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第42話『変化』

 飛竜として知られるレッドドラゴンは学校の上空を飛行し、大きく口を開けている。

奴がブレスの準備をしているのは明白だった。


 な、何でここにレッドドラゴンが……!モーネ国では、街中の飛行を禁じている筈……!ブレスに関しては軍事利用を除き、全面的に禁止していると聞いた!

そもそも、王都内にある学校までどうやって来たんだ!?普通なら、ここに来る前に見つかり、衛兵に捕らえられている筈……まさか────ドラゴンを完全に見えなくさせるほどの幻影魔法の使い手でも乗っているのか!?


 優秀な魔法使い、レッドドラゴン、先程の爆発、そして────あちこちから感じる人の気配……恐らく、これは────フラーヴィスクールの生徒を狙った大規模なテロだ!


 チッ……!油断した……!

随分と前から、見知らぬ気配を複数探知していたが、学校の関係者だろうと思い込んでいた……!


 ギシッと奥歯を噛み締め、手を握り締めていると、ついにレッドドラゴンが高熱の炎を吐き出す。

真っ赤な炎は私達の元へ真っ直ぐ向かってきた。


 相殺するのは簡単だが、ここはあまりにも人目が多すぎる……だが、死んでしまっては元も子もない。やはり、ここは氷結魔法で相殺するべきか……?いや、でも……。


「────ブレスは僕に任せて、君達は散らばりなさい!」


 シオンの切羽詰まったような声が聞こえたかと思えば、つるっパゲの男が上空を飛んでいた。

生徒とブレスの間に割って入る彼の手には呪符が握られている。


 呪符とは術式が書き込まれた御札のことで、和の国に古くから伝わる魔法使用方法の一つだ。

あれは私達がよく使う魔法陣の役割を果たしており、呪文を唱えることで発動する。


 あいつが今、持っているのは恐らく炎系の呪符だ。通常であれば、炎を相殺するときに使うのは水系の魔法だが、ドラゴンのブレスとなると話は違ってくる。

高温の炎に水が触れると、水蒸気爆発を引き起こす可能性があるからだ。

周りに被害が出ないようブレスをやり過ごすためには、ブレスと同等かそれ以上の火力で押し返すしかない。


 だが、シオンにそれが可能なのか……?

1000年前に会った武人なら可能だろうが、魔法文化が衰退した現代でそれが出来る武人が居るとは思えない……。

和の国はモーネ国と比べ、昔の技術や知識がそれなりに受け継がれているが、実力までも同じとは限らなかった。


 どうする……?やはり、シオンに手を貸すか?それとも、奴を信じて任せるか?


 ギュッと拳を握り締め、葛藤を繰り広げていると────不意に体を持ち上げられた。

『え?』と声を上げる暇もなく、そのまま抱き抱えられる。


「────アンナ・グラント、一緒に来い。ここから逃げるぞ」


 聞き慣れた声が耳を掠め、慌てて顔を上げれば、直ぐそこにライアンの顔があった。

整った顔に冷や汗を浮かべる彼は珍しく焦っているようだ。

ライアンに名前を呼ばれたアンナはハッとし、正気を取り戻す。


「で、でもシオン先生や他の人達は……!」


「今は他の奴らにまで気を回す余裕はない!いいから、黙ってついてこい!剣は常に抜いておけよ!」


 ライアンはそう言うと、シオンや他の生徒達を置いて走り出した。

片手で私を抱える彼はもう一方の手で魔法陣を組み立てていく。

学年首席のライアンでも余裕が無い状況なんだと察したのか、アンナは慌てて私達の後を追った。

そんな私達に影響されるかのように、他の生徒達も動き出す。


 他の奴らにまで気を回す余裕はない、か……。

私にはその余裕があるが、赤の他人のために己の夢を捨てる義理はない。

────筈なのだが……どうして、私はこの状況を歯がゆく感じているのだろう?


 生まれて初めて感じた無力感に、私は眉を顰めた。


 グラウンドから遠ざかっていく中、シオンの魔力が高まる気配を感じ取る。

後ろを振り向けば、シオンの発動した(煉獄)とドラゴンのブレスが衝突する様子が目に入った。

炎同士のぶつかり合いは遠目でも分かるほど激しく、火花を飛ばしあっている。


 威力はほぼ互角だが、長期戦に持ち込まれれば、シオンに勝機はない。

あいつの魔力量ではドラゴンのブレスを長時間、止めるのは不可能だ。


 圧倒的不利な状況に歯軋りしていれば、不意にライアンが足を止めた。

『もう安全な場所についたのか?』なんて思いながら、視線を前に戻す。

すると、そこには────黒い布で全身を覆い隠す謎の集団が居た。

見た目からして、学校関係者じゃないのは分かる。


 となると、奴らの正体は恐らく────テロ犯の仲間か。


「チッ……!他の仲間が集まってくる前に一気に仕留めるぞ!」


「は、はい!」


 ライアンが魔法陣に魔力を込める中、アンナが慌てて前へ出る。

剣を構える彼女の前で、黒ずくめの集団が暗器を手に持った。

どうやら、彼らはゴリッゴリの武闘派らしい。今のところ、魔法を使う素振りはなかった。


「風の守護者よ 今一度、我の呼び声に応えたまえ 我は汝の力を欲……っ!」


 詠唱を始めるライアンの前で、黒ずくめの男達が一斉に暗器を投げた。

範囲攻撃に長けた魔法使いから潰そうと考えたみたいで、ライアンの元へ複数の暗器が飛んでいく。

それをアンナが瞬時に弾き落とした。


「ライアンくん達の方には攻撃が行かないようにします!ですから、詠唱を続けてください!」


「あ、ああ!分かった!」


 武器を構え直すアンナの前で、ライアンは改めて詠唱を始める。

この場にピリッとした緊張感が走る中、黒ずくめの男達が本格的に動き出した。

左右に分かれた彼らは、今度はバラバラのタイミングで暗器を投げる。

アンナはそれを持ち前のスピードと怪力で跳ね返した。

黒ずくめの男達はブーメランのように真っ直ぐ戻ってきた暗器を避け、一歩前へ踏み出す。

数の利を生かして一気に叩くつもりなのか、彼らの手には短刀が握られていた。


 見たところ一人一人の実力は大したことないが、いくらアンナでもこの一斉攻撃を防ぐことは出来ないだろう。

一人、二人ならともかく、あまりにも人数が多すぎる。


 焦ったアンナが強化呼吸を使い、私達の目の前に立ち塞がる中────ライアンが彼女の膝裏を思い切り蹴った。

その衝撃でアンナは体勢を崩し、ガタッとその場に膝をつく。

困惑した様子でこちらを見上げるアンナは集中力が乱れ、強化呼吸が解けていた。


「え?あの、ライアンくん……?これって、一体どういう……」


「────ウインドカッター!」


 アンナの言葉を遮るように長ったらしい詠唱を終えたライアンはようやく魔法陣を発動させた。

鎌のように丸みを帯びた風の刃が魔法陣から解き放たれ、私達を取り囲む集団の腸を切り裂く。

ブシャッと真っ赤な血が舞った。


 なるほど……この魔法の巻き添えにならないよう、咄嗟にアンナを蹴り飛ばしたのか。

やり方は乱暴だが、まあ……死ぬよりはマシだろう。


 血塗られた光景が広がる中、一人納得していると、アンナがハッと正気を取り戻す。

そして────足元に転がる男達の死体を見て、顔を青くした。


「ぁ……死んで……」


「殺らなければ、こっちが逆に殺られていた。この程度のことで動揺するな」


 カタカタと震えるアンナに、ライアンは冷たくそう言い放った。

声も表情も氷のように冷たいが、私は知っている……こいつもアンナと同じくらい、震えていることを。

表には出さないが、ライアンも相当ショックを受けているようだ。

恐らく、人の命を奪うのは初めての体験だったのだろう。


 軍人になれば、こんなの日常茶飯事だが、学生には相当堪えるだろうな。

『殺さなきゃいけない状況だった』と、頭では理解していても、心が追いついてこない筈……。

殺しを何とも思わない私とは違うのだから。


「……死体はそのまま放置しておけ。今は自分達の安全を確保するのが最優先だ。行くぞ」


 平静を装う銀髪翠眼の美青年は震える手を強く握り締め、足早に駆け出す。

まだショックが抜けないアンナは青白い顔で私達の後を追い掛けた。

 二人の顔色を窺う私はライアンに抱っこされた状態で、ギュッと胸元を握り締める。


 ライアンとアンナに守られ、このテロをやり過ごす……これが最善の道なのに、どうしてこんなに気分が悪いのだろう?

他人のことなんて、どうでもいい筈なのに……純粋な好意を寄せてくるこいつらのことを思うと、変な気持ちになる。

人はこの感情になんて名前を付けるのだろうか。


 よく分からない感情に支配される私は通さがっていくグラウンドを見つめながら、そっと目を閉じた。

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