第106話『乱入』
何故だろう……?テディーの暴走を免れたというのに、全然嬉しくない。むしろ、そのまま暴走してくれた方が良かった、まである。
謎の敗北感に襲われる私は、テディーのポジティブ思考に唸る。
『一体どうすればいいんだ……?』と思い悩む私を他所に、テディーはプッと吹き出した。
「あははははっ!戦姫ってば、必死過ぎ〜!そんなに焦らなくても、大丈夫だって〜!戦姫の考えはちゃんと理解しているから〜!ただ、ちょっとからかっただけ〜!」
ケラケラと楽しそうに笑うテディーは、悪戯っ子のようで……幼く見える。
まあ、私のことをからかった対価はいつか必ず、支払ってもらうが……。さすがにやられっぱなしは気に食わない。
『後で半殺しにしてやる』と決意する中、テディーはゴシゴシと目元を擦った。
一頻り笑い終えた彼は穏やかな表情で、戦姫の死体を見下ろす。
「そう言えば、まだ交渉の途中だったね〜」
スルリと死体の頬を撫でるテディーは、切なげに目を細めた。
「まどろっこしいのはあんまり好きじゃないから、結論だけ言うね────戦姫との交渉に応じるよ」
欲しいのは体だけじゃないと自覚しているのに、テディーは交渉成立を宣言する。
『どういう風の吹き回しだ?』と訝しむ私に、彼はニッコリ微笑んだ。
「戦姫のことを諦めるつもりはないよ。これからもずっと好きだし、愛している」
「なら、どうして……?」
「あれ?戦姫ってば、もう忘れちゃったの?この取り引きに、僕の失恋は含まれていない。今回の戦いから手を引く代わりに、戦姫の死体を貰うだけ。違う?」
取り引き内容を再度確認するテディーは、ニッコリと微笑んだ。
確かに話の流れでテディーの片思いに触れたが、諦める云々のことは話し合っていない。というか、死体を渡せば満足すると思っていたので、そこまで考えていなかった。
『詰めが甘かったな……』と落ち込む私は、大きな溜め息を零す。
「……テディーの言う通りだな」
「でしょ〜?だから、戦姫のことは死ぬまで諦めないよ。何度失恋しても、めげない」
諦めの悪いテディーは、『最後まで足掻いてみせる』と宣言する。
いつになく上機嫌な彼は、壊れ物を扱うように丁寧に死体を抱き上げた。
「ということで、これは有り難く貰っていくね〜。毎日ちゃんとお手入れして、大事に保管するから〜」
「……好きにしろ」
多少思うところはあるものの、今更『嫌だ』とも言えず、渋々頷く。
戦姫の死体をお姫様抱っこするテディーは、嬉しそうに目を輝かせた。かと思えば、何かを思い出したように硬直する。
「あっ、そうそう!戦姫には申し訳ないけど、加勢は出来ないから!僕は一応、アルフィー側の人間だし!戦姫の捜索や身辺調査でお世話になったから、裏切れないって言うか……まあ、戦線からの離脱も充分裏切り行為になるけど」
申し訳なさそうに苦笑いするテディーは、『最低限の筋は通したい』と申し出た。
恩返しは出来ずとも、恩を仇で返すような真似はしたくなかったのだろう。
まあ、そもそも加勢など期待していなかったしな。私達の邪魔さえしなければ、どうでもいい。
「アルフィーとの戦いに巻き込むつもりはない。そこで大人しくしていろ」
ヒラヒラと手を振りながら、私は『お前の手助けなど必要ない』と言い放つ。
冷たい態度で突き放そうとする私に、テディーは『おっけー』と返事した。
鋼のメンタルを持っているのか、特に傷ついた様子はない。
『少しは落ち込めよ』と思いつつ、私は熾烈な戦いを繰り広げるレオンとアルフィーに、目を向けた。
肉弾戦を仕掛けるレオンと、魔法戦を望むアルフィーは少しでも有利な状況へ持っていこうと、奮闘する。
猪突猛進を地で行くレオンは、何度も突撃をかました。
何とか距離を詰め、自慢の拳で殴り掛かるものの、アルフィーに上手く躱されてしまう。そして、アルフィーの仕掛けたトラップ魔法に掛かり、少しずつダメージを与えられている状況だった。
人並外れた生命力を持っているとはいえ、レオンも所詮は人の子だ。必ず限界は来るし、気力も体力も削られていく。正直、あまりいい状況とは言えないだろう。
「────まあ、だからと言って、一方的に追い詰められている訳でもないが……」
若干息切れしたアルフィーを前に、私は『大分疲れているな』と苦笑いする。
何度失敗してもまた直ぐに突撃してくるから、体力をかなり消耗しているのだろう。体力バカを相手するのは、相当辛い筈だ。
今は知恵と魔法を活かして、何とか応戦しているに過ぎない。少しでも集中力を切らせば、一気に不利な状況になるだろう。ある意味、アルフィーもギリギリの戦いと言える。
どちらも優勢とは言えない戦いを前に、私は『さて、もうそろそろ乱入するか』と考える。
正直まだ休んでいたいが、拮抗した戦いは放置しておくと、泥沼化するので早めに決着をつけたかった。
回復した魔力を体内に循環させながら、私は氷の槍を生成する。そして、交戦中の二人の間に投げ込んだ。
「「!?」」
直撃するギリギリのところで、身を引いた彼らはそれぞれ身動きを止める。
驚いた様子でこちらを見つめ、パチパチと瞬きを繰り返した。
見事な間抜け面を晒す二人に、私は思わず吹き出しそうになるものの……何とか堪える。
『実にいい反応だ』と内心ほくそ笑みながら、私はゆっくりと口を開いた。
「なあ、私も混ぜてくれないか?いい加減、二人で戦うのも飽きただろう?」
『仲間に入れてくれ』と申し出る私は、ゆるりと口角を上げる。
暴れる気満々の私を前に、アルフィーは一瞬だけ頬を引き攣らせた。
「……随分と早かったね、戦姫。もう少し時間が掛かると思っていたけど……って、あれ?テディーとの決着はまだついてないの?」
無傷で待機するテディーの姿を捉え、アルフィーは不思議そうに首を傾げる。
でも、戦姫の死体を視認するなり、『えっ!?戦姫が二人!?』と大声を上げた。
混乱する彼を前に、私は後ろに控えるテディーを指さす。
「テディーとは和解した。今回の件からは手を引くらしいぞ」
『あとはお前だけだ』と言い放ち、私は不敵な笑みを浮かべた。
終わりの見えてきた戦いに触発されたのか、途端に戦闘狂の血が騒ぐ。
今すぐ血祭りにあげたい衝動に駆られる中、アルフィーは顎に手を当てて、考え込んだ。
「なるほど。死体は賄賂って、訳か」
納得したように頷くアルフィーは、笑顔のテディーと殺気だだ漏れの私を交互に見つめる。
そして、文句の一つでも言うのかと思いきや……彼は予想外のことを口走った。
「じゃあ────もう争う必要はなさそうだね」