第31話『授業開始』
シオンと軽く挨拶を交わし、互いに微笑み合うと、奴はすんなり私の元から離れていった。
少し後ろに下がり、生徒達の前に立つ。
それを合図に、Sクラスと他クラスの生徒は四列に並び、ピンッと背筋を伸ばした。
さすがは士官学校の生徒とでも言うべきか、対応が早い。
和の国の者は第六感が発達していて、勘が鋭いため油断ならないが、今のところ大丈夫そうだな。食えない奴だが、私を変に警戒する素振りはなかった。
列の後ろの方に並ぶ私はクラスメイトの間から、シオンをじっと見つめる。
つるっパゲの教師は腰に手を当てると、満足気に微笑んだ。
「それじゃあ、早速授業を始めていこうか。今回は────三人一組のチーム戦をやってもらう」
「「「!?」」」
今までチーム戦なんてやったことが無いのか、生徒達はざわついた。
さすがに私語をするほど冷静さを失っていないようだが、互いに目を合わせ、アイコンタクトを送り合っている。
動揺が隠し切れない生徒達を他所に、シオンは呑気にルール説明を始めた。
「誰と組むかは自由だよ。他クラスの生徒と組んでも構わない。勝利条件は相手チームを全員戦闘不能にするか、場外に出すこと。もちろん、相手を殺すのは禁止。即死系の魔法を使った場合、その時点で失格と見なすから気をつけてね。それから、対戦はトーナメント形式で執り行うから、順位がそのまま成績に反映されるよ」
戦いの結果が成績に影響すると知り、生徒達は一気に目の色を変えた。
『絶対に負ける訳にはいかない』と顔に書いてある。
変な緊張感が広がる中、ただ一人……シオンだけは呑気に笑っていた。
「ははははっ!皆、良い顔するね〜。その意気だよ。じゃあ、僕はトーナメント表を作るから、それまでにみんな三人一組に分かれてね。はい、一旦解散〜」
そう宣言し、シオンがヒラヒラと手を振れば、生徒達は一斉に動き出した。
少しでも強い人と組もうと、みんな必死である。
お前らの実力なんて、大して変わらないんだから、相性のいい奴と組めばいいのにな。
得意分野が同じ奴と組んだところで、何の意味もないだろ。
チーム戦というのは、足りない部分を互いに補い合うことが大事なんだから。
って、チーム戦初心者の奴らにそんなこと分かる訳ないか。
まあ、失敗も経験の内の一つだ。
仲間選びで失敗して、そこから学ぶといい。
役割分担すら知らない生徒達の様子を尻目に、私は隣に立つライアンを見上げる。
学年首位に君臨するこの男は多くの生徒からチームの勧誘を受けていた。
「ら、ライアンくん!是非うちのチームに入ってくれないか!?きっと、僕達ならいいチームになれるよ!」
「はぁ!?アンタ達みたいな魔法オタクより、私達の方がいいわよ!私達なら、ライアン様を完璧にサポート出来るもの!」
「他クラスの連中が調子に乗るな!ライアンさんは俺達と組むべきなんだ!落ちこぼれ共が出しゃばるんじゃねぇ!」
不毛な言い争いを繰り広げる生徒達は自分達のチームにどうにかライアンを引き込めないかと、必死になっていた。
多くの生徒がバチバチと火花を飛ばす中、ライアンはチラッと私に目を向ける。
────何となく、嫌な予感がした。
「チームに誘ってくれるのは嬉しいが、俺はお前達と組むつもりはない。俺は────エリンとチームを組む」
そう言って、ライアンは私の肩をそっと抱き寄せた。
まさかの事態に、周囲の生徒達は目を剥く。
驚きのあまり声も出ないのか、ポカーンと口を開けて固まっていた。
まさかとは思っていたが、本当に私を選ぶとは……学年首席を維持したいなら、他の奴と組むべきだろう。
と言うか、頼むから他の奴と組んでくれ……!!お前と組んで優勝でもすれば、私の退学に影響が出るだろ!こっちは学年一の落ちこぼれになり、退学するという大事な目標があるんだ!
適当な奴と組んで惨敗しようと思っていた私はライアンの申し出に、内心頭を抱える。
この事態をどう切り抜けようか思い悩む私だったが────更なる問題が発生した。
「────エリンちゃんが居るなら、私もそのチームに入れてください!お願いします!」
周囲の生徒をかき分けて、私達の前にやって来たのは────幼女趣味のアンナ・グラントだった。
彼女はガバッと勢いよく頭を下げ、誠意を露わにする。
その毅然とした態度は素晴らしいが、動機があまりにも不純すぎる……。
学年首席と幼女好きが居るチームなんて、絶対に入りたくない……だが、何の理由もなく断れば今後に響く。
アンナはさておき、ライアンとの関係はあまり拗らせたくない。
『はてさて、どうしたものか……』と頭を悩ませていると、アンナが突然腕捲りを始めた。
「私、筋肉には自信があります!魔法は簡単なものしか使えませんが、剣の腕では誰にも負けません!見たところ、ライアンくんもエリンちゃんも前線向きではなさそうだし、私が居た方がいいと思います!」
ブラウスとシャツを肩辺りまで捲りあげた金髪碧眼の美少女は人目も憚らず、腕の筋肉を見せつける。
服の上からでは分からなかったが、アンナの腕には結構いい筋肉がついていた。
レオンやシオンのようにムキムキという訳ではないが、きちんと鍛えられた筋肉だ。
実力に関しては見てみないと分からないが、ひょろひょろの男なんて片手で投げ飛ばせるだろうな。
「……具体的な実力は?」
「剣術だけなら、多分この中で一番です!もちろん、教師のシオン先生には敵いませんが……でも、役に立つ自信はあります!」
自信満々にそう言い切ったアンナはライアンの目を真っ直ぐに見つめる。
無表情なままブルーサファイアの瞳を見つめ返す銀髪翠眼の美青年は僅かに目を細めた。
お、おい……まさか、アンナの申し出を受ける訳じゃないよな……?
「分かった。そこまで言うなら────俺のチームに入れてやろう。ただし、エリンの護衛としてだ。それ以上のことはやらなくていい」
「わあ!本当ですか!?ありがとうございます!!エリンちゃんのことは私に任せて下さい!全身全霊でお守りします!!」
嬉しそうに敬礼するアンナに対し、ライアンは『しっかり頼むぞ』と言って頷く。
当事者の私を置いて、すっかり話がまとまってしまった。
おいおいおいおい!!ちょっと待って!!私の意思はどうした!?
お前達と同じチームになるなど、了承した覚えはないぞ!ちょっと勝手過ぎないか!?
「あ、あのっ!ライアンお兄しゃま、私……!」
慌てて反論しようと口を開くが……
「────は〜い、集合〜!チーム決め終わり〜!」
タイミング悪く集合が掛かってしまった。
周囲の生徒達がバラバラに散っていく中、私はガックリと肩を落とす。
時間切れか……これでは、チームを決め直すのは難しいな。
仕方ない……今回は私が妥協しよう。結果がそのまま成績に反映されるとはいえ、所詮は総合評価の一部に過ぎないのだから。
これから、挽回していけばいい。
そう自分に言い聞かせ、今回の件を『仕方ない』の一言で割り切った。
────足を引っ張らない程度に全力で手を抜こうと思いながら。
「それじゃあ、トーナメント表を確認してね。僕はグラウンドに線を引いてくるから。今のうちに作戦会議でもしておいて」
そう言うと、シオンはグラウンド脇にある用具倉庫まで走っていった。
さて……今回のトーナメント戦はどうなるかな?