第11話『見学』
その後、レオンに連れられて校内に足を踏み入れた私達はまず───一年生のSクラスの見学に来ていた。
Sクラスとは、フラーヴィスクールの中でも特に優秀な生徒を集めたところで、様々な特典を受けられる。
入学金・授業料の免除はもちろん、三年間Sクラスだった生徒には理事長からの推薦状を与えられていた。
それがあれば、モーネ軍の入団試験はパス出来るし、他の就職先でも活用出来るだろう。
そのため、フラーヴィスクールの生徒達はSクラスに入ろうと必死だった。
そんなエリート集団が、今まさに目の前に居る訳だが……全く関心を持てない。
攻撃魔法の練習を行っているらしいが、どいつもこいつも似たり寄ったりだな。
第一競技場と呼ばれる広い空間を見渡し、私は一つ息を吐く。
『人を殺すには十分な威力だけど……』と思案する中、リアムは顔を上げた。
「なかなか、筋がいいな」
「だろ?今年の一年は、優秀な奴ばかりなんだ。リアムんとこの息子なんて、特に凄いぜ?」
「ほう?ライアンが……」
あぁ、そういえば三男も士官学校の生徒なんだっけ?今年入学したばかりの……。
キョロキョロと辺りを見回せば、それらしき人物と目が合った。
光に透ける銀髪に、エメラルドを彷彿させる緑の瞳。
お人形のように整った顔は無表情で、作り物じみている。
外見はさておき、中身はリアムと一番似てそうだ。
などと考えていると、ライアンは興味が逸れたように視線を逸らした。
「父上、お仕事お疲れ様です」
ライアンは実践練習に夢中な生徒達の間をすり抜け、リアムの前で膝を折った。
その姿は息子と言うより、軍人や騎士に近い。
やはり、マルティネス公爵家の家庭では上下関係がしっかりしているらしい。
「あっ!あれって、軍団長のリアム様じゃない!?」
「そういえば、今日視察に来るって先生が言ってたな」
「あの腕に抱かれている子は、誰かしら?」
ライアンが練習を中断したことで、他の生徒達もリアムの存在に気づく。
男子生徒は尊敬の眼差しを、女子生徒は色恋の混ざった熱っぽい眼差しをリアムに向ける。
おかげで、大半の生徒はリアムに釘付けだった。
まあ、それもそうか。
軍人を志す者からすれば、リアムは憧れの存在だもんな。
注目されるのも、無理はない。
───が、当の本人であるリアムはどこまでも無表情を貫く。
「なあ、リアム。せっかくだし、お前の氷結魔法を生徒達に見せてやってくれないか?」
「それは別に構わないが、あまり必要性を感じない」
「必要性って、お前な……まあ、強いて言うなら生徒達の士気向上のためだな。頼めるか?」
「……士気向上なら、私じゃなくても良いだろう。エリン、お前がやれ」
「「えっ……!?」」
思わずレオンとハモってしまう私は、まじまじとリアムの顔を見つめた。
『お前、正気か!?』とでも言うように。
何故、ここで私の名前を出す……!?
私みたいな小娘が使うより、軍団長のお前が使った方が生徒の士気も上がるだろう!?
なのに、どうして私なんだ!?明らかにおかしいよな!?
小娘の氷結魔法なんて見たところで、士気なんて上がるか!馬鹿!
『むしろ、下がるわ……!』と心の中で叫びつつ、私は何とか表情を取り繕う。
ここで取り乱したら終わりだと思って。
「え、え〜と……エリンがやるより、お父しゃまがやった方が……」
「大丈夫だ。やれ」
「ふぇ……?でも……」
「私が大丈夫だと言っているんだ。問題ない」
いや、問題大ありだわ!
ほら、生徒達の反応を見てみろ!凄く微妙な表情を浮かべているじゃないか!
生徒達はお前の氷結魔法が見たいんだよ!私のじゃなくて!
何でこいつは、そういうのが分かんないんだ!?一応エリートなんだろ!?
やはりどこか抜けているリアムに、私は内心頭を抱える。
『どうして、ここにセバスが居ないんだ……』と嘆く中、レオンが身を乗り出してきた。
「まあ、戦姫……じゃなくて、エリン!せっかくのご指名だ。やってやれ」
「……はい」
レオンよ、リアムの意見を後押しするのは一向に構わんが、私を『戦姫』と呼んだことは絶対に許さない!
てことで、死ね!
子供特有の無邪気な笑みを浮かべ、私は手を前に突き出した。
その途端、レオンはサァーッと青ざめるものの……もう後の祭りだ。
さて、せっかくだしな。
たっぷり味わってもらおう。私の氷結魔法をな!!
「氷しゃん、出ろー!(あの髭オヤジをぶっ殺せー!)」
「え?あ、いや……ちょ、待っ!?」
問答無用!!
慈悲の欠片もない私は、容赦なく氷結魔法をぶっぱなした。
すると、子供の小さなお手手から次々と氷が出てくる────それも先の尖った氷が。
殺す気満々の私に対し、レオンは慌てて『フレイムバリア』を張った。
炎が長方形状に伸びた赤い壁は、先の尖った氷の粒を次々と溶かす。
そういえば、こいつは火炎魔法が得意だったな。
ならば、もう少し氷の強度を上げ……
「す、凄い!!あの歳で、もう氷結魔法を!?」
「それも固定詠唱なしで!?」
「なんつー才能の持ち主なんだ……」
……ん?んんっ!?あれ?なんか、おかしいぞ……?
たかが氷結魔法ごときで、ここまで驚くか?普通……。
氷の粒に興味津々の生徒達を見つめ、私は混乱する。
なんか想像してた反応と違うんだが……?と。
とりあえず魔力を散らして、魔法を中断させた私はチラリとリアムの顔を盗み見る。
と同時に、目を剥いた。
だって────リアムも生徒同様、驚いた様子でこちらを見ていたから。
えっ?なんだ、この反応……氷結魔法くらい、相性が良ければ誰でも使えるだろう?
なのに、何故こんなに驚く?
周りの反応に動揺を隠し切れずにいると、レオンがそっと耳打ちしてきた。
「氷結魔法は、水属性の上位魔法だ。使える奴は早々いない。だから、リアムは『氷結の貴公子』と呼ばれ、敬われてるんだ」
はっ……?氷結魔法が水属性の上位魔法?
確かに氷結魔法は水魔法に属するものだが、そこまで扱いが難しいものじゃない。
しかも、水魔法の上位って……そんなの有り得る訳ないだろう。
だって、水属性の魔法は究極まで極めれば一瞬で人を殺すことが出来るのだから。
氷を出す・物を凍らせる程度の事しか出来ない氷結魔法とは、比べ物にならない。
嗚呼、やはり────この国の魔法文化は、遅れているな。何もかも全部。