第45話『油断禁物《ルーカス side》』
イザベラと僕らの間に激しい火花が飛び散る中、シオン先生が呪符を構える。
津波のような模様が書き込まれたそれは水属性のものだと推測出来た。
和の国の魔法は便利だね。魔法陣を描く手間が省ける分、魔法発動までのスピードが早いんだから。その代わり、手元の呪符が切れたら一気に不利になるけど……。
「僕が彼女の動きを止めている間にルーカスくんは捕縛用の魔法陣を組んでくれるかい?実は今、捕縛用の呪符がなくてね……それに僕は捕まえるより、殺す方が得意だから」
「サラッと、とんでもない事を言いますね」
シオン先生の問題発言に思わずツッコミを入れるが、彼は笑顔で肩を竦めるだけだった。
賛否を避ける先生の態度に苦笑を漏らしつつ、僕は指示通り、捕縛用の魔法陣を構築していく。
敵の前で堂々と作戦会議をする僕らに、イザベラはクッと眉間に皺を寄せた。
「敵の前で作戦会議なんて、随分と余裕があるのね。その作戦の裏をかかれるとは思わないの?」
そう言って、懐に手を突っ込むイザベラに、シオン先生は『ははっ!』と笑い声を上げた。
「聞かれていても問題ないさ。だって────君はそれほど強い相手じゃないから」
策を練る価値もないと吐き捨てたシオン先生は『何ですって!?』と叫ぶイザベラに呪符を投げつけた。
和の国に伝わる魔法発動方法は世界的にも有名だからか、イザベラは呪符を警戒し────懐から取り出した拳銃で撃ち抜く。
ダァン!と音を立てて発射した弾は呪符の真ん中に穴を開けた。
懐に手を入れた時点で何か武器を隠し持っているとは思っていたけど、まさか拳銃だったなんて……これはちょっと予想外だね。
銃は軍の人間しか所持出来ない筈だけど……一体どうやって手に入れたんだか。
少なくとも、敗戦国の王女がそう易々と手に入れられる代物じゃない。このテロの首謀者はイザベラかと思っていたけど……その可能性は低くなって来たね。
「よし!呪符は撃ち抜いた!これで魔法は使えないわ!」
頬を紅潮させるイザベラは喜びを隠し切れない様子だった。
シオン先生の手札を潰せたことに達成感を感じているらしい。
『このまま押し切れば行ける!』とでも思っているのだろう。
頭は悪くない筈なんだけど……圧倒的に経験が足りないみたいだね。誰も呪符が一つだけなんて言ってないよ。
それに何より────シオン先生は考えなしに呪符を無駄使いする人じゃない。
「────嬉しいのは分かるけど油断禁物だよ、イザベラ」
独り言に近い小さな声でそう呟けば、シオン先生が彼女の背後を取った。
「やあ、元王女様」
「なっ……!?何で貴方が……!?」
驚きを隠せないイザベラを前に、シオン先生はニッコリ微笑むと、彼女の両腕を掴む。
女性だろうと容赦しない彼は思い切り手首を捻り上げた。
その拍子に、イザベラの手から拳銃が零れ落ちる。
地面に落ちた拳銃を先生は素早く蹴り飛ばし、遠くへやった。
どうやら、イザベラは喜びのあまり注意が散漫になり、背後に回るシオン先生の気配に気づけなかったようだね。
戦場で気を抜くなんて、普通じゃ考えられないよ。やっぱり、君はどこまで行っても温室育ちのお姫様みたいだね。
「嫌っ!!離して!!私はまだ捕まる訳にはいかないの!!」
シオン先生に両腕を拘束されたイザベラは金切り声を上げながら、先生の脛や太腿を蹴りまくる。
自分の置かれている状況を理解していない元王女は悪足掻きを続けた。
まるで子供の癇癪だね。見ていられないよ。
「はいはい〜。暴れないでね。それ以上暴れるなら、足の骨を折っちゃうよ」
「っ……!!」
「こっちもあんまり余裕がないから、手段を選んでいられないんだよね。君らのせいで生徒達が危険に晒されているからさ」
軽い口調とは裏腹に声はいつもより低く、真剣味を帯びていた。
『この人は本気だ』と本能的に悟ったイザベラは恐怖のあまり身を竦める。
シオン先生は大人しくなった彼女を満足気に見下ろし、こちらへ目を向けた。
「ルーカスくん、捕縛用の魔法陣はもう出来ているかい?」
「あっ、はい。いつでも発動出来ます」
「了解。じゃあ、早速頼むよ」
「分かりました」
コクリと頷いた僕は構築し終わった魔法陣をイザベラの方に投げた。
緑色に光る魔法陣を前に、黒髪の女性はビクリと肩を震わせる。
傷つける勇気はあっても、傷つけられる覚悟はないのか、彼女は瑠璃色の瞳に不安と恐怖を露わにした。
なんと言うか……どこまでも中途半端な女だね。幻影魔法や射撃の腕は見事だったけど、中身が幼い故に危なっかしい。
でも、その危うさに救われた部分はある。もし、彼女が中身も完璧な復讐者だったら……僕らはもっと手こずったかもしれない。
「大地の守護者よ 今一度、我の呼び声に応えたまえ 我、汝の力を欲する者なり────マナイーター」
魔法陣に魔力を流しながら、そう唱えれば────魔法陣の中から親指サイズの種が出てきた。
その種は目の前にいるイザベラの額に当たり、まるで沈むように彼女の体の中へ入っていく。
『ひっ!』と彼女が小さな悲鳴をあげる中、体内に入った種は急成長し、根を張った。
「さあ、出ておいで」
ふわりと柔和な笑みを浮かべ、そう声を掛ければ────イザベラの手足から無数の蔓が現れる。
毛穴を通して外に出た蔓は髪の毛のように細長く、まるで生き物のようにウネウネと動く。
そして、恐怖のあまり失禁する元王女を意図も容易く縛り上げた。
「しっかり、口も塞いでね。ドラゴンに助けを求められると、厄介だから」
そう指示を出せば、従順な蔓たちはイザベラの口元も覆う。
状況を上手く呑み込めない様子のイザベラはポロポロと大粒の涙を流しながら、『んー!』と唸った。
色んな意味でやばい光景が広がる中、イザベラから手を離したシオン先生が苦笑を浮かべる。
「これは何の植物だい?見たところ、食人植物ではなさそうだけど……」
「あれはマナイーターですよ。魔力を主食とする植物で、ああやって人や動物に寄生して魔力を吸い上げるんです。通常なら、魔力を吸い尽くした時点で対象から離れるんですが……そこら辺は僕が調整しています。まあ、一日もすれば自然に解けると思いますよ」
「なるほど……身動きを封じるだけでなく、魔法が使えないよう魔力を無力化しているのか。これは驚いたなぁ」
感心したようにそう呟くシオン先生は顎あたりを撫でながら、マナイーターを観察する。
だが、マナイーターの餌食となったイザベラはそれどころじゃない。
死ぬ可能性はないと説明されてもやはり不安なのか、何か言いたげな目でこちらを見つめていた。
悪いけど、君の話に耳を傾ける気はないよ。シオン先生が言ったように僕らにはあまり余裕が無いからね。
「シオン先生、イザベラのことは放置して中に入りましょう。例の爆発がテロ犯の仕業だった場合、校内にテロの仲間が集中しているかもしれません」
「そうだね。先を急ごうか」
蔓でグルグル巻きにされたイザベラには目もくれず、僕達は身を翻す。
後ろから『んー!』という唸り声が聞こえるが、それに反応することはなかった。
僕らの最優先事項はテロ犯の鎮圧と生徒の保護だ。敗戦国の王女に構ってやる暇はない。
ドラゴンとイザベラをその場に放置した僕達は周囲を警戒しながら、校舎内へと向かった。