第32話『チーム戦』
シオンがせっせと引いた白い線の中で、私達は相手チームと向き合う。
初戦で当たったのは他クラスの生徒達で構成されたチームだった。
いきなり、Sクラスと……それも学年首席のライアンと当たったからか、顔色が悪い。
学生同士の戦いなんて、たかが知れてるのだから、そこまで緊張する必要はないと思うが……。
それにライアンのチームには私というお荷物が居る。奴の言動から察するに、アンナは私の護衛に回すみたいだし、実質ライアンVS相手チーム三人になるだろう。
だから、まだ勝機はある。
────が、しかし……ライアンの実力が分からない以上、相手チームが絶対に勝てるとは言い切れなかった。
「ではでは、各ブロックの挑戦者は前へ〜」
司会進行兼審判役であるシオンに促されるまま、私達は一歩前へ出る。
この場にピリッとした空気が流れた。
我々が居るAブロック以外は早速火花を飛ばし合っているようだな。元気があって、いいことだ。
だが、我々と同じAブロックの相手チームは早々に戦意を喪失しているようだ。
カタカタと体を震わせ、目尻に涙を浮かべる彼らはかなり怯えている様子だった。
それに対し、ライアンは特に何も思わないのかポーカーフェイスを保っている。
冷静に相手を見据える姿はリアムによく似ていた。
「最初にも言った通り、殺しは禁止。即死系の魔法を使った時点で、そのチームは失格になるから気をつけてね。それじゃあ、構えて」
一番大事なルールだけおさらいしたシオンは右手をピンッと立てた。
それにより、更に生徒達の緊張が高まる。
誰もが攻撃用の魔法陣や武器を構える中、シオンはその手を────振り下ろした。
「────では、試合始め!」
その言葉を合図に、あちこちから爆発音や叫び声が聞こえた。
先手必勝と言わんばかりに他ブロックの生徒達が互いに攻撃を仕掛ける中────ライアンはただ静かに相手チームを見つめている。
相手チームの三人は魔法陣こそ用意しているものの、こちらに攻撃を仕掛けてくる素振りは無かった。
はぁ……全く、こいつらは本当に意気地無しだな。せっかく、ライアンが先手を譲ったと言うのに……。
何を恐れているのか知らないが、これでは試合にならないだろう。
互いに目配せし合う彼らは『お前が行け』『いや、アンタが行きなさいよ』と、よく分からない言い合いをしている。
試合とはいえ、敵を前に攻撃を躊躇うなんて有り得ないことだった。
軍人を目指す者なら、尚更。
「……話にならないな。悪いが、さっさと終わらせてもらう」
先手を譲るつもりだったライアンだが、なかなか攻撃を仕掛けてこない相手チームのメンバーに痺れを切らした。
手のひらを上に向け、そこに色鮮やかな魔法陣を描く。
事前に計算を終えていたのか、魔法陣の構築速度が他の生徒達と比べ物にならなかった。
まあ、私から見れば、まだまだだが……。
右手の魔法陣が炎属性で、左手の魔法陣が風属性か。
殺傷能力の高いこの二つの属性はとても相性がいい。使いようによっては、魔法の威力が通常の二倍まで膨れ上がる。
学生相手には十分すぎる魔法だ。
銀髪翠眼の美青年は構築し終わった二つの魔法陣を合体させるように、パチンッと両手を合わせた。
すると、奴の周りに緩い風が巻き起こり、手と手の間にある魔法陣が眩い光を放つ。
二つの魔法陣を組み合わせた融合魔法に、相手チームの生徒達は腰を抜かした。
「軍の実力者でも一握りの人しか出来ない融合魔法を使うだなんて……」
「無理だ!こんなのに勝てる訳ない!実力差があり過ぎる!」
「ああ、もうっ!とりあえず、結界を張るわよ!あんなのまともに食らったら、無事じゃ済まないわ!」
リーダーと思しき女子生徒の指示で、相手チームは大急ぎで結界魔法を展開する。
一人一枚ずつ結界を張り、三重構造の結界が完成した。
その間にライアンは融合した魔法陣を彼らの方に向け、詠唱の準備に取り掛かる。
ライアンが魔法陣に込める魔力の量にもよるが、あの程度の結界じゃ防ぎ切れないだろうな。
三人で協力して、一つの結界を作り上げるならまだしも、個々で展開した結界を三つ並べるだけじゃ話にならない。
威力を軽減するくらいしか出来ないだろう。まあ、軽減すると言っても本当に少しだけだが……。
彼らの言う通り、ライアンと彼らでは実力差があり過ぎる。
「風と炎の守護者よ、今一度我に力を与えたまえ。我、汝の力を欲する者なり────イクスプロージョン!」
オレンジ色に光る魔法陣に魔力を注ぎ、ライアンがそう叫べば────突然爆発が巻き起こった。
耳を劈く爆発音と共に強風が吹き荒れ、ムワッとした熱気が広がる。
威力がかなり抑えられていたため、私やアンナに大した被害はないが……爆発の標的となった相手チームの生徒達は無事じゃないだろう。
死んではいないだろうが、酷い怪我を負っている筈……。
ケホケホと咳き込みながら、辺りを見回していると、近くで控えていたアンナが慌てて身を屈めた。
幼さが残る愛らしい顔には『心配』の二文字が浮かんでいる。
「エリンちゃん、大丈夫!?煙、吸い込んでない!?」
「ちょっと吸い込んじゃいました……でも、大丈夫でしゅ」
「ええ!?そんなの全然大丈夫じゃないよ!ちょっと待ってて!」
そう言うと、アンナは急いで姿勢を正し、腰に下げていた剣を抜いた。
刃こぼれ一つない美しい剣を両手で構え、一つ息を吐く。
『何をするつもりなのか』と疑問に思っていると────不意に彼女が剣を振り回し始めた。
えっ……?はぁ!?何で剣を振り回しているんだ!?ついにとち狂ったか!?
って、こいつは元々狂っていたな!
なんて動揺しながら、見守っていると────剣を振り回すことで発生する風が視界を覆う黒い煙を霧散させていく。
ここでようやく彼女の行動の意図が理解出来た。
なるほど。煙を散り散りにするために剣を扇代わりに使ったのか。今までそんな風に剣を使った奴が居なかったから、分からなかった。
それにしても……大事な剣をこんな事に使って良かったのか?剣の状態を見る限り、毎日丁寧に手入れをしているようだが……。
「エリンちゃん、これでどうかな?もう辛くない?喉とか大丈夫?」
剣を再び鞘に収めたアンナは心配そうにこちらを見つめる。
こいつは幼女趣味の変な奴だが、悪い奴ではないらしい。
「ありがとうございましゅ!おかげでもうすっかり良くなりました!」
「本当!?なら、良かった!」
パァッと表情を明るくさせる金髪碧眼の美少女は嬉しそうに微笑んだ。
『エリンちゃんの役に立てた!』と喜ぶ彼女を一瞥し、チラッと相手チームの方へ目を向ける。
相手チームのメンバーは案の定、大火傷を負っており、全員気絶していた。
やはり、あの程度の結界ではライアンの融合魔法に耐えられなかったらしい。
命に別状はなさそうだが、早く保健室に……いや、治癒院に運んだ方がいいかもしれんな。
あのまま放置すれば、後遺症が残るかもしれない。
「おーおー。ライアンくんは相変わらず、容赦ないねぇ……これじゃあ、僕の始末書が増えちゃうよ」
そうボヤきながら、相手チームのメンバーを担ぐのは教師のシオンだった。
『困った困った』と言いながらも笑顔を崩さない彼は三人中二人を両脇に担ぎ、残りの一人を風魔法で浮かせる。
「それじゃあ、僕はこの子達を手の空いている先生に預けてくるから、ちょっと待ってて。二試合目の準備でもしててよ」
シオンはそう言い残すと、校舎の方へ足を向けた。
他のブロックの試合も既に終わっていたのか、二試合目のメンバーと入れ替わるように生徒達が動き始める。
やはりと言うべきか、生徒達の実力はかなり低いな。急成長が期待出来る生徒も何人か居るが……この設備と学習内容じゃ、宝の持ち腐れになりかねない。
一体、何故この世界の魔法文化はここまで退化したんだ?
そんな疑問を抱きながら、私はライアンに促されるままフィールド上から出た。