第113話『家族』
「それじゃあ、次は『ブラックムーン』の現状について話していくね」
場の空気を変えるためかわざと明るく振る舞い、ルーカスはニッコリ笑う。
「『ブラックムーン』は事実上の壊滅状態。まだ残党は居るみたいだけど、軍の方で徹底的に居場所を洗い出している。多分、捕まるのも時間の問題じゃないかな?」
『理事長も力を貸しているみたいだし』と補足するルーカスに、ウィリアムは一つ頷いた。
かと思えば、こう言葉を続ける。
「奴らの処遇は全て明るみに出てから、決める予定だ。今のところ極刑は免れないが、雷帝様の口添えによって多少風向きは変わってきている」
「ん……?」
思わぬ人物の名前に、私は思わず首を傾げた。
『私の聞き間違いか?』と思いつつ顔を上げ、エメラルドの瞳を見つめ返す。
「今、『雷帝』って言ったか?」
「ああ」
「何でテディーの言うことに耳を貸しているんだ?あいつも一応、襲撃犯の一人だろう?」
『そんな奴の口添えに何の意味がある?』と言い、私は怪訝な表情を浮かべた。
その途端、ウィリアムは深い深い溜め息を零す。
「お前な……相手は神殺戦争の英雄だぞ?そんな方の言い分を無視する方が、おかしいだろ」
心底呆れた様子でこちらを見つめ、ウィリアムはやれやれと頭を振った。
それを言うなら、私も神殺戦争の英雄なんだが……。
────と言いそうになるのを必死に堪え、私は微妙な表情を浮かべる。
すると、ルーカスが間に割って入った。
「あのね、エリンちゃん。基本的にどこの国も、神殺戦争の英雄には逆らえないんだ。もし、怒らせたら大変なことになるからね」
「最悪、国ごと潰されかねない。だから、神殺戦争の英雄の行いにはある程度目を瞑っているんだ」
ルーカスの言葉を引き継ぐ形でそう言い、ライアンは小さく肩を竦める。
「実際、今回の件でも雷帝様はほぼ不問扱いになっているしな」
『はぁ……』と溜め息を零すライアンは、ちょっと納得いっていない表情だった。
口に出さないだけで、不満を持っているようだ。
まあ、当然だよな。
悪いことをしたのに裁かれないなんて、不公平だから。
曲がったことが大嫌いなライアンからすれば、耐えられない筈だ。
「……あいつのことは、後で絞めておく」
国を逆恨みされても面倒なので、私は個人的にお灸を据えることにした。
『水蓮やレオンも誘うか』と考える中、ライアンは
「……本当に戦乙女 戦姫なんだな」
と、ボソリと呟く。
神殺戦争の英雄を呼び捨てにしたり、友人のように扱ったりしているため、ようやく実感が湧いてきたようだ。
どこか沈んだ様子で下を向くライアンに、私はどう声を掛ければいいのか分からない。
やはり、裏切られたと感じているだろうか……。
騙していた事実に罪悪感を抱き、私は『そう思われていても仕方ないよな』と俯いた。
────と、ここでずっと沈黙を守ってきたリアムが口を開く。
「正体がなんであれ、エリンはエリンだ」
「!!」
思わぬ発言に目を剥き、私は反射的に顔を上げた。
すると、どことなく柔らかい表情を浮かべるリアムが目に入る。
「とはいえ、エリンの正体はちゃんと知っておきたい。それも、お前の一部だから」
「っ……!」
「理解したいんだ、エリンの全てを。だから、教えてくれ」
優しい声色で私の緊張を解していき、リアムは話しやすい空気を作ってくれた。
『ゆっくりで構わない』と言って頭を撫でてくれる彼に、私はそっと寄り掛かる。
この温もりをもっと感じたくて。
「わた、しは……私の、前世は戦乙女 戦姫。神殺戦争の英雄であり、数多もの戦場を駆け抜けた女だ」
「ああ」
『それで?』と先を急かす訳でも、『本当に?』と疑う訳でもなく、リアムはただ相槌を打ってくれた。
何度も、何度も。
私が全てを話し終えるまで、ずっと。
「────そうか。私達を助けるために、夢を諦めてくれたんだな。ありがとう」
支離滅裂な言い分を上手に繋ぎ合わせ、リアムは『そういうことだったのか』と納得する。
黙ってこちらの様子を見守っていたウィリアム達も、何とか全部理解したようで小さく頷いた。
「まあ……悪意があった訳じゃないなら、別にいい」
「でも、正体を隠してきた理由が『グータラ生活のため』っていうのは、驚いたけど」
「そんなの言ってくれれば、直ぐにでも叶えてやったのに」
ウィリアム、ルーカス、ライアンの三人は呆れたような……でも、どこかホッとしたような表情を浮かべる。
こちらに悪感情は抱いていないようで、三人とも好意的……というか、いつも通りの態度だった。
すんなり全てを受け入れてくれた彼らに、私は瞬きを繰り返す。
「嫌、じゃないのか……?」
「いや、別に何とも思わないが」
「妹の方が強いのは、ちょっと複雑だけどね」
「この程度のことで、嫌になる訳ないだろ」
『兄妹の絆を甘く見すぎだ』と主張する三人に、私は目を見開く。
恨み言の一つくらいは言われるだろう、と覚悟していたから。
許されて、いいんだろうか?
このまま、彼らの輪に居続けて……いいんだろうか?
こんな人の感情も分からない、化け物が。
「────エリン」
私の思考を遮るように、リアムは優しく声を掛けてきた。
かと思えば、いつの間にか流れていた私の涙をそっと拭う。
「私からの願いを一つ聞いてくれないか?」
改まった様子でそう問い掛けてくるリアムは、コツンと互いの額を合わせた。
そして、
「────これから先もずっと、家族で居てほしい」
と、願う。
それは誰よりも私が望んでいることで……でも、絶対に口に出せなかったことだ。
だって、私が……神殺戦争の英雄がソレを言えば、命令になってしまうから。
家族であることを強制はしたくなかった。
リアム、お前はいつも私を甘やかして……。
とめどなく流れる涙のせいで視界が歪み、私はリアムの顔をまともに見れない。
でも、何となく……何となく、穏やかな顔をしているのは分かった。
「はいはーい!僕もエリンちゃんと家族で居たいでーす!」
こちらを気遣ってくれたのか、それとも本心なのか……ルーカスは明るい声でリアムの願いを後押しした。
すると、
「ま、まあ……縁あって家族になった訳だし、今更その関係を解消するのもな……」
「俺はずっと『エリンの兄でありたい』と思っている」
ウィリアムやライアンも、賛同の意を示してくれた。
『本音を押し殺さなくていい』と……『家族で居よう』と言葉や態度で伝えてくれる彼らに、私は涙が止まらない。
胸の奥が温かくて……でも、ちょっと切なくて気持ちを抑え切れなかった。
「ああ……!傍に居てくれ、家族として!」
感情の赴くまま首を縦に振り、私はリアムに抱きつく。
未だかつて、これほど素を曝け出したことはないが……何故だか、とても清々しい気分だった。
やっと見つけた自分の居場所を手放さぬよう、リアムにしがみつく。
そんな私を、彼らはただ優しく見守ってくれた。