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第48話『保健室《ルーカス side》』

 シオン先生と共に校舎の近くまで来ていた僕は正面からの戦闘を避けるため、玄関前を迂回する。

テロリスト達に見つからないよう細心の注意を払って、建物に駆け寄った。


 夏を目前に控えた今なら、どこか一つくらい窓が開いている筈……。そこから侵入すれば、無駄な戦闘をせずに済む。


 一階にある教室を一つ一つ見て回り、窓が開いているかどうか確認する僕達はかなり気が()いでいた。

そんな中、先頭を歩くシオン先生がある教室の前で足を止める。


「あっ、ここ開いているね」


 そう言って、教室の窓を外側からガラガラと開ける先生はホッとした様子で息を吐いた。


「いやぁ、窓の開いている教室が見つかって良かったよ。このままじゃ、窓ガラスを割ることになっていたから」


「窓ガラスを割るって……それじゃあ、こっそり侵入する意味がないじゃないですか」


 規格外の脳筋思考に、思わずツッコミを入れてしまう。

『はぁ……』と溜め息をつく僕の横で、シオン先生は『あははっ!確かにね〜』と呑気に笑っていた。


 シオン先生のマイペースさと脳筋思考には相変わらず、ついていけないよ……。まあ、彼が有能なのは間違いないけどね。


「とりあえず、さっさと中に入ろうか。見回り役の奴に見つかっても面倒だしさ」


 ピンッと立てた親指で全開にした窓を指さすシオン先生にコクリと頷く。

そして、僕達は軽い身のこなしで壁を乗り越え、窓から校舎の中へと侵入した。

出来るだけ物音を立てないよう注意しながら、全開にした窓をゆっくり閉める。

ついでに中の状況が見えないよう、カーテンもしておいた。


「どうやら、ここは保健室みたいだね。薬品とアルコールの匂いがするよ」


 シオン先生の声につられるまま後ろを振り返れば、暖色系の色で統一された空間が目に入る。

薬品棚と幾つものベッドが並べられるこの部屋は女性向けの可愛らしい小物で溢れていた。


 保健室は相変わらず、オリビア先生(・・・・・・)の趣味で凄いことになっているね。まあ、仕事に支障はないから、誰も口うるさく注意したりしないけど。


 ────オリビア・グラント。

フラーヴィスクールの保健医で、治癒魔法に長けた魔導師だ。

授業中に怪我をした時は大抵ここに運ばれ、オリビア先生の治療を受ける。余程の大怪我じゃない限り、彼女の治療で事足りた。


 物凄い可愛いもの好きという点を除けば、親しみやすい良い先生だ。外見も小柄で可愛らしいし、生徒からの人気も高い。


「毎回思うけど、ぬいぐるみや可愛らしい置き物が多すぎて保健室じゃないみたいだよね。女の子の部屋にお邪魔しているみたいで、緊張しちゃうな〜」


 緊張感なんて全く感じられない陽気な態度で、シオン先生は室内をグルッと一周した。

そして、オリビア先生がいつも座っているデスクに近づく。

割りと綺麗好きなオリビア先生にしては珍しく、机の上が荒れていた。

ウサギの置き物が倒れ、作成途中と思われる書類が無造作に置かれている。おまけにインク瓶が蓋を開けたまま倒れていた。

そのせいで机の上は酷い有様だ。


 オリビア先生が倒れたインク瓶をそのままにするとは思えない……。

たとえ、急いでいたとしてもきちんと拭いていくだろう。つまり────。


「────オリビア先生もテロ犯に襲われたんですね」


 確信を滲ませた声色でそう呟けば、シオン先生は『恐らくね』と言って頷いた。

そして、汚れることも厭わず、机上にぶち撒かれたインクに触れる。


「インクが既に乾いている……襲われたのは結構前だね。それこそ、グラウンドの上空にドラゴンが現れた時くらい前だと思う」


「ということはテロの開始と共に襲われた、と?」


「そう考えるのが妥当だろう」


 難しい顔つきで頷くシオン先生はインクの上から手を退ける。

先生の言う通り、インクは完全に乾いており、彼の手は綺麗なままだった。


 テロの始まりと共に襲われたってことは、テロリスト達は保健室の場所を知っていたことになる。テロの規模もそうだけど、フラーヴィスクールの内部情報まで入手しているなんて……かなり厄介だ。並のテロ集団が出来ることじゃない。


「一体、誰が裏で糸を引いているのやら……」


「さあね。でも、これだけ大掛かりなテロを計画したってことは相当デカい組織だと思うよ」


 そう言って肩を竦めるシオン先生は懐から短刀を取り出した。


「それより、早く先へ進もう。さっき部屋のベッドを全て確認してきたけど、一つだけ人が寝ていたような痕跡が残っていたんだ。もしかしたら、オリビアくんはその生徒を庇って捕まったのかもしれない。保健医とはいえ、フラーヴィスクールの教師がそう簡単にやられるとは思えないからね」


「生徒を人質に取られて、やむなく降参って訳ですか。やること成すこと本当に汚いですね」


 一瞬だけ顔を顰めた僕はテロ集団の卑劣さにチッと舌打ちした。

僕は自分のことを正義感溢れる善人だとは思わないが、それでも超えちゃいけない一線はきちんと守っている。

子供を人質に取って教師を脅すなんて、許されることじゃなかった。


 まあ、テロリストに人道や道徳心を求めるだけ無駄か。そんなものがあるなら、最初からこんなことしないだろうし。

それより、今はオリビア先生と生徒の保護に専念しよう。


 雑念を振り払うように僅かに首を振ると、僕は足音を立てないよう注意して出口に向かう。

一足先に扉へ辿り着いたシオン先生は周囲の様子を窺うように扉からひょっこり顔を出す。

息を押し殺して耳を澄ます彼は十秒ほどしてから、顔を引っ込めた。


「向かい側の教室におよそ十人……それから、東階段に四人。東階段はさておき、向かい側の教室にいる人達は倒さないといけないね。このままじゃ、身動きが取れない」


 まさか、こんなに近くにテロ集団が居るとは思わず、僕は目を見開く。

シオン先生もこれは予想外だったようで、顎に手を当てて考え込んでいた。

僕達の間に僅かな沈黙が流れる。


 迷っている暇はない。こうしている間にも生徒や先生達が危険な目に遭っている。

だけど、二対十は正直かなり厳しい……。


「シオン先生の最大火力で一網打尽にすることは出来ませんか?」


「う〜ん……出来なくはないけど、さっきの戦闘でかなり魔力(覇気)を使っちゃったから、後が厳しくなるかもしれない。少なくとも、しばらく魔法が使えなくなるかな?」


 申し訳なさそうな表情を浮かべ、『不甲斐ない先生でごめんね』と謝るシオン先生に、僕は小さく首を振った。


 そう言えば、シオン先生はさっきドラゴンのブレスを炎魔法で受け止めていたね。

あれはかなり魔力を消耗しただろうし、魔力に余裕が無いのも頷ける。むしろ、あれだけ魔力を使っておいて、最大火力を放てることに驚きだ。


 後々のことを考えれば、先生の魔力は温存しておくべきだ。シオン先生は生身の状態でも十分強いけど、最後の切り札として魔法は残しておきたい。


「シオン先生、短刀で攻撃を仕掛けるとして……何人まで戦闘不能に出来ますか?」


「人の配置にもよるけど、奇襲なら三人……いや、四人はいけるよ。その代わり、命の保証はしかねるけど……」


 『手加減は出来ない』と遠回しに口にしたシオン先生に、僕は『それで構いません』と返す。

素早く……そして、確実に相手を戦闘不能にするには殺すのが一番手っ取り早いからだ。


 それにシオン先生は暗殺系の立ち回りと技術を身につけているから、生かした状態で戦闘不能にするのは難しい筈……。

彼は上手く隠しているつもりだろうけど、生徒との組手で迷うような動作を見せることがある。殺すためのテクニックや急所は覚えているけど、殺さずに倒すにはどうすればいいのか分からないって様子だった。


 敗戦国の王女であるイザベラはさておき、他の奴らはこの場で殺しても構わない。

テロの首謀者や幹部連中は出来るだけ生け捕りにして欲しいけどね。


「仮にシオン先生が四人を戦闘不能にしたとして……あとは六人ですか」


「動きを止めてくれれば、僕が片付けるよ。ルーカスくんは防御向きの人間だから、攻撃は苦手だろう?」


 なんて尤もらしい理由を並べながら、シオン先生は僕を殺人から遠ざける。

言葉にはしないが、僕に人殺しをさせるのは抵抗があるようだ。


 軍人になれば、いずれ体験することだけど、今じゃなくてもいいってことか。

シオン先生は存外子供に甘いね。まあ、でも率先して人を殺したいとは思わないし、今はその厚意に甘えておこう。


「分かりました。その作戦で行きましょう」


 彼の提案に頷き、了承の意を示すと、僕は大急ぎで魔法陣を組み上げる。

右手には足止め用の魔法陣を、左手には防御用の魔法陣を構築した。


 これで準備は完了だ。さあ、テロリスト狩りと洒落こもうか。


 ドクドクと脈打つ心臓を宥める中、シオン先生が鞘から短刀を引き抜く。

静まり返った空間に鳴り響く秒針の音を合図に、僕らは一斉に駆け出した。

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