第30話『グラウンド』
ホームルームを終えた我々Sクラスの生徒は第一グラウンドまで来ていた。
そこには他クラスの生徒もおり、遠巻きにSクラスの生徒を……と言うか、私のことを眺めている。
突然転入してきた私に、興味があるらしい。
まあ、私はマルティネス公爵家に引き取られた養女で、突然転入してきた謎の幼女だからな。注目されるのは仕方ないだろう。
それでも、この視線は鬱陶しいが……。
内心溜め息を零しながら、不躾な視線に知らんふりをしていると────金髪碧眼の美少女が突進せんばかりの勢いで駆け寄ってきた。
「嗚呼っ!グラウンドで佇むエリンちゃんも凄く素敵!ここでエリンちゃんの似顔絵を描きたいくらい!神様、私とエリンちゃんを出会わせてくれて、ありがとう!!」
感極まったように涙目になり、天を仰ぐアンナ・グラントはバッと両手を広げる。
さっきと変わらないノリと勢いに、私は早くも頭を抱えた。
ホームルームを挟んで冷静になれば、普通に話が出来るかと思ったが……その考えは甘かったようだな。
これなら、まだ恥ずかしそうにモジモジしていた時の方がマシだ。
頼むから、もう少し恥じらいを持ってくれ、アンナ・グラント……。
「あっ!それで、さっきの話に戻るんだけど……エリンちゃん、私とお友達になってくれないかな?絶対に嫌がることはしないから!ねっ!?お願い!私、エリンちゃんと仲良くなりたいの!」
パンッと勢いよく手を合わせ、アンナ・グラントは頭を下げた。
そんな彼女を前に、なんと答えるべきか迷う。
本音を言えば、今すぐ断ってしまいたいが……ここまで真っ直ぐに思いを伝えてきた彼女をぞんざいに扱うのは気が引ける。
何より、それをすると私のイメージが崩れてしまう。
色々苦労しながら、『善良な子供』を演じて来たのに、ここで台無しにする訳にはいかない。
『善良な子供』のイメージを守りつつ、この申し出を断る方法……。
考えろ……考えるんだ!私!きっと、何かいい方法がある筈だ!
全ての知識を導入し、思考をフル回転する私は必死で知恵を振り絞った。
そして、ある一つの結論に辿り着く。
そうだ────ライアンに助けを求めれば、いいんだ。
元々子供は一人じゃ何も決められない生き物だ。
リアムがこっそり読んでいた教育本によると、子供はよく親や知り合いの顔色を窺いながら、何をするか決めるという。
だから、まだ十歳にも満たない子供の私がライアンに助けを求めても、なんら問題は無い!
「ライアンお兄しゃま……」
近くでこちらのやり取りを見守っていたライアンに目を向け、奴の手をギュッと握る。
若干目を潤ませ、『助けて』オーラを出せば、彼は汚れるのも気にせず、その場に膝をついた。
この光景に、Sクラスの生徒だけでなく、他クラスの生徒もハッと息を呑む。
養女とはいえ、女のために膝をつくライアンを見たことないのだろう。
「エリン、お前はどうしたい?そいつと友達になりたいか?」
「分からないでしゅ……お友達が今まで居なかったので……」
「……そうか。なら、返事は保留にしたらいい────お前もそれでいいな?」
後半部分をアンナ・グラントに向けて言ったライアンはよしよしと私の頭を撫でた。
そして、『泣くな』とでも言うようにチュッと私の目尻に軽いキスを落とす。
兄妹のスキンシップにしては少し過激な気がするが……そこはとりあえず、流すことにした。
「エリンちゃんがそれでいいなら、私は構いません」
「わ、私はライアンお兄しゃまの提案がいいでしゅ」
「なら、決まりだな」
私達の言葉に、ライアンは満足気に頷くと、サッと立ち上がった。
膝についた砂を軽く払い、チラッと掛け時計の方に目を向けている。
きっぱり断ってくれなかったのは残念だが、その場しのぎにはなっただろう。
及第点と言ったところか?まあ、それでも助かったことに変わりはない。ここは素直に感謝しておこう。
「ありがとうございましゅ!ライアンお兄しゃま!」
目いっぱいの笑顔でお礼を言えば、ライアンは少し目を見開いたあと、小さく頷いた。
その表情はどこか柔らかい。
こいつでも、こんな表情するんだな。
なんだか、意外だ……ライアンは中身がリアムにそっくりだから。
初めて見るライアンの明るい表情に、思わず目を見開けば、授業開始の鐘が不意に鳴る。
そして────チャイムが鳴り終わるのと同時に空から人が降ってきた。
比喩表現でも何でもなく、本当に人が降ってきたのだ。
その人物はドンッと音を立てて地面に着地し、砂埃を舞い上がらせる。
ライアンが咄嗟に前に出て、砂埃から守ってくれたため、私は特に何ともなかったが、他の生徒は咳き込んだり、目を擦ったりと大変そうだ。
これはまたド派手な登場だな?一体どこのどいつだ?
ライアンが反撃しないってことは多分学校の関係者だと思うが……。
周りの様子を窺いながら、砂埃が収まったタイミングで私はライアンの後ろから、ひょっこり顔を出した。
すると、そこには────ツルツル頭のおっさんが……。
上半身裸の男は筋肉ムキムキで、頭に竜の刺青がしてある。
うっすらと……本当にうっすらと開いた目はインクのように真っ黒だった。
この男……和の国の人間か。
────和の国。
それは東大陸にある中小国家で、礼儀を重んじる国だ。
和の国は独自の文化を築き上げており、料理一つ取ってもモーネ国とは全然違う。
また、和の国には黒髪黒目の人間が多く住んでおり、平均身長も我が国より少し低かった。
和の国は知り合いの故郷で、戦姫だった時は度々遊びに行ったが、まさかモーネ国の士官学校に和の国出身の人間が居るとは……。
しかも、こいつは恐らく────武人だ。
武人とは、あらゆる武道に精通する者のことで、覇気の使い手であることが絶対条件だ。
覇気とは我々で言う魔力と同じ。
ただ、我々とは少々使い方が違う。手順はほぼ同じだが、詠唱の言葉や用いる道具が異なった。
例を挙げるなら、我々で言う『ファイアボール』を和の国では『人魂』と言い、魔法のために用いる杖を和の国では紙でできた呪符で代用していた。
和の国とモーネ国は物理的な距離の問題もあり、あまり交流がない。
つまり、関係がいい訳でも悪い訳でもないのだ。
それなのに何故、武人がここに……?
状況が上手く呑み込めず、チラリと武人の方へ目をやれば、奴と不意に目が合う。
何を考えているのか全く分からない奴はニパッと笑って見せた。
「やあやあやあやあ!君が転入生のエリン・マルティネスくんだね?僕は実技を担当しているシオン・キサラギだ。見ての通り、和の国出身でね。色々偏見もあると思うけど、まあ……とりあえず、よろしく」
ヘラヘラと笑うシオンは握手を求めるように手を差し出す。
その言動はまるでピエロのようだが……品定めするような目が隠し切れていない。
武人だからか、こいつからは得体の知れない何かを感じるが……まあ、どうでもいいか。
いざとなれば、レオンを使って追い出せばいい話だし。あまり警戒し過ぎると、ボロが出る。
「先生だったんでしゅね!初めまして!私はエリン・マルティネスでしゅ!これから、よろしくお願いしましゅ!」
子供らしい無邪気な笑みを浮かべ、私は差し出された手をギュッと握った。
約一年間、更新を休んでしまい、申し訳ありませんでした┏○ペコ
ぼちぼち、更新を再開させます。
引き続き、エリン達の物語を温かく見守って頂けますと幸いです。