第16話『登校初日』
────翌日の朝。
半ば急き立てられるように朝の支度を終えた私は、ライアンやルーカスと共に馬車へ揺られていた。
昨夜届いたばかりの制服を見下ろし、私はふとリアムに言われたことを思い出す。
予備が完成するまで絶対に破くな、だったか?
なんでも、フラーヴィスクールの制服は特注品らしく、特殊な素材と魔法陣を必要とするらしい。
なので、服の素材を取り寄せるのに少し時間が掛かるんだとか。
とりあえず、今着ている分は余っている布でやりくりして出来たらしいが、予備の完成はかなり先になるとのこと。
だから、それまで大人しくしているよう言われた。
『まあ、言われなくてもそのつもりだが』と肩を竦め、外の景色を眺める。
と同時に、大きな欠伸を零してしまった。
結局、昨日は夜遅くまで勉強していたからな。
ウィリアムは途中で眠りこけっていたが……。
本当、あいつは何をしに来たんだか……。
まあ、何はともあれフラーヴィスクールの魔法知識は大体把握出来た。その仕組みや考え方も。
正直間違いの多い教科書だったが、魔法行使の上で必要な知識は揃っている。
総合的に間違いが多いのは、基礎に関するものだった。
まあ、基礎なんて知らなくても使い方さえ分かれば魔法は使えるからな。
間違った解釈をしていても、あまり問題はない。
ただ、魔法によってはその間違った知識のせいで失敗することもある。
魔術に近い召喚魔法なんて、特にそうだ。
あっ、そういえば教科書の中に召喚魔法に関する専門書なるものがあったな。
内容はお粗末極まりないが、召喚陣はなかなかの完成度だった。
使い手を選ぶという難点はあるものの、間違った知識であれほど描けるなら御の字だ。
などと考えていると、不意に視線を感じた。
『なんだ?』と首を傾げる私は、何の気なしにそちらへ顔を向ける。
と同時に、ルーカスと目が合った。
「おはよう、エリンちゃん。ずっと窓の外を眺めているけど……緊張しているのかい?」
「お、おはようございましゅ……緊張はしていましゅが、問題ありましぇん」
「ふふっ。そう?何か困ったことがあれば、僕に相談してね」
「は、はい……ありがとうございましゅ」
やっぱり、こいつ────私を魅了しようとしているな。
体に纒わり付いてくるピンクの煙を前に、私は警戒心を強める。
何故、ルーカスはしつこく私を魅了しようとしているんだ?
まさか、私の正体が戦乙女 戦姫だと気づいている……?
いや、気づいているなら魅了なんて使わないだろう。
そんな小細工が、私に通用するとは思っていない筈だ。
だが、そうなると……ルーカスはただのエリン・マルティネスに価値を見出していることになる。
価値のないガキをしつこく魅了しようとは、思わないだろうからな。
でも、こいつは私の何に価値を見出したんだ……?私はただの養子の娘。権力なんて、ありやしない。
『こいつの狙いはなんだ?』と訝しむ中、ルーカスは赤い瞳をスッと細める。
「エリンちゃんは、父上に凄く気に入られてるよね」
「そ、そんなことは……」
「ふふっ。謙遜なんてしなくて良いのに〜。ねぇ、何でエリンちゃんが父上に気に入られているのか、教えてあげようか?」
私がリアムに気に入られている理由……?そんなものあるのか!?
柄にもなくピクンッと反応を示してしまった私に、ルーカスは口角を上げた。
かと思えば、サラサラの金髪を耳にかける。
その動作が妙に色っぽかった。
魅了の力が強まっている……。
こいつ、本気で幼女を誘惑するつもりか……!?
だとしたら、ただのロリコンじゃないか!
綺麗な顔して、気持ち悪いな!
「……いえ、大丈夫れす。お父しゃまが話してくれるまで、待ちましゅ」
「ふ〜ん?そっか。エリンちゃんはいい子なんだね」
クスリと笑みを漏らすルーカスは、当たり障りない感想を述べて私から視線を逸らす。
それが会話終了の合図だった。
私に纒わり付いていたピンクの煙も、瞬く間に霧散していく。
どうやら、私を魅了するのは諦めたらしい。
この男、やることはいちいち小さいがネチッこくて好きになれない。
単細胞のウィリアムとは、正反対の人間と言える。
よし、ルーカスにはなるべく近づかないでおこう。
関わったら面倒臭そうだ。
『触らぬ神に祟りなし』という異国の諺を脳内で反芻し、私は窓の外を眺める。
すると、そこはもうフラーヴィスクールの前だった。
おっ?もう着いたのか。