第35話『決勝戦』
────それから、私達は特にトラブルもなく順調に予選を勝ち進み、決勝戦まで辿り着くことが出来た。
シオンが決勝戦用に書き直した白い線の中で、私達は相手チームと向き直る。
決勝戦まで勝ち進んできた相手チームはSクラスの生徒と他クラスの生徒で構成された混合チームだ。
見たところ、役割分担もきちんとされている。
剣士一人とタンク一人に、魔法使いが一人か。魔法使いが回復役も兼ねているなら、なかなかバランスのいいチームだ。
強さ重視のチームとは大違いである。
これは少し手間取るかもしれんな。絶対的王者であるライアンでも、一人で相手にするのは厳しいかもしれない。
まあ、とりあえず、お手並み拝見と行こう。
「それじゃあ、お待ちかねの決勝戦と行こうか。何度も言うように殺しは禁止。成績のためにムキになって、違反行為をしないように頼むよ」
三試合目で起きた殺人未遂事件を気にしているのか、シオンは口を酸っぱくしてそう言い聞かせた。
特にムキになる理由もない私は素直に頷く。
ぶっちゃけ、成績が悪くなる分にはどうでもいいからな。
シオンは全員が頷いたのを確認してから、手を振りあげた。
決勝戦とあってか、この場に妙な緊張感が広がる。
「では、構えて────試合、始め!」
シオンが手を振り下ろしたのを合図に、相手チームの剣士がこちらへ向かってきた。
その生徒を援護するように魔法使いが強化魔法を掛け、タンクが魔法使いを守るように盾を構える。
それぞれが自分の役割を果たし、連携の基本をこなしていた。
「ちょっとは楽しめそうだな────おい、お前は剣士を相手してくれ。俺はエリンを守りつつ、後方支援のメンバーを潰す」
同じ剣士だから丁度いいと考えたのか、ライアンはアンナにそう指示を出す。
私の護衛として引き入れたアンナだったが、さすがに今回は一人じゃ厳しいと判断したらしい。
前衛の剣士を相手しつつ、魔法使いからの遠距離攻撃に対応するのは難しいからな。
相手の力量にもよるが、一対三で戦うのは無理があるだろう。
学年首席とはいえ、ライアンはまだ学生だからな。
「本当はエリンちゃんの傍から離れたくありませんが、今回はそうも言っていられませんね。分かりました!あの人の相手は私がします!だから、エリンちゃんのことお願いしますね!」
「言われなくても分かっている。いいから、早く行け」
ライアンがしっしっ!と猫を追い払うような動作をすると、アンナはムッとした表情を浮かべた。
不満げに口先を尖らせるものの、何も言わずにこの場を離れる。
流れるような動作で抜刀した金髪碧眼の美少女は向かってきた剣士に早速襲い掛かった。
「……あの女、やっぱりゴリラだな。男の剣士相手にあそこまで戦うなんて……」
呆れにも感心にも似た声色でそう呟くライアンは男の剣士とやり合うアンナの姿に溜め息を零す。
彼の視線の先には、小柄な体型に似合わない怪力を発揮するアンナの姿があり、彼女は相手の剣を全て弾くか受け止めていた。
強化魔法が掛けられた剣士を素の力で相手取るなんて、誰にでも出来ることじゃない。
しかも、アンナはまだ強化呼吸を使っていなかった。
レオンを片手で投げ飛ばしたことがある私が言うのもなんだが、あいつは本当にゴリラだな。
「エリン、お前はあんな風になっちゃダメだぞ」
少し身を屈め、私の肩をガシッと掴むライアンはフルフルと首を振った。
『お前はそのままでいいんだ』と語る銀髪翠眼の美青年に、とりあえず頷いておく。
後ろから『ちょっ!それ、どういう意味ですか!?』という声が聞こえた気もするが……恐らく、気のせいだろう。
「よし、良い子だ。後で何かご褒美をやろう」
「本当でしゅか!?」
よしよしと私の頭を撫でるライアンに微笑み掛ければ、彼は僅かに頬を緩めた。
「ああ。でも、その前に────」
ライアンはそこで言葉を切ると、緩んだ頬を引き締め、再び無表情に戻った。
私の肩から手を離し、物凄い速さで結界用の魔法陣を構築していく。
冷ややかな目で前方を見据えるライアンは出来上がった魔法陣を即座に発動させた。
「天界の守護者よ 今一度、我の呼び声に応え 我に守りの加護を与えたまえ────シールド」
ライアンが至極丁寧に詠唱を口にすると、私達の周りに半透明の壁が出来た。
半円形のそれはかなり分厚い。
一からきちんと詠唱したから、その分結界の強度が増したのだろう。
短縮詠唱や無詠唱は早くて便利だが、その分魔法の質が落ちるからな。
まあ、現代でその技術を習得している者は極端に少ないが……。
魔法文化の退化に思いを馳せていると、結界に何かがぶつかる。
ゴンッと勢いよく衝突したのは手乗りサイズの石ころだった。
なるほど。魔法使いの女は土属性……それも石化魔法と相性がいいのか。
石化魔法とは、その名の通り石に関連する魔法である。
石の生成や操作が主な魔法で、地味ながらもそれなりに威力がある。
しかも、石化魔法の最上位魔法である『石の魔眼』は人間をも石に変えるもので、使いこなせれば向かうところ敵無しである。
まあ、石化魔法に限らず、最上位魔法を使える者は昔も含めてほとんど居ないが……。
「珍しい属性の魔法だから、少し警戒していたが……思ったより、大したことないな」
拍子抜けだと言わんばかりに肩を竦めるライアンは左手で新しい魔法陣を構築する。
『つまらない』と吐き捨てる銀髪翠眼の美青年に対し、相手の魔法使いは悔しそうに唇を噛んだ。
「ま、まだ本気出てないんだから!ただちょっと貴方の実力を推し量っただけよ!」
「あっそ」
「『あっそ』って……!学年首席だからって、調子に乗って……!絶対に後悔させてやるわ!」
そう宣言した魔法使いの女はタンクの後ろに下がり、魔法陣の構築に取り掛かった。
いそいそと魔法陣を描き進めていくものの、ライアンほどのスピードは出ない。
その間にライアンは構築し終わった魔法陣を空中へ投影した。
あれは風魔法の魔法陣か。見たところ、初級魔法のものみたいだが……あれであいつらを倒すつもりか?実力差があるのは確かだが、それはちょっと舐めすぎなんじゃ……。
「エリン、お前も魔法を使ってみろ。トーナメント戦の結果がそのまま成績に反映されるとはいえ、お前も何かしないと評価を落とされるぞ」
そう言って、私の手を掴むライアンは相手チームの方を指さした。
魔法使いの女を背に庇うタンクの男は私を警戒するように大盾をしっかり構える。
ピリピリとした空気がこの場に流れた。