が見えた気がした。

もし、その光が魔法陣の放つものだとしたら……一応辻褄は合う。


 だが……魔法陣なんて、一体どこから?魔法を放つ動作はおろか、魔法陣を組み立てる気配すらなかったのに……。


 考えれば考えるほど不自然な点が多い爆発に頭を悩ませていれば、シオン先生が自爆した奴の死体……というか、血肉に近づいた。

人間の原型すら留めていない遺体を前に、シオン先生は何かを拾い上げる。

それは────爆発によって飛び散った奴の皮膚の一部だった。


「シオン先生、テロリストとはいえ、死んだ方の体を勝手に弄るのは……」


「罰当たりだってことは十分承知しているよ。でも、ちょっと気になることがあってね……ほら、これを見て」


 いつになく真剣な表情でこちらを見つめるシオン先生に促され、仕方なくその皮膚に視線を移す。

運良く綺麗に残ったのか、その皮膚は多少焦げているだけで目立った汚れや傷はない。

ただ一つ、普通と違う点を挙げるとすれば────皮膚に赤い線のようなものが彫られていることだろう。


 タトゥーだろうか?でも、それにしてはちょっと形が変なような……?これは絵と言うより……文字だ。


「────って、まさか……!?」


 脳裏に過ぎったある仮説に、僕は戦慄を覚えた。

否定に走る心と肯定に走る思考がせめぎ合い、僕の中で葛藤が生まれる。

様々な感情で入り乱れる中、僕はクッと眉間に皺を寄せた。


「シオン先生、この人はもしかして────自分の体に(・・・・・)魔法陣を書き込んでいたんですか?」


 そう問いかければ、シオン先生は『恐らくね』と言って頷く。

そして、手に持つ皮膚の一部をそこら辺にポイッと投げ捨てた。


 体に魔法陣を刻む行為は禁止こそされていないものの、かなり危険な行為だ。

害のない魔法ならともかく、攻撃系の魔法陣を体に掘ってしまうと、取り返しがつかない……。何かの拍子にうっかり魔力を流してしまい、暴発でもしたら……考えるだけでもゾッとする。

しかも、後になって消すことも出来ないため、余程の勇気と度胸がなければ出来ないことだった。


 元は和の国の呪符から着想を得て開発された方法だけど、隷属用の魔法陣を人間に彫って奴隷にしたり、暴発事故が多発したため、自然とやる人が少なくなった。

特に奴隷制度が廃止されてからは……。


「未だにこの方法を活用している人が居るなんて……しかも、自爆用に」


「これからは自爆にも気をつけないといけないね。さっきはルーカスくんが気づけたから良かったけど、次もそうとは限らないし」


 『まあ、庇われた僕が言うのもなんだけど』と言って、シオン先生はヘラヘラ笑う。

緊張感なんて微塵も感じさせない彼の態度に苦笑を漏らしながら、扉の方を振り返った。


 次は東階段の奴らを相手にしないといけないのか。戦闘続きで嫌になるけど、こればっかりはしょうがないね。

そういえば、他の生徒達はどこに行ったんだろう?一階には居ないようだけど……上に居るのかな?


 何の気なしに天井を見上げれば、ふと────西階段の方から急激な魔力の高まりを感じた。

反射的にそちらへ目をやり、じっと壁を見つめる。


 どこか見覚えのある魔力だった……。でも、相手の魔力が膨大すぎて、分析が追いつかない!


「まさか、敵にこれほどの手練が……?」


 『勝てない』と直感で分かるほど膨大な魔力を持つ人物に、想いを馳せる。

すると、シオン先生がポンポンッと僕の背中を叩いた。


「大丈夫だよ。さすがに誰かは分からないけど、恐らく学校関係者の魔力だから」


「えっ?じゃあ、シオン先生もあの魔力に見覚えがあるんですか?」


「まあね。だから、心配はいらないさ」


 そう言って、ニッコリ微笑むシオン先生に安心し、肩の力を抜く。

警戒心を解く僕はロウソクの炎を消すみたいに一瞬で消えた膨大な魔力に、思考を巡らせる。


 言われてみれば、僕らの知っている魔力の持ち主が敵である可能性はかなり低い。

裏切り者でもない限り、有り得ないことだった。


 魔力の持ち主には興味があるけど、それは後回しにしよう。今は前に進むことだけを考えなくては。


「シオン先生、東階段の奴らを倒して二階に行きましょう」


「そうだね。もうそろそろ行こうか」


 僕らは互いに頷き合うと、大量の血で汚れた教室を後にし、近くの東階段へと向かった。

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