第19話『召喚魔法』
それからライアンと共に別校舎に移った私は、研究室のような部屋に来ていた。
いや、この学校広過ぎだろ……校舎何個あるんだよ。
しかも、一つ一つの校舎の大きさが無駄に大きいし……初見殺しもいいところだ。
『ライアンと一緒に来て良かった』と心底思い、私は安堵する。
自分一人だけだったら、確実に迷っていた。
「こっちだ」
「はい、ライアンお兄しゃま」
教室に足を踏み入れた私は、ライアンに連れられるまま彼の隣に腰を下ろした。
長方形型のテーブルに教科書や筆記道具を置き、一息つく。
ん?ここのテーブルは、私達だけか?
席順は自由と聞いているが……もしや、ライアンを恐れて?
不自然なくらい偏った座席を前に、私は『まあ、こうなるのも仕方ないか』と苦笑した。
だって、ライアンは本当にリアムとそっくりだから。つまり、かなり威圧的ということ。
本人にその自覚はなさそうだが。
「今日の実験は召喚魔法だ。前回の時点で、召喚陣や仕組みの説明は終わっている。だから、今日は実践の予定だ」
「そう、れすか……」
あの使い手を選ぶ魔法陣で、召喚魔法をするのか。
無駄に魔力を消費するだけだろうに、大丈夫か?
アレで精霊や悪魔を呼び出せるのは、極一部の人間だけだぞ?
だって、あの魔法陣には強制力がないから。
簡単に言うと、相手の同意を得られなければ召喚出来ないのだ。
だから、この魔法陣を使って召喚成功できるのは圧倒的実力者か、人外に好かれる特異体質を持った者のみ。
たまにふざけて精霊や悪魔が出てくるかもしれないが、契約までは漕ぎ着けないだろう。
契約は絶対服従を意味するもののため。
気分屋で自由奔放な性格をしている彼らが、それに応じるとは思えない。
まあ、私は完全に例外だが。
昔から、どうも人外に好かれやすくてな……あちらから契約をねだりれることも、しばしば。
なので、この魔法陣でも充分召喚成功できると思うが、退学を願う者としては複雑だ。
『確実に私の評価、上がるよなぁ……』と嘆息し、どうやって実践を潜り抜けるか悩む。
そうだ、魔法陣の一部を書き換えて不発に持ち込むのはどうだろう?
『これだ!』と目を輝かせる私は、実践で使用する召喚陣を眺める。
円の中に書き込まれた魔法文字や記号を分析しながら、脳内で組み換えを行っていた。
弄る部分は出来るだけ、最小限に……そして、目立たない場所や文字にしなければ。
あまり不自然だと、ライアンや教師に怪しまれてしまうからな。
だから、こっちは放置してあっちを……って、ん?
あることに気づいた私は、まじまじと召喚陣を見つめた。
あれ?この魔法陣────。
「おっ?もう揃ってるな。さすがはS組。じゃあ、ちょっと早いけど授業を始める」
ガラガラガラとスライド式の扉を開けて中に入ってきたのは、黒髪の男だった。
筋肉質な体に似つかわしくない白衣を身に纏う彼は、教壇の上に立つ。
と同時に、チョークを手に取った。
そして例の召喚陣を黒板に書き込むと、こちらへ向き直る。
「今回の授業は前回予告した通り、召喚魔法の実践だ。説明は前回したから、必要ないな?まあ、分からないことがあれば俺に聞け。席の近い奴に聞いてもいいが、くれぐれも邪魔はするなよ?んじゃ、始め!」
大柄な男は言いたいことだけ言うと、近くの椅子に座り込んでしまった。
これ以上、何か言うつもりはないらしい。
おい、もっと時間稼ぎしろよ!これじゃあ、召喚陣の組み換えと再計算する時間が……!
いや、それよりもこの魔法陣はっ……!
この魔法陣の致命的なミスに気がついたのは私だけだったみたいで、他のクラスメイト達は召喚準備に入っている。
中には、もう召喚陣を完成させている者まで居た。
不味い……不味い!
冷や汗を流す私の隣で、ライアンはコテリと首を傾げる。
「どうした?召喚陣の描き方が分からないのか?それとも、魔法陣を描くこと自体初めてか?」
「い、いや……その……」
「?……どうした?」
「……」
こちらを不思議そうに見つめてくるエメラルドの瞳を前に、私は眉を顰めた。
どうする……?どうすれば、良い……?
この召喚陣の致命的なミスを指摘しても、こいつが信じてくれるとは限らないぞ。
仮に信じて貰えたとしても、『何故それをお前が知っている?』と言われたら答えられない……。
クソッ……こうなったら、レオンを呼ぶか?
でも、まだ何か起きた訳じゃない。
既に生徒の何人かが召喚魔法を発動させているが、今のところ特に問題はなかった。
というのも、誰一人として召喚に成功していないから。
なら、このまま様子を見守って……何事もなければ……。
と、願う私だったが────現実そう甘くない。
「我の呼び声に応えよ!────あっ!成功した!成功したわ!!」
ある一人の女子生徒が────“悪魔”の召喚に成功してしまった。
ピョンピョンと飛び跳ねて喜ぶ彼女の前には、黒い翼を背中から生やす人外が。
小人サイズの小さな悪魔は愉快げに目を細め、ほくそ笑んでいた。
不味い……!よりにもよって、悪魔って……!運が悪すぎるだろ!
精霊ならまだ話が通じるが、脳筋の多い悪魔は圧倒的強さを示さなければ言うことを聞かない!
帰らせるのは、まず不可能……!さあ、どうする!?