第18話『意外と世話焼き』
それから直ぐに職員室へ駆けつけた私は、『理事長に拉致られました』と事情を説明し、事なきを得た。
若干一名涙目だが、私の知ったことじゃない。
『とはいえ、後で慰めてやるか』と思いつつ、担任教師の案内で二階の教室に足を運ぶ。
どうやら、ここが一年S組の教室らしい。
「では、貴方はここで待っていてください。合図をしたら、中に入ってきて」
「分かりまちた」
担任のジェシカにニッコリと微笑み、私は愛嬌を振り撒く。
が、相手の反応はなし。
いや、むしろマイナスかもしれない。
凄く冷たい目でこちらを見下ろしているから。
私にとっては、そっちの方が都合が良いけどな。
このまま順調に嫌ってくれると有り難い。
そして、私の内申点を地の底まで落としてくれ。
『頼んだぞ、ジェシカ』とエールを送る私の前で、彼女は教室の扉を開けた。
その途端、教室内はしんと静まり返る。
「これより、ホームルームを始めます。もう聞いている者も居るかと思いますが、今日は転入生が来ています。エリンさん、どうぞ中へ」
「はい」
『エリン様』ではなく、『エリンさん』なのか。
別に呼び方なんて気にしていないが、平民が貴族のことを『さん』付けするのはなかなかに珍しい。
ここでは身分は関係ないという事なのか、こいつが無知なだけか……まあ、どちらでもいいか。
どうせ、ここに長く居るつもりはないんだ。知らなくても、問題はないだろう。
そう結論づけ、私は言われるがまま教室の中へ足を踏み入れた。
周囲から突き刺さる視線を他所に、私は教壇へ上がる。
「転入生のエリン・マルティネス公爵令嬢です。エリンさん、皆さんにご挨拶を」
「え?あ、はい……」
挨拶とか聞いていないんだが……?
そういうことは、もっと早く言ってくれよ。
いきなり挨拶しろって言われても、何を言えば良いのか分からないじゃないか。
『とりあえず、自己紹介でもするか?』と考え、私は顔を上げる。
「え、エリン・マルティネスれす……。氷結魔法が使えましゅ……。至らぬ点が多々あると思いましゅが、仲良くしてくだしゃい!宜しくお願いしましゅ!」
スカートの裾を少し持ち上げ、私は優雅にお辞儀する。
────隣にいるジェシカが、物凄い形相で睨みつけてきているとも知らずに……。
「……貴方の席は、窓際の一番奥です」
「あ、はい!分かりま……」
「それでは、ホームルームはここまで。私はこれで失礼します」
私の態度に腹を立てているのか、ジェシカはこちらの返事も聞かずにどこかへ行ってしまった。
感じ悪いな、あの女。大した魔力量も無いくせに生意気だ。
前世の私なら、迷わず殺していただろう。
『気に入らないものは全て壊す』が、私の流儀だったからな。
はぁ……嫌われる分には一向に構わないが、あの態度はもう少しどうにか出来ないか?
あまりに酷いと、悪戯したくなるだろう?
暗殺者に仕掛けた魔法を思い返し、『今度はどんな悪戯をしてやろうか』と考える。
その瞬間、エメラルドの瞳と目が合った。
「エリン、士官学校では軍人としての振る舞いをしろ。さっきのように貴族の振る舞いをすれば、内申点を落とされるぞ」
「ライ、アンお兄しゃま……」
こちらへ近寄ってきた三男坊を前に、私はパチパチと瞬きを繰り返す。
だって、まさか話し掛けられるとは思っていなかったため。
妹の内申点を気に掛けるなんて、意外とお節介焼きなんだな、こいつ。
基本、放置主義なのかと思っていた。
『ちゃんと人の心を持っているんだな』と感心しつつ、私はライアンに笑いかけた。
「アドバイスありがとうございましゅ、ライアンお兄しゃま!以後気をつけましゅ!」
「……ああ。あと、一限目は移動教室だから早く準備しろ。一緒に行ってやる」
「本当でしゅか!?直ぐに準備して来ましゅね!」
窓際の一番奥の席に慌てて駆け寄った私は、鞄から一限目の授業道具を取り出した。
そして、そのまま机のフックに鞄をかける。
……あっ、そういえば学校で貴族の所持品を盗まれる事件が多発していると聞いたな。
特に士官学校は庶民でも入れる学校だから、手癖の酷い奴が居るとか居ないとか……。
特に取られて困るものはないが、念のため保護魔法をかけておくか。
私は脳内で素早く魔法式を作り上げると、それに沿って鞄に魔法をかけた。
魔法の発動条件は私以外が鞄を開けたとき、又は私以外の者が鞄を教室外へ持ち出そうとしたとき。
指定魔法は氷結関連のものだ。
一応、私は氷結魔法の適性者としてここに来たからかな。
氷結魔法を使わざるを得ないだろう。全属性持ちなんて知られたら、もっと面倒だ。
私は保護魔法と題した罠魔法を鞄に仕掛け、身を起こす。
「ライアンお兄しゃま、お待たせしました」
「ああ、行くぞ」
「はい!」
ライアンと並んで教室を後にする私は、知らなかった。
────このあと、起きる悲劇を。