第37話『決着』
「石の守護者よ 今一度、我の呼び声に応えたまえ 我、汝の力を欲する者なり かの者達に永遠の眠りを────ストーンフォール!」
魔法陣にありったけの魔力を注ぎ、彼女は呪文を叫んだ。
すると、その叫びに呼応するかのように上空に広がった魔法陣が光り輝く。
大量の魔力と彼女の想いを乗せた魔法陣は問題なく発動し────巨大な岩を顕現させた。
小山ほどの大きさがあるそれは太陽を遮るように大きな陰を落とす。
おい……これって、まともに食らったらヤバいんじゃないのか?それこそ、圧死で死んだりとか……。
チラッと審判の方を振り返れば、こちらの様子を静観していたシオンがグッと親指を突き立てた。
どうやら、試合を止めるつもりはないらしい。
『まあ、頑張って!』という無責任なエールを受け、私は溢れ出そうになる溜め息を何とか押し殺した。
さっきは風の刃くらいで騒いでいたくせに、これはいいのかよ!!お前の基準はどうなっているんだ!?
「ら、ライアンお兄しゃま……!」
頼りにならない大人を無視し、涙目でライアンを見上げた。
戦姫だとバレるのも嫌だが、ここで死ぬのはもっと御免だ!せっかく、色々苦労してここまで来たのに全てが水の泡になるなんて……考えたくもない!
『前世で自殺した奴が何を言う……』と思うかもしれないが、今と昔じゃ状況が全然違う!
「大丈夫だ、エリン。あの程度の魔法じゃ、この結界は壊せない。だが、それでも不安なら……」
銀髪翠眼の美青年はそこで言葉を切ると、無表情のまま空を見上げた。
太陽を遮る巨大な岩は既に落下を始めており、私達目掛けて真っ直ぐ落ちてくる。
私達の周りに結界が張ってあるとはいえ、完全に安全とは言い切れなかった。
あわあわする私とは対照的に平静を保つライアンは手のひらを空に向ける。
そして、ただ一言……。
「ウィンドカッター」
と呟いた。
その声に応えるようにライアンの体内魔力が形を変え、手のひらから具現化した風が放たれる。
それは風の刃に似ているが、きちんとした実体を持っていることから、別の魔法だと推測出来た。
魔法陣もない状態で魔法を発動させるとは……それも、詠唱を短縮して。
魔法陣を使わず、魔法を行使するのはかなりの集中力と精神力が必要になる。
正直な話、短縮詠唱より難易度が高かった。
通常、魔法陣は魔法の効果とその範囲を指定するもので、詠唱はその魔法の威力を調整するものだ。
魔力コントロール能力に長けていれば、詠唱はあまり必要ない。少し訓練すれば、わりと誰にでも出来る。
────でも、魔法陣は違った。
効果や範囲を指定する魔法陣は謂わば、設計図のようなもの。道筋となるそれがなければ、大抵の場合は魔法が発動しない。
仮に発動したとしても、コントロール出来なかったり、爆発したりと扱いが難しかった。
神殺戦争時代では、魔法陣+詠唱なしの完全無詠唱が流行っていたが、それを完全に使いこなせたのは極小数。
まさか、現代でこれほどの使い手に会えるとは……。
実体を持った風は巨大な岩を簡単そうに切り刻み、あっという間に粉々にしてしまった。
かと思えば、ついでだと言わんばかりに相手チームに突っ込んでいく。
タンクの男が咄嗟に前に出るが……二人とも横腹を斬られてしまった。
思ったより傷が深かったのか、二人ともその場に膝をつき、苦しそうな表情を浮かべている。
その後ろで実体化した風が霧のように消えてしまった。
あれでは、まともに動けないだろう。魔法使いの女が治癒魔法を使えれば、話は別だが……上位魔法を使ったせいでほとんど魔力が残っていない筈。仮に魔力が残っていたとしても、あいつに治癒魔法の適性がなければ、意味が無い。
残るはあと一人か。と言っても、アンナに手も足も出ない弱者だが……。
アンナの方へ目を向ければ、ちょうど相手の剣士を蹴り飛ばしているところだった。
ゴリラ並の怪力で蹴られた剣士はそのまま飛んでいき、場外に出る。
我々の勝利が確定した決定的な瞬間だった。
「ライアンお兄しゃま、やりました!私達の勝ちでしゅ!」
ここは子供らしく喜んでおこうと、ライアンに微笑みかける私だったが────目に飛び込んできたのは吐血する義兄の姿だった。
魔法陣の未使用はやはり、まだ早かったのか、ケホケホと咳き込みながら血を吐いている。
魔法陣の未使用は時期尚早だったか……。
体への……特に魔力回路への負担が大きすぎる。放っておいても死にはしないだろうが、暫くの間、魔法を使う度身体中に激痛が走ることだろう。
「ケホケホッ……大丈夫だ、エリン。心配するな」
片手で口元を押さえるライアンはもう一方の手で私の頭を撫で、強がってみせる。
本当は気絶しそうなほど痛いくせに……。
はぁ……これは私の責任だ。結界の強度を信じて、黙って見守っていればいいものを……ライアンに無理をさせてしまった。
全くもって、愚かな事だ。
だから────私は愚行の責任を取らなければならない。
私は少し背伸びして、ライアンの頬に手を伸ばした。
血に濡れた両頬を包み込み、エメラルドの瞳を真っ直ぐに見つめ返す。
「痛いの痛いの飛んで行けー!」
出来るだけ幼女らしい言葉を選びながら、私は治癒魔法を発動させた。
可能な限り魔力の波長をライアンに合わせ、彼の体に魔力を注ぎ込む。
ライアンの体内で暴れる魔力を宥めつつ、破損した魔力回路を治癒魔法で治療した。
他人に魔力を分け与える行為も、魔力回路を治療する行為もやろうと思って出来ることじゃない。
魔力は血液と同じで、全く系統が異なる魔力が合わされば拒否反応を起こす。
死ぬ心配はないが、その魔力が体に馴染むまで魔力循環が悪くなったり、コントロール能力が落ちたりするのだ。
次に、魔力回路についでだが、こちらの理由は至極簡単でデリケートだから。
魔力回路は脳と同じくらい繊細な器官で、下手にいじれば魔力の操作に異常をきたす。
最悪の場合、一生魔法が使えなくなることも……。
だから、魔力回路が破損したとしても、自然治癒が当たり前だった。
神殺戦争時代でも魔力回路の治療が出来る奴は私も含めて数人しか居なかった。
現代では恐らく幻の治療法となっているだろうな。
「血が止まった……?それに魔力回路が完全に回復している……。これは一体……?」
一人呆然とするライアンは『信じられない』とでも言うように大きく目を見開いた。
「エリン、これはお前がやったのか?」
「え?わ、分かんないでしゅ……。ただライアンお兄しゃまを助けたくて……ダメでしたか?」
潤んだ目で銀髪翠眼の美青年を見上げれば、彼は焦ったように首を横に振った。
「そんなわけない!ただ驚いただけだ!ありがとう、エリン」
「はいっ!」
『褒められて、嬉しい!』というオーラを出しながら、ニコニコと笑う。
そうすれば、ライアンは『エリンは良い子だな』と言って、私を抱き上げてくれた。
よしっ!何とか、誤魔化すことが出来たな!ライアンの気を逸らすことも出来たし!
後で何か聞かれても知らぬ存ぜぬで押し通そう!
「エリン、何か食べたいものはあるか?今日は色々頑張ってくれたし、何でも好きなものを買ってやる」
「本当でしゅか!?やったー!私、ショートケーキとマカロンが食べたいでしゅ!」
「分かった。夕食に間に合うよう、手配させよう」
穏やかな表情で頷くライアンに、私は笑顔でお礼を言った。
どこからどう見ても仲のいい兄妹にしか見えない私達に、多くの視線が注がれる。
大半の生徒がライアンの負傷の原因を理解していないようで、私達のやり取りを不思議そうに見守っていた。
鈍感な奴が多くて、助かるが……あいつはそう簡単に誤魔化されてくれないか。
これは後でレオンに相談しに行く必要がありそうだな。
私はこちらを興味深そうに観察するシオンを一瞥し、ニコニコと愛想を振り撒いた。