第33話『三試合目』
────それから、直ぐにシオンが戻って来て、二試合目が行われたのだが……まあ、予想通りお粗末な試合だった。
私達は休みだったため、遠くから試合を見守っていたが、お世辞にも『いい試合だった』とは言えない。
全体的にミスが多い上、連携が取れていない。
連携に関しては私達も人のことは言えないが、ハッキリ言って集団ソロプレイを見ている気分だった。
全体的に力任せな試合が多いな。頭を使い、不意討ちを狙ったり、仲間と連携技を繰り出したりするチームはほとんど居ない。
生まれ持った才能が優れている方が勝つ……といった印象だ。
ルールやマナーが重視される競技はそれでいいかもしれないが、我々が目指しているのは軍人だ。
そして、軍人の主な仕事は戦争で勝利を収めること。
純粋な力のみで勝てるケースなど、極稀だろう。
事前に作戦を用意することが出来なかったとはいえ、士官学校の生徒達がこれでいいのか?
脳筋が多いフラーヴィスクールの生徒に内心呆れていれば、シオンがパッと手を挙げた。
「それじゃあ、三試合目を始めるよ。参加予定のチームは指定された場所に移動してね」
その言葉を合図に、二試合目に敗北したチームが場所を譲り、一試合目で見事勝利したチームが中へ入った。
私たちライアンチームも指定された場所に足を踏み入れる。
相手チームのメンバーは全員、Sクラスの生徒のようだな。一試合目と違い、今回は少し苦戦するかもしれない。
お手並み拝見と行こうか。
相手チームの男子生徒三名を見据え、僅かに目を細める。
彼らは緊張した面持ちで私達を……いや、ライアンを見つめているものの、一試合目に当たったチームとは違い、やる気に満ち溢れていた。
それぞれ、魔法陣を用意し、既に戦闘態勢に入っている。
今回は少し楽しめそうだな。まあ、実際に殺り合うのは私ではないが……。
「では、構えて────試合、始め!」
シオンが振り上げた手を下ろすのと同時に、正面から三つの攻撃魔法が飛んできた。
風の刃に、光の槍と炎の玉か。何の捻りもない初級魔法だが、筋は悪くない。
魔力の使い方に無駄がない上、風と炎が互いの効果を打ち消さないよう、きちんと調節されている。
まあ、これらは出来て当たり前のことなのだが……どういう訳か、他の生徒は互いを気遣うことが出来ない。
物凄い速さで迫ってくる攻撃を前に、子供らしく『キャー!』と叫んでみる。
すると、ライアンより先にアンナが動いた。
「エリンちゃん、大丈夫だよ!エリンちゃんのことは私が絶対に守るから!あんな魔法、直ぐに消してあげる!」
そう言って、私の前に躍り出た金髪碧眼の美少女は腰から剣を引き抜いた。
ライアンはその様子を見守りつつ、さりげなく私の周りに結界を展開する。
攻撃魔法の処理は一旦アンナに任せるみたいだ。
なるほど。今のうちにアンナの実力を見極めるつもりなのか。
口頭で具体的な能力を伝えられたとはいえ、きちんと確かめておかないと不安だからな。その判断は間違っていない。
仲間の力を過信すると、痛い目に遭うからな。
「すぅー……ふぅー……」
目前に迫った三つの攻撃魔法を前に、アンナは呼吸を整える。
すると────突然アンナの体内にある魔力の流れが変わった。
なっ……!?まさか、あれは────強化呼吸か!?
────強化呼吸。
それは特別な呼吸法を用いて、体内にある魔力を活性化させ、身体能力を引き上げるというもの。魔法陣や詠唱を必要としない身体強化だが、とんでもない集中力と呼吸を維持するための体力がないと成功しないため、難易度が高い。
強化呼吸の習得者は神殺戦争時代でも、ほとんど居なかった。
驚いたな……まさか、この小娘が強化呼吸を習得しているとは……。
完璧とは言えないが、その歳にしてはかなり安定している。呼吸が乱れている様子もない。
と感心していれば、強化呼吸で身体能力が飛躍的に向上したアンナが一歩踏み出した。
彼女はまず、剣を振るうことで発生する風圧で風の刃を相殺し、次に光の槍を叩き折った。
最後に炎の玉を天高く打ち上げる。
それをライアンが念のため、風魔法で打ち消した。
あれだけの速さで飛んで行けば、放っておいても炎は消えると思うが……万が一、民間人に命中でもしたら大変だからな。
「えっ……?僕の風の刃が相殺された……?」
「光の槍を叩き折るとか、ありかよ……!?」
「炎の玉を空へ打ち上げるって……打ち上げ花火じゃないんだから!一体、君は何者なんだ!?」
相手チームの男子生徒は唖然としたように立ち尽くし、目頭を押さえている。
今まで剣で魔法を相殺されたことがないのだろう。
まあ、普通はそんな事やらないからな。レオンみたいな脳筋じゃない限り……。
「エリンちゃん、見てた!?私、強いでしょ!?だから、安心してね!エリンちゃんの柔肌には傷一つ付けないんだから!」
「は、はい……ありがとうございましゅ」
ふんぬー!と鼻息を荒くするアンナは気合い十分といった様子だ。
力強いのは事実だが、こいつのテンションにはついていけなかった。
「とりあえず、エリンの護衛は任せても大丈夫そうだな。俺は前線に出る。その間、エリンを頼むぞ」
アンナの実力を見て問題ないと判断したのか、ライアンは私の周りに張った結界を解いた。
見事ライアンから信頼を勝ち取ったアンナは『はい!お任せ下さい!』と元気よく返事をしている。
正直な話、アンナと二人きりにされるのは凄く嫌だが……そんなことを言っている場合ではないだろう。あまりワガママを言うと、ライアンに嫌われてしまう。
それはちょっと不味い……。
チラッと銀髪翠眼の美青年へ目を向ければ、バッチリ目が合う。
ライアンは次の魔法陣を準備する相手チームに気を配りつつ、サッとその場に膝を着いた。
「エリン、直ぐに終わらせてくるから、それまでこの女と一緒に居ろ。いいな?」
強い口調とは裏腹に、その声は酷く優しかった。
エメラルドの瞳を見つめ返しながら、私はコクリと頷く。
「分かりました。気をつけてくだしゃいね」
「ああ」
僅かに目元を和らげたライアンは私の頭を優しく撫でると、スクッと立ち上がった。
彼の手には炎系の魔法陣がある。
実質、一対三の戦いだというのにライアンには余裕があるように見えた。
これが学年首席の余裕か。まあ、融合魔法を使えるくらいだし、同世代の人間に怯える方が難しいか。
ライアンは相変わらずの無表情で相手チームのメンバーを見据えると、用意した魔法陣を彼らに向けた。
「これはさっきの礼だ。受け取れ────サンフレイム」
高等技術と呼ばれる短縮詠唱で、ライアンが魔法陣を発動すると────マグマのようにドロリとした炎が相手チームを襲った。