第41話『異変』
結局、その日リアムとウィリアムが帰ってくることは無く、学生組の私達は次の日を迎えていた。
ライアンやルーカスと共に馬車に揺られる私はチラッと窓の外へ視線を向ける。
今日も監視の奴が居るみたいだな。
さすがに手練の騎士が常駐する公爵家に入ってくるような真似はしないが、屋敷外の監視は徹底しているようだ。
昨日より、ちょっと人数が多いな。と言っても片手で数え切れるほどだが……。
恐らく、ライアンやルーカスにも監視を付けているのだろう。幼女の私を警戒して、監視の人数を増やしたとは思えないからな。
鬱陶しい視線に嫌気が差しながらも無視を貫いていると、向かい側に座るルーカスが不意に口を開いた。
「そう言えば、今日は一限目からエリンちゃん達のクラスと合同授業だね。エリンちゃんと一緒に授業を受けるのは初めだから、凄く楽しみだよ」
ふわりと柔らかい笑みを浮かべ、ルーカスは赤い目を細める。
表情こそ笑顔だが、私を値踏みする視線が隠し切れていなかった。
ルーカスのクラスと一緒ってことは、三年のSクラスと合同授業になる訳か。
確か一限目はシオンの授業だから、実践系になりそうだな。前回と同じようにまたトーナメント戦でもするのか?
だとしたら、今度こそライアンとは別のチームがいいな。
「私も凄く楽しみでしゅ!でも、ルーカスお兄しゃまと戦うのは怖いでしゅ……」
胸元をギュッと握り締め、不安そうにルーカスを見つめれば、彼はクスクスと笑みを漏らした。
「ははっ!大丈夫だよ。ちゃんと手加減するから」
「ルーカス兄さんは攻撃よりも防御やサポートの方が得意だから、エリンでもきっと倒せるぞ」
「ライアン、それは言わないお約束だよ!」
銀髪翠眼の美青年を指さし、『もー!』と声を漏らすルーカスは苦笑を漏らした。
文句を言う金髪赤眼の美男子に対し、ライアンは素知らぬ顔で肩を竦める。
すると、ルーカスは『仕方ないな』とでも言うように溜め息を零した。
────と、このタイミングで馬車が止まる。
窓の外を見れば、フラーヴィスクールの校門が目の前にあった。
はぁ……今日も憂鬱な学校生活が始まるのか。
今日はレオンも居ないし、より一層気を引き締めていかなければ。
◇◆◇◆
それから、ライアンと一緒に教室へ向かった私は短いホームルームを終え、グラウンドに集まっていた。
今朝話したようにグラウンドには三年生の姿があり、同級生と楽しそうに会話を交わすルーカスが目に入る。
あいつも所詮はただの子供とでも言うべきか、同級生と戯れる姿は年相応だった。
女性陣の好き好きオーラは半端ないがな……。やはり、あの男は異性にモテるらしい。ちなみにルーカスは魅了を使っていない。つまり、あいつ自身の魅力だけでここまでモテているのだ。
モテるのは知っていたが、まさか士官学校の生徒まで手玉に取っていたとは……。
ライアンもモテない訳ではないが、こいつは近寄り難いオーラがあるからな。フレンドリーなルーカスの方が人気なのだろう。
「嗚呼!ルーカス様、今日も素敵!」
「目の保養だわ〜!」
「唯一の癒しよね〜!」
「むさ苦しいゴリラ共とは大違いだわ〜!」
見た目麗しいルーカスをうっとりとした目で見つめ、口々に褒め称える女性陣は完全に彼の虜だった。
気が緩んでいるとしか言いようがない状況に内心呆れていれば、一人の女子生徒が私の隣に立つ。
「確かにルーカス先輩は綺麗な顔をしているけど、私は断然エリンちゃん派かな。正直、先輩には魅力を感じないし。あっ、でも十歳くらい若返って女装したら……ありかも!」
ルーカスの顔をまじまじと見つめ、そう叫ぶのは幼女趣味のアンナだった。
今日も今日とて、絶好調な彼女は難しい表情で、『むむっ……でも、エリンちゃんの方が可愛い』と呟く。
ルーカスの女装姿とか、想像しただけでやばいな……絶対に似合う。
だって、あの顔だぞ?体格的にちょっと無理があるかもしれないが、そこら辺は服装でカバーすれば、問題ない。多分、王国を代表する美女に変身するだろう。
シミ一つ見当たらない綺麗な顔を凝視していると、不意に金髪赤眼の美男子と目が合う。
すると、ルーカスは蕩けるような甘い笑みを浮かべた。
その影響で、女子生徒が何人か卒倒する。
「エリンちゃん、もう来てたの?手足が短いから、もう少し時間が掛かると思っていたよ」
優雅な所作で私の元まで歩いてきたルーカスは少し屈んで、私と目線を合わせる。
緩やかに口角を上げた金髪赤眼の美男子に、私も笑顔で応じた。
「ライアンお兄しゃまが抱っこで運んでくれたんでしゅ!授業に遅れたらいけないからって!」
「へぇ?あのライアンが……」
興味深そうに目を細めるルーカスは何食わぬ顔で私の隣に立つライアンに、チラッと視線を送る。
だが、当の本人は我関せずといった態度で、沈黙を貫いた。
実の弟に無視されたルーカスは気を悪くするでもなく、クスクスと笑っている。
恐らく、彼らにとってはこれが日常なのだろう。
ライアンは基本的に無愛想だからな。リアムのような天然さはないが、中身はよく父親に似ている。
「ライアンは本当に相変わらずだね。エリンちゃんに向ける優しさを僕にも分けて欲しいよ」
そうぼやく金髪赤眼の美男子は残念そうに肩を竦める。
────と、ここで校舎の方から見覚えのある人物が駆け寄ってきた。
紺色の甚平に身を包むその人物は禿げた頭で太陽の光を反射させる。
「いやぁ、遅れてすまないね。具合の悪い生徒を保健室まで運んでいたら、いつの間にかこんな時間になっていて……」
『すまない』と言う割に笑顔な彼は────一限目の授業を担当するシオンだった。
後頭部に手を当てる彼は軽い足取りで、私達の前に立つ。
それを合図に、三年生と一年生はそれぞれ整列した。
「欠席した子は居ないみたいだね。じゃあ、早速授業を始め……」
欠席者0の状況に満足げに笑い、授業を始めようとするシオンだったが────彼の言葉は爆発音によって、かき消された。
ドカンッという物音と共に強風が吹き付け、黒い煙が広がる。
どこかで爆発が起きたのは明確で……慌てて顔を上げれば、校舎に火の手が上がっていた。
どうやら、爆発が起きたのは学校の中らしい。
グラウンドに居た私達には特に影響はなかった。
あの程度の爆発なら、死ぬことはないだろう。火事だって、大したことなさそうだ。
でも、ここは一応子供として振舞っておくか。
「ら、ライアンお兄しゃま!爆発が……!」
目尻に涙を溜め、隣に佇むライアンに抱きつけば、彼は私を安心させるようにポンポンッと背中を撫でてくれた。
「大丈夫だ。きっと、実験で失敗でもしたんだろう」
「そうだよ!エリンちゃん!フラーヴィスクールでは、あの程度の爆発日常茶飯事だから、安心して!先生達が直ぐに対処してくれるよ!」
いや、爆発が日常茶飯事って……それはそれでどうなんだ?まあ、士官学校なら多少のトラブルはつきものだが……。
周りの様子を窺うと、彼らもこの程度のトラブルには慣れているようで、シレッとしていた。
爆発音に驚いたくらいで、慌てふためく様子はない。
むしろ、冷静に爆発と火事の被害を分析していた。
お前ら、実力は三流以下なのに意外と肝が据わってるな。
「そうなんでしゅね!なら、安心でしゅ!」
パァッと表情を明るくさせ、ニコニコと笑みを振り撒けば、ライアンも頬を緩める。
アンナに関しては『エリンちゃん、最高!』と言って、感激していた。
「さてさて、ちょっと邪魔が入っちゃったけど、今度こそ授業を始めようか。今日はSクラス同士の合同授業だし、ちょっと過激な戦闘をし……」
気を取り直して、授業を始めるシオンだったが……不意に口を閉ざした。
中途半端なところで言葉を切った彼は普段の細目が嘘のようにカッと目を見開く。
焦ったような表情を浮かべるシオンは私達の後ろを凝視していた。
何だ?私達の後ろに何か面白いものでもあるのか?それとも、これも訓練の一環か?
シオンのリアクションについていけず、首を傾げていると────不意にグラウンドに黒い影が落ちる。
でも、それは陽の光が雲に遮られて出来た影ではなかった。
「っ……!早くここから逃げるんだ!」
シオンの切羽詰まった声と共に、私は後ろを振り返り────天空の覇者として知られるドラゴンをその目に映した。