第34話『自業自得』
溶岩とも呼ぶべき液体状の炎を前に、相手チームのメンバーが攻撃用に用意していた魔法陣を発動させた。
台風並みの強風が炎を押し返すように吹き荒れ、水の槍が炎に直撃する。
だが、炎の勢いが強すぎたのか、風で相殺することも水で消火することも出来なかった。
炎の勢いが多少弱まっただけか。まあ、青二才の子供にしては頑張った方じゃないか?
咄嗟の判断とはいえ、あそこで攻撃魔法を発動したのは実に良かった。
あの炎を打ち消すことは出来なくても────結界を張るだけの時間は稼げるからな。
唯一反撃に加わらなかった生徒は大急ぎで結界魔法の魔法陣を構築し、半円形の結界を展開していた。
他のメンバーはその結界の中に慌てて飛び込む。
そして、ついに────相手チームが展開した結界とライアンの炎魔法が衝突した。
半透明の結界は炎に覆われ、中が見えなくなる。
急いで張った結界とはいえ、なかなかの強度だ。他のチームと違い、連携も取れている。
だが────実践で役には立たないな。
パリンッとガラスの割れるような音が鳴り響き、『うあぁぁぁああ!!』という叫び声が木霊した。
どうやら、あの炎に結界が耐え切れなかったらしい。
炎が消えた場所には全身に火傷を負う相手チームの姿があった。
「痛い……痛いよぉ!」
「っ……!なんだよ、この魔法……!」
「僕の展開した結界が簡単に破られるなんて……!なんて、デタラメな力なんだ……!」
地面に転がる彼らは必死に痛みを堪えながら、絶対的王者であるライアンを見上げる。
学年首席の地位は伊達じゃないと分かったところで、彼らは悔しそうに唇を噛み締めた。
ライアンが手加減してくれて、良かったな?もしも、ライアンが本気だったら……お前達は今、この世に居ないぞ。
「……これは戦闘不能と見て、いいのか?」
構築した魔法陣を手に持ちながら、ライアンは冷たい目で彼らを見下ろす。
淡々とした態度を取る彼に対し、相手チームのメンバーはギリッと奥歯を噛み締めた。
うんともすんとも言わない様子から、『戦える状態ではないが、敗北を認めるのは嫌なんだろう』と結論づける。
良い意味でも悪い意味でも子供な彼らを前に、私は内心溜め息を零した。
「ライアンお兄しゃま、シオン先生に判断を委ねるのはどうでしゅか?あの人達は何も言ってくれないみたいでしゅし」
そう提案すれば、ライアンは少し悩むような動作を見せたあと、納得したように頷いた。
「……そうだな。後から、イチャモンを付けられても面倒だ。シオン先生に判断を任せよう」
「あっ!じゃあ、私が呼んできますよ!ライアンくんとエリンちゃんはここで待っていて下さい!」
勧んで雑用を引き受けるアンナは『じゃあ、行ってきますね!』と声をかけて、私の傍を離れた。
────でも、それがいけなかった。
「────こうなったら、お前だけでも道連れにしてやる!くらえ!」
相手チームの一人が我々の気が緩んだ一瞬の隙を狙って、風の刃を放った。
その刃の先には────私が居る。
ほう?ここで私を狙うか。
真剣勝負に年齢は関係ないが……幼女の首を狙うのはどうなんだ?もし、これが普通の幼女なら確実に死んでいるぞ。
迫ってくる風の刃を前にしても冷静さを保つ私は『はてさて、どうしたものか』と頭を悩ませる。
そんな私の後ろで、ライアンが焦ったように『エリンっ!』と私の名前を呼んでいるが、今はどうでもよかった。
この攻撃を回避するのも相殺するのも簡単だ。でも、それをやれば、私の退学計画が狂ってしまう。だからと言って、私がこの攻撃を甘んじて受け入れれば……レオンが何をするか分からない。
人情に厚いあいつのことだから、それ相応の報復はするだろう。
はぁ……仕方ない。今回は特例として、魔法を使うことにしよう。
そう判断し、氷系の魔法を展開しようとすると────目の前に人影が現れた。
それにビックリして、魔力を散らしてしまう。
風の刃に立ちはだかったのは─────他の誰でもないシオンだった。
全く気配が感じられなかった……って、そんなことより、何故こいつがここに!?さっきまでトーナメント表の前に居たよな!?
「全く……あれほど、殺しはダメだと言ったのに。相手の首を狙って風の刃を放つなんて、どういう思考回路をしているのやら」
呆れたと言わんばかりに溜め息を零すシオンはズボンのポケットから取り出した短剣で風の刃を切り裂いた。魔力すら使わずに……。
『現代にもこれほどの使い手が居たのか』と、思わず目を見開く。
只者ではないと思っていたが、まさかここまでとは……やはり、和の国出身の武人は一味違うな。
と感心していれば、ライアンがこちらに慌てて駆け寄ってきた。
「エリン!大丈夫か!?怪我は!?」
「だ、大丈夫でしゅ……」
「本当か!?なら、良かった……!」
私の前で膝を着いたライアンは普段のポーカーフェイスが嘘のようにホッとした表情を浮かべ、私を抱き上げた。
私の存在を確かめるようにギューッと強く抱き締める。
『大袈裟な奴だ』と思いつつも、ライアンの好きにさせた。
────すると、今の今まで固まっていた金髪碧眼の美少女が突然抜刀する。
その愛らしい顔は怒りで歪み、海のように真っ青な瞳は相手チームのメンバーを鋭く睨みつけていた。
「エリンちゃんを殺そうとするなんて……絶対に許さない!」
剣片手に一歩前へ踏み出す彼女に、相手チームのメンバーは震え上がった。
全身に火傷を負っている彼らはまさに満身創痍の状態。アンナへの反撃はおろか、指一本だって動かせない筈。
恐らく、さっきの風の刃が最後の悪足掻きだったのだろう。
敗北を潔く受け入れれば良かったものを……無駄に足掻くから、こうなるんだ。
軍人を目指すなら、引き際をきちんと見極めろ。
アンナは一歩、また一歩とゆっくり彼らに近づき、思い切り剣を振り上げた。
怒りが滲んだ青い瞳に明確な殺意が混ざる。
「エリンちゃんの仇……!!」
いや、私は死んでいないけどな!?勝手に死んだことにしないでくれ!!
と内心ツッコミを入れる中、アンナが振り上げた剣を勢いよく下ろす。
その先には私に風の刃を放った張本人の首が……。
恐怖で声も出ない彼は体を強ばらせる────が、しかし……彼の首に剣が当たることはなかった。
「────相手を多少痛めつけるだけなら、見守ろうと思ったけど、首を狙うのはダメだよ。まあ、今回は完全に彼らが悪いから、大目に見るけどね。でも、次はないよ」
僅かに声のトーンを落とし、警告するシオンはアンナの剣を指先で摘んで止めた。
さすがは武人と言うべきか、アンナの馬鹿力にも完璧に対処している。
単純な力勝負はもちろん、全ての能力においてシオンの方が優れていた。
「剣を下ろして貰えるかな?アンナくん」
「っ……!はい、分かりました」
圧倒的力の差を見せつけられたアンナは悔しそうに歯を食いしばりながら、素直に剣を下ろす。
そして、そのまま剣を鞘に収めた。
彼女が後ろに下がるのを見届けてから、シオンは地面に転がる生徒達に向き直る。
「それじゃあ、とりあえず、君達は失格ね。今回の授業評価は0。親御さんはもちろん、他の教師にもこのことは報告させてもらうよ。さすがに退学はないと思うけど、それ相応の罰は受けてもらうから、そのつもりで」
殺人未遂という罪を背負う相手チームの生徒達はシオンの言葉に目を見開くが、何か文句を言うことはなかった。
『最悪だ』と呟きながら、ガックリと項垂れる。
そんな彼らを前に、誰もが『自業自得だ』と肩を竦めた。