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第40話『ご褒美』

 それから、少しレオンに八つ当たりした後、私は帰りの馬車に揺られていた。

マルティネス公爵家の家紋が刻まれたこの馬車はかなり目立っており、通行人はもちろん、向こう側から来た馬車も道を譲る。

そのおかげで一度も止まることなく馬車は進み、マルティネス公爵家の屋敷が見えてきた。


 今日は予想外のアクシデントが多くて、ちょっと疲れたな……普通の学校生活を送るのがこんなに難しいものだとは思わなかった。

『普通』というのは存外大変なものなんだな。


 『はぁ……』と深い溜め息を零す私はどっと押し寄せてくる眠気と疲れに抗いながら、窓の外へチラッと視線を向ける。

賑やかな街並みとは裏腹に目に見えない何かが私をじっと観察していた。


 学校を出たあたりから、誰かの視線を感じていたが……私の勘違いではなさそうだな。

あいつは明らかに私の後を追い、こちらの様子を窺っている。

前回、私を狙ったスナイパーとは別人みたいだが、一体私に何の用だ?殺気を感じないことから、私を殺しに来た訳ではないようだが……。


 何をする訳でもなく、ただひたすら私を見つめる視線は正直鬱陶しい。

だが、ここに隠れ蓑になりそうな人物が居ない以上、魔法をぶっぱなす訳にはいかなかった。


 前回は近くにリアムが居たから、安心して魔法を使えたが、今回はそうもいかない……。

リアムや他の人の仕業だと思い込ませることが出来ない以上、相手にちょっかいを掛けるのは愚策と言えた。


「……仕方ない。放置するか」


 顎に手を当てて少し悩んだあと、私は苦渋の決断を下す。

溢れ出そうになる溜め息を必死に押し殺した。


 本音を言えば、今すぐ殺してしまいたいが……シオンの件もあるし、今は下手に動けない。

あいつ以外にも、私の正体を探る者が出てくれば、更に面倒なことになる。

後々のことを考えれば、今我慢するのが最善だろう。


 窓の外から目を離した私は鬱陶しい視線に知らんふりをする。

────結局、私を監視していた者はマルティネス公爵家の屋敷につくまでピッタリくっついてきた。


◇◆◇◆


 鬱陶しい視線があったものの、何とか無事に帰宅した私はライアンやルーカスと一緒に食卓を囲んでいた。

今日はリアムが居ないので、ライアンの隣の席にお邪魔している。

私の身長に合わせて、作られた椅子は座面が高く、リアムに抱っこされなくてもテーブルに手が届いた。

どうやら、執事のセバスが急いで用意してくれたらしい。


 子供の手足だと多少不便はあるが、リアムの膝の上よりずっと快適だな!あいつの膝は硬くて、敵わん!


 ふかふかのクッションのおかげでお尻が全然痛くない私は上機嫌でパンに手を伸ばす。

自分の手で食べ物を食べられるこの状況に深く感謝しながら、溢れんばかりの笑みを振り撒いた。


「あっ!そう言えば、何で今日はお父しゃまとウィリアムお兄しゃまが居ないんでしゅか?」


 口に含んだパンを飲み込んでから、隣に座るライアンにそう尋ねると、彼はこちらに手を伸ばす。

何をするのかと思えば、口端についたパンくずを丁寧に取ってくれた。


「父上と兄上なら、仕事だ。何でも緊急の案件が舞い込んできたみたいで……今日は二人とも遅くなるらしい」


「そうなんでしゅか……お仕事って、大変なんでしゅね」


「軍団長の父上はともかく、平隊員の兄上は自主的に残業しているみたいだけどね。ほら、兄上って一応新人だろう?だから、本来なら緊急案件に参加する義務はないんだよ」


 『仕事熱心だよね』と言って、肩を竦めるルーカスは苦笑を浮かべる。

金髪赤眼の美男子がウィリアムの真面目な姿を思い浮かべる中、私は全く違うことを考えていた。


 ウィリアムの奴、リアムと少しでも長く居るためにわざと残ったのか……ファザコンもここまで来ると、病気だな。

いい加減、父離れしたらどうだ?


 キラッキラの笑顔でリアムの後ろを追い掛けるウィリアムを想像し、私は何とも言えない表情を浮かべる。

微妙な心境に陥る私の隣で、ライアンが口を開いた。


「デザートもあるから、夕食はそこら辺にしておけ」


「わ、分かりました……?」


 夕食後にデザートが出るのは珍しいことじゃないが、わざわざ言う必要あるか?それにメインは夕食だろう?なのに何故……?


 理解が追いつかず、内心首を傾げていると、ライアンが近くのメイドにアイコンタクトを送る。

それにいち早く気がついたメイドは小さく頷き、食堂の外へ出た。


「エリン、学校で約束していたご褒美のショートケーキとマカロンだ。たくさん買ってきたから、好きなだけ食べるといい」


「ショートケーキとマカロン……?あっ!!」


 授業のとき交わした約束を思い出し、ポンッと手を叩くと、タイミングを見計らったように食堂の扉が開いた。

先程退室したメイドがワゴンを押して、現れる。

ワゴンの上には様々な種類のショートケーキとマカロンが所狭しと並べられていた。


 お、おい……嘘だろ?そんなに食べられないぞ……?大体、どうやってあんな種類のデザートを……。

複数店舗のケーキ屋を回って、掻き集めたのか……?もし、そうならショートケーキの種類の多さにも納得が行くが……。


 確かに私は『ショートケーキとマカロンが食べたい』と言ったが、色んな店舗のお菓子を食べ比べしたいとは一言も言っていない!何故、こうなる!?


 予想を遥かに上回るご褒美に目眩を覚えていると、例のメイドが私の隣にワゴンを止めた。

切り分けや盛り付けも担当してくれるのか、ケーキ用のナイフと小皿を持って待機している。

この時点でもう『食べない』という選択肢はなかった。


 甘い物は別に嫌いじゃないが、それにしたって限度があるだろ……。

私は『甘い物は別腹!』とか言って、ケーキをバクバク食べる奴らとは違うんだぞ!


「有名店のショートケーキとマカロンはもちろん、最近オープンしたばかりのケーキ屋からもお菓子を取り寄せた。俺には違いがあまり分からないが、食べ比べでもしてみるといい」


「は、はい……ありがとうございましゅ」


 真横から『さあ、早く食べろ』という期待の眼差しを向けられ、私は渋々ワゴンと向き合った。

目に付いたショートケーキとマカロンを適当に指さし、メイドに盛り付けを任せる。

妙に手際のいいメイドはささっと小皿にケーキとマカロンを盛り付け、私の前に置いた。


 ま、まあ……全部食べなきゃいけない訳じゃないんだ。食べ切れなくても、使用人に分ければいい話だし!とりあえず、今はご褒美のデザートを精一杯味わおう!


 そう自分に言い聞かせ、ピンク色のマカロンに手を伸ばした。

手掴みで、そのままパクッと食べる。

苺とラズベリーを掛け合わせたのか、口内に甘酸っぱい味が広がった。


「ん〜!美味しいでしゅ〜!」


 思わず頬に手を当て、身を捩る私は全身で喜びを表した。

大量のデザートに困惑していた数秒前の自分とは違い、全力でお菓子を味わっている。


 こんなに美味しいお菓子を食べながら、ぐーたら過ごせたらどんなに幸せだろうか……!

やはり、今世では引きこもり生活を目指そう!そのためには努力を惜しまない!監視者の始末も我慢する!


「あははっ!エリンちゃんって、甘い物が好きなんだね。凄く幸せそうな顔をしてる」


「喜んで貰えて良かった。次は一緒にケーキ屋へ行こう」


「はいっ!」


 ライアンの提案に頷きながら、私は味も見た目も一級品のデザートに目を輝かせた。

時々感嘆の声を上げながら、大量のお菓子をお腹に収めていく。

その様子をライアンとルーカスは終始穏やかな表情で見守っていた。

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