第36話『連携技』
いや、評価を落とされる分には全然構わないんだが……むしろ、地の底まで落として欲しいくらいだ。だから、そんな気遣いは不要なんだが……。
「ら、ライアンお兄しゃま!私は魔法の基礎も分かりません!だから、その……」
「大丈夫だ。お前はただ氷を作るだけでいい。あとは俺が何とかする」
「で、でも!詠唱とか何も知らなくて……!」
「大丈夫だ。理事長に魔法をぶっぱなした時と同じようにやってくれれば、いい」
『出来ない』と首を振る私に、ライアンは穏やかな口調でそう言い聞かせた。
そして、『心配するな』とでも言うように私の頭を優しく撫でる。
そこまで言われてしまっては、こちらも引き下がる訳にはいかなくなった。
はぁ……仕方ない。ライアンの顔に泥を塗らせないためにも、今回は私が妥協しよう。
「わ、分かりました……やってみましゅ!」
「ああ、その意気だ」
穏やかな表情で頷くライアンは私から少し離れて、こちらの様子を見守る。
出来るだけ威力を落とそうと思いながら、手のひらを前に突き出した。
すると、相手チームのタンクがより一層警戒心を強める。
いや、そこまで警戒しなくても……どうせ、私の魔法がお前達の元に届くことはないんだから。
威力と一緒に速度も落として、適当な場所に落とすつもりだから安心しろ。
野良猫のように警戒心剥き出しなタンクの男に内心苦笑を浮かべつつ、私は手のひらに魔力を集中させた。
「行きましゅ!────氷しゃん、出ろー!」
私は詠唱とも呼べない掛け声を発し、威力がかなり落ちた氷結魔法を発動した。
拳サイズの小さなツララが複数顕現し、相手チーム目掛けて放たれる。
が、しかし……かなりスピードは遅かった。
幼児の全力疾走と同じくらいの速さしかない。
よしっ……!完璧だ!これなら、相手チームに届くことはないし、仮に届いたとしても大した脅威にはならない!包丁で指先を切った程度のダメージしかないだろう!
いやぁ、我ながら完璧なヘナチョコ魔法だ!
一仕事終えた時のような達成感に見舞われ、得意げになる私だったが────喜ぶのはまだ早かった。
何故なら、うちのチームには学年首席のライアンが居るから。
「風の守護者よ 今一度、我の呼び声に応え 彼の者の魔法に絶大なる加護を与えたまえ────バード」
空中に投影した魔法陣に大量の魔力を注ぎながら、ライアンは長ったらしい詠唱を口にした。
その途端、例の魔法陣から強風が流れ込み、ツララに追い風を送る。
風の恩恵を受けたツララは一気に勢いを増し、物凄い速さで相手チームに迫った。
や、やられた……!まさか、風魔法でツララをサポートするとは思わなかった!応戦用の魔法陣だと思い込んでいた!
『しまった!』と顔を顰める私だったが、こうなってしまってはもうどうしようもない……。
追い風に吹かれるツララは焦りまくる私を置いて、タンクが持つ盾に直撃した。
かなり勢いが良かったせいか、放たれたツララのうち二つが盾を貫通している。
これには、タンクの男も魔法使いの女も酷く動揺していた。
はぁ……最悪だ。まさか、こんなことになるとは……。私もまだまだ詰めが甘いな。
「どうだ、エリン。上手くいっただろう?」
「は、はい……凄かったでしゅ。ありがとうございました」
素直にライアンを称賛すれば、彼は得意げに胸を逸らした。
無表情なのは相変わらずだが、喜んでいるのが何となく分かる。
私は全く嬉しくないがな!
「なっ……?嘘だろ……!?俺の盾が……!!父さんと母さんに頼んで、買ってもらったのに!」
あー……うん、それは悪い事をしたな。でも、修理に出せば、まだ使えると思うぞ。
だから、そんなに落ち込むな。
「連携技が使えるなんて、聞いてないわ!」
私だって、聞いてない!連携技をすると事前に知っていれば、何かしら少し対策はしたさ!
盾を抱いて嘆く男とキーキー喚く女に心の中で弁解しながら、チラッとアンナの方へ目を向ける。
すると、バッチリ目が合ってしまった。
「きゃー!エリンちゃんと目が合っちゃった!今日はいい夢が見れそう!」
好きな男を前にした女のようにキャキャッとはしゃぐ金髪碧眼の美少女は全くもって緊張感がない。
一応、敵が目の前に居るというのに私ばかり見つめていた。
あいつ、敵のことを見ないどころか片手で剣を握っている……。相手のことを舐めているとしか言いようがない態度だが……困ったことに、それできちんと戦えているんだよなぁ。
相手の剣士も学生にしてはそれなりに腕が立つようだが、アンナが強すぎる。
何故あんな女がSクラスの生徒なのか、よく分かった────あいつは正真正銘のゴリラなんだ。
「嗚呼っ!もう!貴方達は一体何なのよ!?氷結魔法の使い手である幼女に、学年首席の鉄仮面男!それに加えて、怪力女って……色々ぶっ飛んでるのよ!」
ガシガシと頭を掻き回し、苛立ちを露わにする魔法使いの女はキッとこちらを睨みつけた。
そして、つい先程描き終えた魔法陣を私達の頭上に展開させる。
魔法陣の扱いは術者との距離が空けば空くほど難しくなるが……あの女はコントロールが上手いな。ライアンほどの天才ではないが、それなりに才能はありそうだ。
入学する時期さえ間違えなければ、学年首席にだってなれただろう。
天才の中の天才であるライアンと同じ年に入学したのが運の尽きだな。
「本当は学校の授業ごときにこの魔法を使うつもりはなかったけど、貴方達が相手じゃ仕方ないわね。今回は特別に見せてあげるわ!私が習得した上位魔法を!」
そう言って、バッと両手を広げる彼女は得意げに胸を逸らした。
ペタンコの胸が何とも哀れだが……その話は一旦置いておこう。
ほう?上位魔法か。神殺戦争時代は特に珍しくもない魔法だったが……現代では違うのか。
まあ、その歳で上位魔法が使えるなら、優秀な方か。通常、上位魔法は二十歳を過ぎたあたりから習得して行くからな。
とりあえず、様子を見よう。
静観する気満々の私はパッと上空を見上げ、空いっぱいに広がる魔法陣を観察した。
使用された文字や配列から、石化魔法の類だと推測する。
「ライアンお兄しゃま、上位魔法って強いんでしゅか?」
「それなりに強いが、俺の融合魔法に比べれば、どうってことない。だから、エリンは安心して俺の傍にいろ」
「分かりました!」
屈託のない笑みを浮かべ、ライアンの腰に抱きつけば、彼は私の頭をポンポンッと撫でる。
幼女らしい行動を心掛ける私に、ライアンは僅かに目を細めた。
危機感もクソもない私達のやり取りに、魔法使いの女は額に青筋を立てる。
「このっ……!あんまり私を甘く見ないでちょうだい!後で後悔するわよ!」
「なら、それ相応の実力を示せ。話はそれからだ」
『行動で示せ』と口にするライアンに対し、魔法使いの女は唇を噛み締める。
強く噛みすぎたせいか、タラリと唇から血が垂れた。
「いいわよ!そこまで言うなら、やってやろうじゃない!」
そう宣言した彼女は唇から垂れた血を無造作に拭い、宙に浮かんだ魔法陣に手をかざした。
「石の守護者よ 今一度、我の呼び声に応えたまえ 我、汝の力を欲する者なり かの者達に永遠の眠りを────ストーンフォール!」