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第47話『西階段』

 西階段を目指す私は足早に廊下を駆け抜け、目的の場所の前まで来ていた。

廊下の陰から様子を窺えば、階段の踊り場で待機する黒ずくめの集団が目に入る。

私の読み通り、ここに居たのはテロ犯の仲間だったらしい。


 じっくり痛めつけている時間はないし、さっさと片付けるか。


 ルーカス達と鉢合わせる可能性を考慮し、私はそのまま階段の前に飛び出す。

青い布を被った謎の人物の登場に、黒ずくめの集団は瞬時に武器を構えた。

警戒心を露わにする彼らの手には拳銃が握られている。


「階段前の(ひら)けた場所で集団による一斉発砲か……並の人間なら、回避不可能だろうが、私には通用しないぞ」


 集団リンチとしか言えない現状を目の当たりにしても、私は一切動揺しなかった。

『所詮、小細工に過ぎん』と言い切った私の前で、四人のテロリストが銃を発砲する。

放たれた四つの銃弾は完璧に私を捉えていた。


 小さな弾にスピードと威力を凝縮した銃弾は魔法使いにとっても、剣士にとっても脅威だ。

結界を張っても貫通する恐れがあるし、余程の身体能力がなければ躱すことも剣で弾くことも出来ない。まさに実力者殺しの絶対兵器……そして、魔法や剣が使えない人でも簡単に人を殺せる悪魔の武器だ。

モーネ国が一般人の所持を禁じているのも、それが理由だった。


 だが、しかし……そんな銃弾より遥かに強力で、速い攻撃を何度も受けてきた私には────。


「────一切通じない」


 そう言い切るのと同時に、私に向かって放たれた全ての銃弾がカランッと音を立てて床に落ちた。

火薬の匂いが鼻を掠める中、私を殺したと確信していたテロリスト達が目を剥く。

『有り得ない!』とでも言いたげな表情で、彼らは落ちた銃弾を凝視した。


 予想外の事態に直面した時の対応の仕方がなっていない。所詮は三流以下か。

まあ、現代ではこれが一流と呼ばれているのかもしれないが……。


「フッ……人類の衰退もここまで来ると、喜劇だな」


 誰に言うでもなくそう呟くと、私は右腕を横にスライドさせた。

その拍子に巻き起こった風を魔法で強化し、風の刃を作り出す。

ブーメランのように飛んでいく刃はテロリストの一人に突き刺さった。

奴の横腹から、ブシャッと真っ赤な血が吹き出る。


「まずは一人……」


 カハッと大量の血を吐いて倒れるテロリストを一瞥し、私は指を指揮者のように動かした。

すると、奴の横腹に突き刺さっていた風の刃が血肉から自身を引き抜き、再び宙に浮く。

真っ赤な血を滴らせる風の刃に、黒ずくめの集団は恐怖を露わにした。

だが、直ぐに正気を取り戻し、左手には銃を、右手には短剣を持つ。


 ほう……?倉庫で会った奴とは違い、死ぬ覚悟は出来ているようだな。犯罪者としての心構えくらいはあるみたいだ。

まあ、だからといってやることは分からないが……。


 口元に緩かな弧を描く私はピンッと立てた人差し指をテロリストの一人に向けた。

すると、血に濡れた風の刃が私の思いに応えるようにそいつの元へ向かっていく。

運悪く“二人目”に選ばれたその人間はダンダンと続けざまに二発の銃弾を放つが……風の刃に敵う訳がなく、あっさり弾かれてしまう。

空気を圧縮したその刃はダイヤモンドと同等か、それ以上の硬度を持つため、拳銃程度では相手にならなかった。


 ロケットランチャーくらいの威力なら傷をつけられるかもしれんが……壊すことは不可能だな。

なんてったって、私────戦姫が作った風の刃なのだから。


「っ……!!くそっ……!!」


 思わずといった様子で暴言を口にするその人物は拳銃を懐に仕舞い、短剣を構えた。

向かってくる風の刃を剣で受け止めるつもりらしい。


「くくっ!実に愚かだな」


 銃弾すらあっさり弾いた風の刃に普通の剣が敵う訳ないのに……。


 とは言わずに、私は愉快げに目を細めた。

爛々と輝く深紅の(まなこ)に映ったのは────紙でも切るかのように風の刃に切り刻まれる短剣の姿だった。

やはりと言うべきか、普通の短剣では風の刃を受け止めきることは不可能みたいだ。


 一度も止まることなく、真っ直ぐ向かってくる風の刃を前に、テロ犯の仲間は慌てて短剣を手離すが……時すでに遅し。

短剣の刃部分を完全に両断した風の刃が奴の首を無慈悲に撥ねた。

ゴトンッと音を立てて、奴の生首が床に落ちる。切り離された胴体は横に倒れ、そのまま階段を転げ落ちてきた。

切られた断面はギロチンを使ったかのように美しい。


 風の刃は使い勝手が良くて、いいな。前世では誰かを切ったり、首を撥ねたりする時は妖刀血桜を使っていたため、この便利さに気づけなかった。どの道、この体では刀など握ることが出来ないし、刀の代わりとして風魔法を極めるのもいいかもしれない。


 そんなことを考えながら、私は一歩後ろへ下がり、首を少し右へ傾けた。


「気配の消し方が甘い上、殺気が隠し切れていない。奇襲を意識するなら、もう少し隠密に気を使うべきだったな」


 私は突然襲い掛かってきた人物を見上げ、平坦な声でそう告げる。

私の左頬スレスレには奴の短剣があった。


 西階段に配置された見張りはあと二人……。

一人は馬鹿正直に接近戦を挑んできたが、もう一人は……。


 目の前に立つ黒ずくめの人間を一瞥し、周囲に視線をさまよわせれば────左頬に添えられた短剣が私の首をはねようと、横にスライドされる。

少し膝を折って、それを回避した私は軽やかなステップを踏んで奴の後ろへ回った。

『電流でも流して感電死させてしまおう』と思い、奴の裏腿に手を伸ばすが……(すんで)のところで手を引っ込める。

刹那────横から水の矢が飛んできた。

テロリストの裏腿スレスレを通り過ぎた矢は勢いよく壁に突き刺さる。

矢の飛んできた方向を向けば、そこにはもう一人のテロリストが居た。


 魔法使いが居たのか……倉庫の奴も正面玄関の奴らもみんな物理攻撃派の人間だったから、てっきり魔法使いは仲間に居ないのかと思っていたが……拠点となりそうな場所に戦力を集中させていただけか。

戦闘が可能な段階まで行き着いた魔法使いは貴重だからな。


 この世に存在する生物はみな大なり小なり魔力を保有しているが、魔法を使える者はあまり多くない。

実践段階に到達していても、日常生活の手助け程度にしかならない者が多かった。

私の周りは優秀な者ばかりでたまに忘れそうになるが、戦闘可能段階まで行く着く魔法使いは多くなかった。


 だから、戦闘段階まで登り詰めた魔法使いは大変貴重で、重宝されている。

まず食いっぱぐれることはないし、割りとどこでも働ける。そのため、犯罪者側に寝返る者は少ないが……たまにこういう物好きが居るんだよな。


 大急ぎで魔法陣を構築する魔法使いを見つめながら内心溜め息を零していると、前衛を担うもう一人のテロリストが再び動き出した。

少し腰を捻り、真後ろに立つ私に回し蹴りをかます。

だが、その程度の攻撃をまともにくらう私ではなく……。


「ぐっ……!!」


 私の顔面に迫った奴の左足は直撃する前にパンッと音を立てて弾けた。

風船が割れたみたいに肉や血が周囲に飛び散る。

至近距離で奴の足を破裂させたからか、青い布に真っ赤な血がべっとり付いてしまった。


 布が汚れたのは残念だが……この芳醇な鉄の香りは実にいい。私の気分を高揚させてくれる。


「出来れば、もう少し遊びたいところだが……時間に余裕がなくてなぁ。もうそろそろ、この茶番を終わらせてもらう」


 うっそりと目を細め、不敵に笑う私は己の魔力を高めた。

危機を察知した魔法使いが慌てて水の矢を飛ばす。だが、しかし……私が少し手を振るだけで水の矢はただの水に変わり、ベチャッと床に落ちた。

床に小さな水溜まりが出来る中、左足を失ったテロリストの一人が呻き声を上げてその場に倒れる。

その拍子にバシャッと小さな水飛沫が上がった。


「殺す前に礼を言っておこう。私を楽しませてくれて、ありがとう────無様で、愚かなテロリスト達よ」


 そういうが早いか、私を中心に真っ白な冷気が広がり────辺り一面を凍り付かせた。

一階の階段下から踊り場まで真っ白な氷で固まり、私に最後まで抵抗した二人はもちろん、風の刃で倒された他のテロリスト達も凍っている。

麗らかな春とは程遠い寒さがこの場を支配していた。


 氷系の最上位魔法────コキュートス。

生物・無機物関係なく全てを凍らせる絶対的氷結魔法だ。やったことは無いが、この魔法なら太陽すらも凍らせることが出来るらしい。


 テロリスト相手にコキュートスは少し勿体なかったかもしれないが……まあ、いいだろう。

魔力はまだ……というか、全然余裕がある。コキュートスなら、あと五回は使えるな。


 大量の魔力を消費するコキュートスを使っても、まだピンピンしている私は階段を見上げる。

私の魔力探知が正常に発動しているなら、二階には一階の比にならないくらい多くの人間が居た。

その人間達が敵かどうかはさておき、だ。


 三階の実験室に他より明らかに強い魔力反応がある。恐らく、そこにテロ犯の首謀者……もしくはこのテロを指揮するリーダーが居るのだろう。

ルーカス達のこともあるし、二階の敵には拘らず、一気にメインディッシュまで行くか。

横取りなんてされたら、たまったものじゃない。


「とりあえず、二階に上がってみるか」


 誰に言うでもなくそう呟くと、私は二階へと繋がる階段に足を掛けた。

────凍らせたせいで滑りそうになったのは余談である。

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