第17話『理事長室』
さてと、学校に着いて馬車から降りたは良いけど……ここから、どうすれば良いんだ?
馬車はさっさと帰ってしまうし、兄二人は直ぐさま自分の教室に行ってしまうし……。
おかげで、私は玄関に取り残されてしまった。
いまいち学校というもののシステムを理解していないため、私はここからどう動けば良いのか分からなかった。
私もこのまま、教室に行った方が良いんだろうか?
それとも、職員室とやらに行って教師陣に助けを求めた方がいいのか?
だだっ広い玄関で立ち往生する私は、『事前に聞いておけば良かった』と後悔する。
────と、ここである人物の存在を思い出した。
そうだ!ここには、レオンという便利な奴が居るじゃないか!あいつを呼び出そう!
ポンッと手を叩いた私は、何の躊躇いもなくレオンに念話を飛ばす。
『私だ。今すぐ生徒玄関に来い。良いか?五秒以内に、だ』
言うだけ言って返事も聞かずに念話を切り、私は近くの壁に寄り掛かる。
こうすれば、すぐに奴が現れる筈だ。
あいつは時間制限に弱いからな。
タイムオーバーする度、半殺しにした甲斐があったものだ。
掛け時計に視線を移し、正確なタイムを計っているとドタドタとうるさい足音が……ついでに地震も。
おお、やっと来たか。
だんだん大きくなっていく足音を聞きながら、私は身を起こす。
と同時に、レオンが駆け込んできた。
「ぜぇぜぇ……理事長室は四階だぞ!?五秒以内は、さすがに無理だろ!!」
「転移を使えば、直ぐに着くだろ」
「俺が空間魔法と相性悪いの知ってるだろーが!!」
「ああ、知っている。さっきのは嫌味だ、嫌味」
「お前……性格悪いぞ」
「自覚している」
開き直る私に対し、レオンはどこか呆れたような表情で頭を振る。
『やれやれ』と言わんばかりの態度だ。
「で、今日は何の用だ?お前、登校初日だろ?まさか、登校初日からトラブルか?」
「そんな訳あるか!」
「じゃあ、何で俺を呼び出したんだよ?トラブルの後始末以外に、理由があるか?」
「お前は私を何だと思っているんだ……まあ、それは良い。それより、これからどうすれば良いのか教えろ」
「はっ?どうすればって、どういう意味だ?」
「はぁ……」
こいつに聞いた私が馬鹿だったかもしれない。
よくよく考えてみれば、こいつお飾りの理事長だもんな……。
登校初日の転入生がどう動けば良いのか、なんて知る由もないよな。
はぁ……仕方ない。斯くなる上は────
「────私を理事長室に連れて行け。存分にもてなせよ」
◆◇◆◇
レオンと共に四階の理事長室に移動した私は、最上級のおもてなしを受けていた。
まあ、『最上級』と言っても所詮はレオンのおもてなしなので、完璧とは言い難いが……でも、まあ時間潰しには丁度いい。
高級感漂う琥珀色のソファに腰掛けながら、私は高級茶葉を使った紅茶を優雅に嗜む。
本当はビールかワインを飲みたいところだが、この体では無理だからな。
全く、不便なものだ。
「おい、クッキーはないのか?」
「あー?クッキー?お前、そんな甘いもん好きだったか?」
「別に好きな訳ではないが、嫌いでもない。それに紅茶には甘味が定番だ。早く用意しろ」
「そう言われてもなぁ……俺はクッキーなんて興味ねぇーし、多分ねぇーと思……あっ!そういえば、貰い物のお菓子の中にクッキーがあったな」
レオンはポンッと手を叩くと、クッキーを取りに奥の部屋へ消えた。
その途端、ガチャン!とかガコン!とか凄まじい物音が聞こえるが………私は気にせず茶を嗜む。
どうせ、あいつのことだ。菓子を適当なところに仕舞ったのだろう。
昔から片付けや整理整頓が苦手なやつだから。
おかげで、部屋はいつも汚いし……まあ、ここの理事長室は綺麗だがな。
さすがに来客も来るスペースを汚すのは、不味いと考えたようだ。
その代わり、プライベートルームである奥の部屋は悲惨なことになってそうだが……。
『何にせよ、私には関係のないことだ』と考える中、奥の部屋から未開封の缶を持ったレオンが現れる。
「多分、これがクッキーだ。最近貰ったものだから、まだ食べられると思うぞ」
「お前の衛生管理が少し心配だが、見たところ未開封みたいだし、今日はそれで許してやる」
私はレオンから缶を受け取り、蓋を開ける。
すると、クッキーの甘い香りがふわりと香った。
『美味そうだな』と頬を緩めつつ、私はクッキーを一つ手に取る。
と同時に、向かい側のソファへ腰掛けるレオンに投げつけた。
「んぐっ!?」
狙い通りレオンの口の中に入ったクッキーを前に、私は両腕を組む。
出揃った情報からこのクッキーが安全である可能性は高いが、油断は出来ない。
『念には念を』ということで、レオン本人に毒味をさせている。
こいつの場合ほとんどの毒に耐性がついているから、たとえ中っても問題ない。
少なくとも、死ぬことはないだろう。
「どうだ?うまいか?」
「……普通にうまい」
「そうか。なら、良かった」
ホッと胸を撫で下ろす私は、早速クッキーに手をつける。
『毒味に使われた……』とボヤくレオンをスルーし、クッキーと紅茶を楽しんだ。
そして呑気にティータイムを送っていると、頭上から声が降ってくる。
『一年S組 エリン・マルティネス様。一年S組 エリン・マルティネス様。至急職員室までお越しください。繰り返します。一年S組……』
これが俗に言う、校内放送とやらか。
『私を呼び出しているようだな』と思いつつ、私は紅茶を飲み干す。
「よし────レオン、職員室に行くぞ」
「えっ!?何で俺まで!?」
「『何で』?そんなの決まっているだろう?お前に拉致られたせいで職員室に行けなかった、と説明するためだ」
「はぁ!?」
当たり前だろう?何呆けた顔をしている。
私はマルティネス公爵家の名に、泥を塗る訳にはいかないのだ。
ならば、職員室に行けなかった正当な理由が必要になるだろう?
そこで、お前の出番という訳だ。
まあ、心配するな。拉致程度でお前は捕まらないから。実害は特にない。
強いて言うなら……周りからの信頼を失うくらいか?まあ、何にせよお前なら大丈夫だ。私が保証してやる。
「ほら、立て。職員室に行くぞ」
「もう……勘弁してくれ……」