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第39話『相談』

「いや、『問題』と言うほどのことじゃないさ。ただちょっと聞きたいことがあってな。教師の中に和の国出身のシオンって奴が居るだろ?あいつのことについて教えてくれ」


 短い足を組み、両腕を組んだ私は怯えるレオンにそう問い掛けた。

まさか、シオンに関する質問が飛んでくるとは思わなかったのか、レオンは『へっ?』と素っ頓狂な声を上げている。

アホ面を晒す旧友の前で、私は用意された茶菓子に手を伸ばした。


 ふむ。シュークリームか。

見たところ、変色はしていないようだし……クリームの腐った臭いもしないな。このまま食べても問題なさそうだ。

直ぐに食べ物を腐らせるレオンにしては、きちんと管理している。まあ、少し形は崩れているが……。


 比較的新しいお菓子と思われるシュークリームを口に含み、味に問題がないことも確認する。

カスタードクリームと生クリームの比率が絶妙で、普通に美味しかった。


「詮索する訳じゃないが……何でシオンのことを知りたいんだ?あいつは和の国出身の武人という点を除けば、そこら辺の奴と大して変わらないぞ」


 戸惑いが隠し切れないレオンはおずおずといった様子でそう問いかけてくる。

質問を質問で返されるのはあまり好きないじゃないが、今回は特別に答えてやることにした。


「実践の授業でちょっとトラブルがあってな。そこで魔力の譲渡と魔力回路の修復をやったんだが……シオンにそれを見抜かれてしまった。それで、私が普通の子供じゃないと勘づいたようでな。このまま放置するにしろ、排除するにしろ、情報が必要だからここに来たんだ」


「あー……なるほど。理事長の俺なら、生徒はもちろん教師の個人情報まで把握してるからな」


 納得した様子で頷くレオンに、『そういうことだ』と頷き返す。

シュークリームでベトベトになった手を浄化の魔法で清めていると、レオンが不意に席を立った。

ほとんど何も入っていない本棚に近づき、その中から数少ない資料を取り出す。

旧友はそれを手に持って、こちらへ戻ってきた。


「本来であれば、教師の個人情報を他人に見せるのは禁止なんだが……今回は特別だぞ」


 神妙な面持ちで資料を差し出すレオンに、私はこれでもかってくらい深い溜め息を零した。


「私の個人情報を吹聴しまくった奴が今更何言ってやがる」


「うっ……!そこを突かれると、何も言えないな……」


 グッと胸元を押さえ、気まずそうに視線を逸らすレオンに、私は肩を竦めた。

差し出された資料を無言で受け取り、眺める。


 やはりと言うべきか、どうでもいい情報しか載っていないな。

身長と体重なんて、わざわざ覚えておく必要もあるまい。

私が知りたいのはそういう事じゃないんだよなぁ。


「おい、もっと有力な情報はないのか?これじゃあ、大して役に立たない」


 めぼしい情報が見当たらず、苛立ちを覚える私は読み終えた資料をパッと上に投げる。

ヒラヒラと舞うように落ちていく紙をレオンが慌てて回収した。


「有力な情報って言われてもなぁ……あいつは元々旅人で各地を転々としていたから、ただでさえ情報が少ないんだ」


「旅人?和の国を出たのはフラーヴィスクールの教師になるためじゃなかったのか?」


 元々は旅人だったと聞き、私はピクッと眉毛を動かす。

和の国を出て直ぐにフラーヴィスクールの教師になったと思い込んでいた私に、レオンは『違う違う』と手を振った。


「あいつが和の国を出たのは更なる強さを得るためだ。さすらいの旅みたいな?まあ、とにかくフラーヴィスクールの教師になるために国を出た訳じゃない」


「ほう?では、どうしてフラーヴィスクールの教師なんぞになったんだ?更なる強さを得るための旅で、強さを教える立場になるなんて……本末転倒もいいところだ」


 強さに執着する武人が更なる強さを得るため、旅に出るのは何となく理解出来る。

1000年前に実在した武人の中にもそういう奴は一定数居たから。

でも、その旅の途中で教師になる理由が分からない。


 武人が教え子(弟子)を持つことは珍しいことじゃないが、こんな不特定多数の人間を弟子に持つことは有り得ない……。

あいつらは結構プライドが高いから、自分が培ってきた技術を教える相手は選ぶ筈だ。なのに何故、教職なんかに……。


 考えれば考えるほど、おかしいこの状況に疑問を抱いていれば、レオンがどこか気まずそうな表情を浮かべた。

ポリポリと頬を掻き、苦笑いを浮かべる。


「あぁ、それはな────多分、俺が原因だ」


「……はっ?」


 レオンな原因……?何故そうなる?全く話が見えて来ないんだが……。


 訳が分からず、怪訝そうな顔をすれば、レオンが慌てて説明を始めた。


「実はな、仕事の関係で辺境まで行った時にたまたまシオンと会ったんだ。そこで飛龍に攻撃されていたシオンを助けたら、妙に懐かれちまって。『僕の探していた強者は貴方です!是非、僕を弟子にしてください!』って頼み込まれちまってなぁ……まあ、もちろん断ったぜ?俺は人に物を教えるのが下手だからな」


 そう言って、肩を竦めるレオンは一呼吸置いてから、再度口を開いた。


「その時はあっさり身を引いてくれたから、特に気にしなかったんだが……その年の教員採用試験にシオンが現れたんだ。『弟子になれずとも、貴方の強さを一番近くで見ていたい』とか言って。あの時はさすがにビビったぜ。まさか、ここまで追い掛けてくるか?ってな」


 『今思い出しただけでも寒気が……』と言って、二の腕を摩るレオンはちょっと顔色が悪かった。


 つまり、シオンはレオンの熱烈なファンって訳か。まあ、強さを求める武人が強者のファンになることは珍しいことじゃないし、わざわざ気に留めるようなことでもないが……あいつ、レオンの傍に居るためだけに教師になったのか。武人としてのプライドも何もかも捨てて。

それはある意味凄いことだが……普通そこまでするか?


 やっていることがほぼ不審者と変わらないシオンに呆れ、被害者であるレオンに同情の眼差しを送る。

さすがにちょっと可哀想な気がしてきた。


「まあ、でも特に害はなかったし、授業もちゃんとやってくれるから、放っておいたんだ。俺に付き纏うような真似もしなかったしな」


 いや、この学校に来ている時点で充分付き纏っていると思うが……?


 とは言わずに、とりあえずレオンの言葉に頷いておく。

いちいちツッコミを入れていたら、キリがなかった。


「シオンは確証のない話を言いふらすような奴じゃねぇーし、とりあえず様子見でいいんじゃないか?今、行動を起こす方が怪しまれる」


「それは確かに言えてるな」


 シオンはレオンと違って口が硬そうだし、勘も鋭い。今動くのはリスクが高すぎる。

わざわざ危険を犯す必要はないし、相手の出方を伺ってからでも遅くはないだろう。


 そう判断した私はレオンの提案に素直に頷いた。

渇いた喉を紅茶で潤し、『ふぅ……』と一息つく。

話し合いが一段落したところで、レオンが何かを思い出したかのようにポンッと手を叩いた。


「そうだ、お前に一つ伝えておかなきゃいけないことがあるんだ」


「伝えておかなきゃいけないこと?」


「ああ、そうだ。実は俺────明日から出張なんだ」


「……はっ?出張?」


 予想外の報告に思わず目を見開けば、レオンは『国王に頼まれちまってさ』と言って、肩を竦める。

呑気に旅の詳細を話し始めるレオンの傍で、私は一人頭を抱え込んだ。


 何でこんなときに出張が入るんだ!あまりにもタイミングが悪すぎる!

これでは、『必殺☆理事長からの呼び出し』が使えないだろ!シオンに捕まった時、どうやって抜け出せって言うんだ!


 学校生活において、最も汎用性の高い断り文句を失った私はガックリと項垂れるしかなかった。

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