第27話『お仕置きタイム』
私はパチンッと指を鳴らして、理事長室に複数の結界を展開させると青ざめるレオンを手招く。
ビクッと肩を揺らしたレオンは、数秒ほど押し黙るものの……大人しく席を立った。
いい判断だ、レオン。
今、ここで私の指示を拒んでいれば確実にあの世逝きだったぞ。前世の私と長く接していただけあるな。
ニヤニヤと意地の悪い笑みを零す私の傍で、ラウムは我関せずというように無言を貫く。
レオンに縋るような視線を向けられても、一切反応を示さなかった。
どうやら、ラウムはまだ長生きしたいらしい。
懸命な判断だな。この筋肉野郎の肩など持たぬ方がいい。ろくな事にならんぞ。
ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくるレオンを見つめ、私は柘榴の瞳を細める。
『どんな風に痛めつけてやろうか』と考える私の前で、レオンは足を止めた。
「あの……その……今回は……えっと……」
「ん?どうした?もしかして、言いづらいことのか?なら、精神感応系魔法でお前の心を覗いてやろうか?」
「そ、それは勘弁してくれ……」
フルフルと弱々しく……でも、ハッキリと首を横に振り、レオンは拒絶を露わにした。
ほう?正直者のお前でも、覗かれて困るものがあるんだな。
ここまで嫌がるってことは、私に知られたくない何かがあるんだろう?
『それはちょっと興味あるな』と思いつつも、我慢。
さすがに人の心を覗き見るのは、抵抗があるため。
『誰にだって、知られたくないことはあるよな』と肩を竦め、私はマゼンダの瞳を見つめ返した。
どうせ、頭の悪いこいつに弁明の余地などないだろう。
だから、さっさと終わらせよう。
そう判断した私は、手元に幾つか魔法陣を呼び寄せた。ちなみにどれも攻撃系の魔法である。
それを理解したのか、ラウムはサッと私の後ろに隠れた。
とばっちりを受けるのは御免だ、とでも言いたげな反応速度である。
本当は契約もしていない人外に背後を取らせたくは、ないのだが……まあ、今回は特別に許してやろう。
「レオン、覚悟は良いな?」
「あ、ああ……お手柔らかに頼む」
レオンは震える手をギュッと握り締め、私から与えられる罰を待つ。
その表情はどこか険しかった。
いや、そんなに身構えなくても大丈夫だぞ?
室内だから、攻撃の威力はある程度抑えてあるし……頑丈なお前なら、きっと掠り傷程度で済む筈だ。
などと考えながら、私は手元にある三つの魔法陣に魔力に注いだ。
ほのかに輝く三つの魔法陣を前に、私は顔を上げる。
「じゃあ、まずは────氷結魔法から行くか」
「げっ!!」
レオンは私の呟きに思わず、顔を顰める。
そのむさ苦しい男の顔には、『嫌だ』とハッキリ書いてあった。
まあ、レオンが嫌がるのも無理ない。
あいつは“紅蓮の獅子”と呼ばれるだけあって、寒さに弱いからな。
冬の間は体内魔力を活性化させて、代謝を上げているくらいだ。
極度の寒がりであるレオンを見据え、私は魔法を発動させた。
すると、魔法陣から絶対零度の吹雪と冷気が溢れ出る。
それらは真っ直ぐレオンの元へ向かっていった。
さあ、どうする?レオン。
お得意の火炎魔法で防ぐか?それとも『罰だから』と甘んじて受け入れるか?
私はどちらでも構わないが、前者を選択した場合罰は更に重くなるぞ?
「ぐっ……!!さ、寒い……!!」
絶対零度の吹雪と冷気に見舞われ、レオンはブルブルと体を震わせる。
ご自慢の髭と髪は、すっかり凍りついていた。
が、レオンの体そのものはほぼ無傷。
皮膚にうっすら氷の膜が出来た程度。
あいつ、魔法とか魔道具とか使ってなかったよな?てことは、生身であれを防いだのか……?
お前の体内温度と強度はどうなってんだよ……。
私が言うのもなんだが、お前本当に人間か?
『この威力を魔法や防具なしで防ぐ奴は初めて見た』と感心し、ゆるりと口角を上げる。
人間卒業おめでとう、レオン。
そして────死ね!
私は氷結魔法を停止すると、間髪容れずに次の魔法陣を発動させた。
「次は────お前の大好きな火炎魔法だ!」
そう言うが早いか、二つ目の魔法陣からブワァッと炎が吹き出してきた。
青く煌めく蒼炎を前に、レオンはニィーッと歯を見せて笑った。
こいつにとって、炎は空気みたいなものだからな。大抵の炎なら、触っても問題ない。
本当、こいつの体ってどうなってんだろうな。
私は蒼炎を真正面から受け止めるドM……ではなくレオンを眺め、ふわぁと欠伸を一つ。
まあ、ここまではただのレクレーションみたいなものだ。本命は────これだ。
私は蒼炎の中で『あったけぇ〜!』と歓喜するレオンを一瞥し、火炎魔法の魔法陣を破壊した。
これにより、蒼炎は幻のように消え失せる。
よし……ちゃんと溶けたな。
氷結魔法で凍った髪や髭が湿っているのを確認し、私はニンマリと笑う。
蒼炎のせいでレオンが真っ裸なのは少し気になるが、私は気にせず最後の魔法陣を発動させた。
「最後は────雷魔法だ!」
雷魔法とは、火炎魔法に属するもので扱いが非常に難しい。
特定の人物に雷を落とせる使い手なんて、そうそう居ない。
『まあ、私は例外だがな』と考える中、レオンの頭上に黒雲が出現した。
と同時に、雷が落ちる。
「う、うぎゃぁぁぁぁああああ!?」
見事感電したレオンは、ポクポクと口から黒い煙を吐き出した。
かと思えば、その場に倒れる。
感電したせいで体が痺れたのか、レオンはぎこちない動作で私を見上げた。
「ご、ご満足頂けたでしょうか……?」
「ああ。大満足だ」
「そ、それは良かったです……」
ホッとしたように胸を撫で下ろし、レオンは床に顔を埋める。
と同時に、寝息を立て始めた。
安心して、気絶したか。
全く……この程度で音を上げるなんて、レオンもまだまだだな。
「うわぁ……エリン、結構容赦ないねー」
「そうか?これでも、かなり優しい方だぞ」
『前世の私なら、あと二百回は攻撃している』と告げると、ラウムは言葉を失った。
化け物でも見るような目でこちらを見つめ、口元に手を当てている。
唖然とするラウムを他所に、私は席を立った。
『まだやるつもり!?』と動揺する奴をスルーし、黒焦げ状態のレオンに歩み寄る。
そして、治癒魔法の魔法陣を手元に呼び寄せた。
「さて────後片付けに入るか」