第14話『今後の方針』
戦いの結果は、私の勝利。
勝利の決め手は私の槍が、レオンの右腹を貫いたことである。
もちろん、すぐに治癒魔法を施したので命に別状はない。
本音を言うと、もう少し戦いを楽しみたかったんだが……まあ、仕方ない。
レオンを過度にいじめると、大泣きするからな。
ガキのお守りは、管轄外だ。
で、私は現在────不服ながらも合格通知を受け取り、リアムの元へ戻っていた。
馬車の中でずっと私の帰りを待っていた金髪翠眼の美丈夫は、合格通知を見もせずセバスに手渡す。
恐らく、フラーヴィスクールの合格基準を知っていたのだろう。
こいつの中で、私の入学試験合格は決定事項だった訳だ。
「帰るぞ」
私を膝の上に座らせたリアムは、セバスへ視線をやる。
すると、ご老人は小窓から御者に合図を出した。
間もなくして、馬車は出発する。
はぁ……それにしても、困ったな。
まさか、フラーヴィスクールに入学することになるとは……予想外も良いところだ。
マルティネス公爵家に引き取られたというだけでも、面倒なのに……。
何故、こうも面倒事は重なるのか……。
モーネ国では、実力さえあれば女性でも軍人になれる。
男尊女卑の名残りが多少残っているものの、実力と実績を重んじる国だから。
まあ、法律でそう定まっているだけで女性軍人への当たりは未だに強いと聞くがな……っと、それはさておき。
フラーヴィスクールは、軍の養成学校。
卒業者の実に九割が軍人になっている。
私もこのまま行けば、軍人にされるかもしれない。
それだけは、絶対に嫌だ。
私の人生計画が大きく狂ってしまう。
だから、何としてでもフラーヴィスクールを退学しなければならないのだが……問題はその方法だよな。
まず、自主退学はまず不可能。
何故なら、本人の意思と保護者の同意が必要だから。
半ば無理やり私をフラーヴィスクールに押し込んだリアムが、そう簡単にOKを出すとは思えない。
それに貴族の間で、学校の退学は不名誉とされている。
余程の理由がない限り、同意を得ることは難しいだろう。
となると、学校側に強制退学させるしかないのだが……。
仮にも貴族の娘を退学させるとなると、それ相応の理由が必要になる。
不当な罰を与えたとなれば、訴えられ兼ねないからな。
で、その強制退学させる方法だが……主に二つある。
一つ、とにかく悪行の限りを尽くすこと。
あぁ、もちろん人殺しなんかはNGだ。
うっかり貴族のご子息なんか殺した日には、マルティネス公爵家から勘当され兼ねない。
なので、やるとしたら子供の悪戯程度に留めなければならない。
だが、これには明確な落とし穴がある。
それは私がマルティネス公爵家の人間であること。
これほど身分の高い子供なら、ちょっとした悪戯くらい大目に見られるだろう。
そこで、二つ目の退学方法だ。
この方法は至って簡単────私がフラーヴィスクールの劣等生になること。要するに出来損ないを演じるって訳だ。
フラーヴィスクールは以前も言った通り、軍人になるために建設された学校だ。実力のない生徒は切り捨てられる。
では、いつ実力のない生徒は切り捨てられるのか……それは期末テストの結果だ。
フラーヴィスクールには春・夏・秋・冬それぞれにテストが設けられており、その結果次第で強制退学を課せられる。
特に春の期末テストは厳しく、結果次第で進級・留年・退学を決められるのだ。
学校側の決定とあれば、さすがのリアムも引き下がるしかあるまい。
少し時間はかかるが、これが一番安全に……そして、円満に学校を去る手段だ。
よし、この方法で行こう!絶対退学してやる!
他の生徒達とは明らかに違う目標を掲げ、『頑張るぞ!』と意気込む。
別の意味でやる気満々の私に、リアムはふと視線を向けた。
「言い忘れていたが、学校は明日からだ。クラスはS。ライアンと同じだ。困ったことがあれば、あいつに色々聞くといい」
「は、はい……」
はっ?明日から?あまりにも、急過ぎないか?
事前にフラーヴィスクール全体の魔法や戦闘レベルを知っておきたかったんだが……それを調べる暇はなさそうだ。
実際に生徒達を観察しながら、感覚を掴むしかないな。まあ、こればっかりは仕方ない。いざとなれば、レオンも居るし……。
というか、本当に何であいつが理事長なんだか……。
強力な後ろ盾が欲しかったとは言え、あんな奴を教職に就かせるか?普通……。
相変わらず、凡人の考えることは理解出来ない。
ガタガタと揺れる馬車の中で、私は『はぁ……』と小さな溜め息を漏らした。
まあ、何はともあれ……今後の方針は決まった。
あとはその方針に沿って、行動するだけだ。
それと────狙撃するなら、もう少し殺気を消せ。暗殺する気があるのか?
馬車が走り出してから、直ぐに感じた殺気。恐らく暗殺対象は、私だろう。
もしも、リアムやセバスなら馬車が停車している間に撃てば良い話だからな。
的が動いてから撃つなんて、非効率極まりない。
何故私の命を狙うのか分からないが、この私を狙うのだ……それ相応の覚悟は出来ているんだろうな?
私は外の景色を眺めるリアムの隙を見て、一つの魔法陣を呼び寄せた。
遠距離魔法には、どうしても魔法陣がいる。
座標固定などの細かい計算の他に、色々な調整が必要だから。
まあ、奴に投影する魔法は広範囲のものだし、座標は別に適当でいいんだが……効果の持続時間を考えねばならない。
ふむ……一週間で良いか。
本当は一年にしてやりたいところだが、今日はレオンをコテンパンにぶちのめして気分がいいからな。
暗殺者よ、レオンに感謝しろ。
効果時間を一週間に設定すると、私は直ぐさま魔法陣を転送した。
くっくっくっ!暗殺者がどんな反応をするか、楽しみだ。慌てふためいてくれると面白い。
ニヤニヤと緩む口元を押さえ、私は一瞬で消えた殺気に吹き出しそうになる。
くははははっ!!あの悪戯は上手くいったか。
先ほど暗殺者にプレゼントした魔法は、視覚を奪う闇魔法の一種だ。
人間の目は光が無ければ、何も見ることが出来ない。
だから、対象者の目の周辺から光を消し、真っ暗闇にしたのだ。
狙撃手にとって、目は命も同然。
見えなければ、対象に狙いを定めるなんて出来ないからな。
だから、これはある意味死ぬより辛いこと。
殺すのは簡単だが、それではつまらないからな。
たまにはこうやって、平和的に解決するのも悪くない。
暗殺者の慌てふためく姿を想像しながら、私は頬を緩める。
今回は見逃すが、今後も私をつけ狙ってくるようなら潰すか。
などと考えながら、私は無事マルティネス公爵家の屋敷へ帰還した。